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午後にサンドウィッチ

作者: ご飯はらーめん

オフィスラブ?なのか知りませんが多分そうです。結末的に、そうです。多分。多分ですよ。多分ね。あ、きっとのほうがいいかな。きっと、そうですね、きっとです。きっとそうです。

 

 カランコロン。ベルが鳴る。

わたしが入ると、いつもと馴染みあるマスターがカウンターで待ち構えていた。

「いらっしゃいませ」

 マスターの声に、わたしはどきりと胸を鳴らす。

カウンター席に座り、メニューを見ずにいつもの一品。

「アイスコーヒーください」

「かしこまりました」

 マスターは、マグカップを手に取る。

店にはだれもいない。ただ、これから繁盛する。

若いお客さんたちがお酒を交わして、ワイワイやる。

わたしはだれも座らないカウンター席でひとり、アイスコーヒーを飲み干すだけ。

きょうも、カフェは大繁盛だ。


                      *


「マスターは彼女さんいないの?」

 わたしが毎日のように通っているカフェ、『sandwich』のカウンター席に座りながら、わたしはマスターに話しかける。

マスターは、いつもと同じグラスを綺麗に磨いている。

「彼女か.......ハハ、随分といませんね。もう、30年くらいでしょうか」

「うそ。マスター、意外とモテると思ってたのに」

「わたしはもうおじさんですよ。生涯結婚できません」

 マスターは落ち込むそぶりは一切見せず、笑って振り切った。

「おかあさん、悲しむよ」

「..............あぁ、母は数年まえに他界しましてね.......今はもういません」

「あっ、わたしすごい気まずいこと聞いちゃった」

「いえ、大丈夫です。いつものことですよ」

 マスターの笑顔は、しわがフニャッとなるから大好き。

マスターが笑うとみんなよくばかにするけど、これはマスターのいいところポイントだ。

そんなところをばかにされて、正直わたしはムカついている。

「瑞希さんは、彼氏いないんですか」

「え、わたし?」

 わたししかいないのによくありそうなセリフを言い、わたしはアイスコーヒーをグイッと口に入れる。

「いないよぉ。彼氏なんて、まともに働いていた時期からいないの」

「まともに働いていた時期、というのは」

「今は仕事放り捨てて、絵に熱中してるの。もともと美大とか行きたいって思ってたのに、親の反対で」

「あぁ」

 マスターはグラスを拭き終わり、棚に片付けると、わたしにメニューの表を差し出してきた。

二ページしかないけど、かなり豪華なものばかり。

「なに?」

「サンドウィッチ、いかがです?」

「ん、きょうはどうしようかな」

「きょうの日替わりメニューは『ハムとチキンのサンドウィッチ』です」

 日替わりメニューを突き出され、わたしは注文せざるを得なくなった。

「じゃあ、アイスコーヒーのおかわりと、ハムとチキンのサンドウィッチひとつ」

「おれも」

 聞きなれない声に驚き、わたしは声をほうを向く。

そこには、知らない男の人が座っていた。わたしの右側に、離れてちょこんと座っている。

気づかなかった。

「かしこまりました、ハムとチキンのサンドウィッチがふたつですね」

「ちょっ、ええ!?マスター、この人わたし知りません」

「?」

 マスターは頭にクエスチョンマークを踊らせ、男の人を見る。

だぼっとしたジャージに、チリチリの髪の毛、細い目にやけに太いくちびる。首もとはジャージで見えない。

ズボンは、傷だらけ。

「あんた、だれですか」

 母親が元ヤンなだけに、わたしは口調を強くしながら言った。

「おれはホームレス」

「ホームレスさん」

「ちがう、ツヨシだよ」

 弾まない会話に、マスターがニコニコしながら注文した商品を出してくれた。

「お金払えるの?」

 ホームレスは、日々「お金ください」と書かれた看板を右手にもち、小さな小銭いれを左手にもつ、という偏見を持っているけど、お金は持っていなさそうだ。

「払えねェ。おまえが払ってくれ」

「ハァ!?初対面で金出せって言うの?」

「アァ」

「アァ、じゃなくて!」

 わたしはサンドウィッチにかぶりつく。

なんなのこの人、と思いながら、食べ進める。

なかにハムと、平らにしたチキンが入っている。

「わっ、おいしい、なにこれ」

「新商品なんだけど、どう?」

「なかなかうまい!やるねぇ、マスター」

 マスターとハイタッチをしたあと、ゆっくりサンドウィッチを食べるホームレス(確かツヨシ)をみる。

ホームレスさんは、一口かぶりついたあと、手をとめ、目を見開く。

「こんなに美味しい食べもの、食べたことがない」

 そう言い、ホームレスさんはサンドウィッチを口に一気に放り込んだ。

小さいサイズだったから、むしゃむしゃとヤギのように平らげてしまった。

「美味い、美味い..........ありがとうございます、マスターに、お姫さまがた」

「はっ........だれがお姫さまよ、ばか」

「美味しかったですか、それは光栄です」

 マスターはわたしの自慢の笑顔を浮かべ、ホームレスさんが食べたあとのお皿を片付けた。

ホームレス・ツヨシは、むしゃむしゃと噛みながら、ぼーっとしている。

「あんた、家族いる?」

 わたしはふと疑問に思ったことを口にした。

「いねェ」

「家は?」

「ねェよ」

 ホームレス・ツヨシはいら立っているのか嬉しいのか悲しいのかよくわからない感情を口のなかで混ぜていた。

だから、感情をうまく読み取れない。

「家族がいないって、どういうこと?」

「完全に縁を切られたんだ。おれがまじめに就職してりゃあ、こんなことにはならなかったんだ。全部、おれのせいなんだ」

「就職........」

 わたしも、そうだった。「就職しなかったら飯抜き、次は家を出てもらうからね」と母に言われ、わたしは適当な場所に就職した。そのおかげで今も縁を切らずに、まぁやっていけてる。お小遣いももらえてるし。

でも、わたしは本業を実はサボっている。

上司に「あれやれこれやれ」と言われ、散々ストレスが溜まり、じぶんのやりたいことをやろうと決めた。

11月にコンクールがあるから、そこに応募する絵を完成させるのが今の目標だ。

「弟がいるんだが、弟は立派な社会人だよ。政治家になるのが夢で、将来はじぶんの日本にするってさ。それってある意味、あいつに日本は囚われるってことだよ。そして、あいつは総理大臣になる気でいやがる」

「総理大臣ねぇ.......あんたの弟、やるじゃん」

 わたしが褒めてあげると、ホームレス・ツヨシは首を横に振った。

「否定するよ。全然すごくねぇ。あいつは、上司の力を借りて、用済みになったら上司を蹴り落とす。それで次の先輩にコキ使わせて、落とす。そして今、あいつは財務大臣の部下になりやがった」

「財務大臣!」

 政治はよくわからないけど、とりあえずすごい人なんだ。

わたしは、ホームレス・ツヨシのようにサンドウィッチを平らげた。


                      *


「お代わりください」

 ホームレス・ツヨシは言った。

代金をわたしに払わせることも関係なく(わたしも気にしてなかった)。

「おれの話はいいよ。あんたらふたりで話してな」

「でも..........」

「情でも移ったか」

 この人の言ってることは、半分理解できる。

ホームレスさんの気持ちはわからないけど、わたしも就職で悩まされた時期があったから。

「ホームレス・ツヨシ、強く生きよう」

「なんだその名前」

「ん?きみの名前だよ」

「.............」

 ツヨシ・ホームレスは、またうつむいた。

「悩みがある?」

「ねェ」

「相談がある?」

「ねェ」

「気になる人がいる?」

「いねェよ!」

 ツヨシ・ホームレスは、机をバシンとたたいた。

その音に、マスターがおどろく。

「やめてあげなさいよ瑞希さん」

「マスターは口出さないで」

 マスターはニコニコしている。

「瑞...........希........?」

「どうしたの、ツヨシ・ホームレス」

 ツヨシ・ホームレスは様子がおかしかった。

肩が震えていて、口がガタガタ言っている(歯が言ってるのかもしれないけど)。

「瑞希っていうのは、こいつの名前か?」

「えぇ、そうですよ。いい名前ですよね」

「実は、いなくなった娘の名が瑞希というんだ」

「え?」

 わたしは、ホームレスさんの顔を見上げる。

ぼっさりした髪を、むしるホームレスさん。

「それは、奇遇ですね..........娘さん、行方不明ですか」

「いや、ちがう。正確にいなくなったのは、おれだ。おれは父親だったのに、子育てに自信がなく逃げたんだ。おれは娘に最低なことをしちまった。会うつもりはねぇけどよ」

「.............名前は知ってるのね」

「あぁ、名前くらいはな。瑞希っちゅうのはなかなかいねぇからよ」

 わたしはホームレスさんの背中を優しくゆすった。

マスターも、悲しそうな目でこっちを見てくる。

「おれ、もう行くよ。おまえ、元気でやれよ」

「うん..........ありがとうございます」

 ホームレスさんは、わたしに向かって最後ににっこりと笑った。

なぜか、その笑顔がいない父親のように見えて、悲しくなった。

「代金は結構です」

「マスター?」

「瑞希さんもまだ大学生でしょう。働くのも大変なんだから、お代は瑞希さんの分だけで結構です。あなたの分は、大丈夫です」

 マスターはホームレスさんに向かって手を差し伸べた。

そして、ふたりは握手を交わす。

「おう、ありがとよ。じゃあな」

「............!」

 ホームレスさんは、店の引き戸を引く。

もう、会えないのかな。

ホームレスさんの娘さんは、今ごろ元気かな。

「お父さん...............」

「.......................?」

「お父さん、元気でね」

 ホームレスさんに、なにが見えたのかは知らない。

わたしがホームレスさんをお父さんと呼んで、ホームレスさんは娘の『瑞希』は見えただろうか。

ホームレスさんは、目に涙を浮かべた。

「瑞希.............!」

「うん、ありがとう、お父さん」

 わたしは、お父さんと抱き合う。

ガタイは大きくて、ゴツゴツしてるけど、ちゃんとした人間の温もりがある。

「でも...........わたしは、瑞希じゃないよ」

「え?」

「わたしは、瑞希じゃない」

 

               

 カランコロン、と、ベルが鳴った。


                       *


 瑞希と呼ぶ少女は、ツヨシに近づいていく。

「わたしは瑞希じゃなくて、ミホっていいます」

「瑞希さん、それはどういう.......?」

「わたしは、『親友の名前を借りていました』」

「親友の名前........!?」

 ツヨシは勘づいたのか、引き戸から離れて、マスターのところへ歩み寄る。

「おい、こいつの名前は瑞希って......」

「はい、はい、そのはずです!わたしも瑞希さんの名前を聞いたとき、ちゃんと.....!」

「そうね.......だってわたし、うそついてるから.......身バレしたくないし。他にお客さんはいないよね」

 少女はあたりを見回し、他の客がいないことを確認する。

そして、かぶっていた帽子、サングラス、マスクをとった。

「わたしは、有名画家の『イマイミホ』よ!」

「え........?」

 シーンとした空気が漂う。

「イマイミホって、あの........?」

 マスターが、動揺を隠せず聞いた。

「そうよ。隠すつもりはなかったけど、わたしと親友の瑞希は、名前を交換してたの。わたし、どうしてもファンに追われることが多くて。ストーカーにも悩んでた。見た目も素性もバレてるから、どうしようもなくて。そのとき親友の瑞希が、わたしと名前を交換すれば、いいよって。名刺も交換したから、ストーカーに追われることは無くなった」

 女はツカツカとマスターのところへより、サングラスをぶら下げて渡す。

「どう?ネタバラシしたのはふたりだけよ。わたし、どうしてもここに通いたかったから、瑞希って親友になることにしてたの。性格も、素性も全部、親友の瑞希そのもの。だから、美大に行けなかったのも、瑞希だよ。わたしは、親友の瑞希を演じて、『イマイミホ』を隠してたの」

 

 全てが明かされ、マスターとツヨシは絶句する。

瑞希は、親友の名で、素性も性格も全て『佐藤瑞希』だったのだ。

「つ、つまりお前の親友はおれの.......!」

「娘さんでしょ?わたし、その話を聞いたときから、わかってた。瑞希が言ってたもん、『わたしは女手ひとりで育ってきた。お父さんはわたしが3歳のころに消えた』ってね」

 ミホは、ツヨシに何枚かの写真を渡した。

「それ、瑞希のだよ」

「.........!瑞希だ、子どものころの写真もある.......これは間違いなく、おれの娘だ!」

「おかあさん、早く戻ってきてほしいって願ってるよ。ね」

「怒ってないのか.......!」

「うん。とっても優しいおかあさんと、娘だよ.....ほんとに」

 

 ミホは、瑞希を電話で呼び、ツヨシと再会をさせてあげた。

もちろん、瑞希の母も来ている。

瑞希はツヨシに再会し、涙をこぼした。

瑞希の母は、ツヨシと抱き合って、笑った。

「ミホ.......ほんとにありがとう、ありがとう......!」

「まさか、会えるなんてね。ほんと、運命だよ」

「ミホさん、主人に会わせてくださりほんとうにありがとうございます......」

 瑞希の母は、深々とお辞儀をした。

「.........みず......ミホさん、これからはこのカフェには、通えないですよね.......」

「そうだね........身バレもしちゃったし、ストーカーもきっとこれからまた追ってくる。でも、一瞬を使って来るからね、マスター」

 マスターはその言葉を聞き、嬉しそうにして、顔をくしゃっとして笑った。


                *

 

 5年後。

サンドウィッチカフェは、きょうも大繁盛だった。

イマイミホはストーカーを警察に連絡し、早急に対応した。そのおかげで付き纏うものはいなくなったが、ミホは画家をやめることになった。才能はあるのだが、夢が叶わなかった『瑞希』のために、やめたのだ。

今は、『サンドウィッチカフェ』で、マスターとしてやっている。

「注文入りましたー!瑞希、そっちお願いできる?」

「うん、わかった」

 瑞希も、父と一緒に正社員としてこのカフェで働いている。

もちろん、『前』マスターも一緒に。

閉店の時間になり、店の片付けをし始める。

「ミホ、旦那さんとはうまくいってるの?」

「ちょっ、やめてよ!婚約3年目だけど」

「お母さんが死んでから3年経つってことだよね.........そう考えると、早かったなぁ」

 瑞希が空を見上げる。

瑞希の母は、最期まで病気と闘い、亡くなった。

それでも、最期まで瑞希と夫を思っていたのだ。

「それにしても、元マスターと今のマスターが結婚するなんて、ロマンチックだよねぇ」

 きょうも『サンドウィッチカフェ』は、大繁盛である。































見てくれてありがとうございます。

あらすじに「運命を描く画家になりたい女の物語」とありますが、『描く』を画家とかけています(しょうもな)。


瑞希というのは推しキャラの名前です。いつかお話に載せてたいと思っていました(やっと書けた(((o(*゜▽゜*)o))))


いろいろ深く考える場所があると思います。考えなくても、いいと思います。どの視点からでも楽しめたかな。


ということで終わります。

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