第一章
「どーした?天下の雨ヶ谷様にも何かお悩みが?」
むっとした表情でこちらをにらむのは雨ヶ谷瑠璃。好天高校一番の人気者。運動や勉強をそつなくこなし、さらには整った顔立ちと男子の目を引く胸のふくらみ。才色兼備とはまさに彼女のためにある言葉だ。さらりとなびく長髪も彼女によく似あっている。
「私にも悩みくらいあります!彼女がいたことがない八尋くんには女心が分かんないかぁ」
この親しみやすい口調も、彼女が人気者である理由の一つだろう。
「なんで彼女がいたことないって決めつけるんだよ」
「じゃあできたことあるの?」
「それは…。分からない…かな」
「やっぱできたことないんじゃん!」
けたけたと笑う雨ヶ谷。
なんで俺がみじめな気持ちにならなくちゃいけないのカナ?
「それで?どーしたの?」
「あー。リレー走らなきゃいけないのがちょっとね…」
なるほど。このクラスの女子で一番足が速い陽菜に続いて、雨ヶ谷はこのクラスで四番目くらいには足が速いのだろう。帰宅部で上位四名に入るとは…。天は二物を与えず、とはよく言ったものだ。俺にも一つくらい分けてくれてもいいんじゃないか?
「みんなの足を引っ張ることは目に見えてるから。それにほら。みんなのやる気すごいじゃん?」
隼の一言をきっかけにクラスの男子は我こそはと様々な競技に立候補していた。
あれは…。やる気があると言えるのか?
「隼のバカが焚きつけたからな。俺もこうゆう雰囲気は苦手だよ」
手で仰ぐ仕草をすると、雨ヶ谷は少し笑った。
「知ってる。八尋くん、自宅警備員だもんね?」
「週二勤務だけどな。残業もなく、有給も取り放題。加えて自分のペースで働ける。風通しの良い職場だぞ?良かったら雨ヶ谷もどうだ?」
「ふふっ。何それ。たまには外でないと不摂生だよ」
「実は最近陽を浴びすぎて俺の余命はあと10だって医者に言われたんだ」
「えぇ!あと10日で八尋くん死んじゃうの⁉」
「じゅーう。きゅーう。はーち」
「まさかのあと10秒⁉」
少しして、ぷっと雨ヶ谷が笑った。つられるようにして俺も笑った。
「ま、気負わず適当に楽しめよ」
「うん。ありがと、少し元気出た」
そう言って伸びをする雨ヶ谷。夏服も相まって胸のふくらみが強調される。
うん、夏も捨てたもんじゃない。