第一章
「秀島先生に用事があって来ました。失礼します」
誰も聞いていないであろう定型文を言って職員室に入る。
秀島先生を探してみると、パソコンを神妙な面持ちで眺めていた。
なんだ、教師としての一面もあるんだな。
なんて思ったのもつかの間。
パソコンのディスプレイには今流行りのマッチングアプリの登録画面が表示されていた。
「おい、エロじじい!何やってんだ!」
慌ててマウスを操作してブラウザを閉じる。この間約一秒。
「おい、バカ生徒!何やってんだ!」
もう一度がマッチングアプリを開く。この間約一秒。
「八尋。男にはやらなきゃならん時があるんだ」
なぜだろうか。そう言った先生の顔は今まで見てきた中で一番かっこよく見えた。
…じゃなくて。
「大体この前も合コン行ってたじゃないですか…。また失敗したんすか」
「失敗したわけではない。それを誤りだと言ってはいけない。勉強したのだと言いたまえ」
おいおい、まるで教師だな。
「かっこいいこと言ってるけど誰の言葉ですかそれ」
「かのトーマスエジソンの言葉だ。俺も発明王ならぬ開発王だからな」
「生徒の前でどぎつい下ネタやめてもらっていいですか」
「で?なんの用だ」
どうやら自分が呼んだことすら忘れているらしい。
「先生が俺を呼んだんでしょ。マッチングアプリに夢中になりすぎですよ」
先生は「ああ、そうだったな」と言って席を立った。
「まあ、何だ。ここじゃ何だし場所を変えるか」
先生の後について職員室を出ようとして、足を止める。
「失礼しました」
誰も聞いていない定型文を言って職員室を後にするのだった。