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Excelで作られたラブレター

作者: HawL

「あの...読書が趣味って言ってましたが、

話し方が上達する本って知ってたりしますか?」


「唐突だね。何冊か読んだことはあるよ。」



あんなにガヤガヤしていた店内は落ち着き、

最後の仕事は紅茶二杯を

あの窓際の今にも別れ話切り出しそうなカップルに

提供すること。


ただ、そんな事ここではありきありなシチュエーションで気にもならず、

私の頭の中は

一昨日作ったカレーがまだ腐っていなければ晩御飯を作る手間が省ける

なんてありきたりな想像だけだった。


そんな時、後輩の声でずっと漂ってたであろう

ベルガモットの香りを一気に感じた。



「おすすめの本を教えてください。

お前の話は長くて分かりづらいって言われたんです。」


「なるほど、それは悲しいね。

でも、難しいな。そもそも

話が上手い事に私が魅力を感じないからね。」


「え、なんでですか?」



ソーサーには深い青で描かれた花の模様があり、

昔正しい向きがあると教わったが、

私の慣れが考えずとも正確に二つをセットしていた。



「話がうまいって私が思うに

要点が纏まっていて誰もが聞きやすい、

そう、まるでExcelで打った文を印刷して配るみたいな。」


「学校で配られたプリントを思い出しました。

そしてExcelではなくてWordだと思いますよ。」


「私パソコンは専門外なの。」



トレンチを当たり前のように左手に乗せ、

カウンターから一番遠い

と言ってもほんの数秒で着く席へ向かった。


お待たせいたしましたと紅茶をサーブすると、

男性のありがとうございますは真顔で、

女性は下を向いたまま会釈し綺麗な黒い髪が少し揺れた。



「コピーされたプリントは文字も見やすく要点もわかりやすい。

これってとてもいい事じゃ無いですか?」


「確かにその通りだと思う。」



カウンターに戻ってきた私から

自然にトレンチを受け取り拭きあげながら

自然に彼は話を続けた。



「じゃあ、仮にあなたが貰ったラブレターが

Wordで入力され印刷されたものだったら?」


「それは...手書きでお願いしたいですね。」


「私もそう思う。会話は一対一。

印刷された文字より手書きの方が魅力的。」


「それは何となく理解できます。

でも、だったら

僕が話が長くて分かりづらいって言われるのは

字が下手なのを何枚もよこすなって事になりませんか?」



あのカップルが帰ったら今日は閉店で

カレーの事は忘れていたがすぐ帰れるように

私はカウンターに並んでいた茶葉の缶を

一つ一つ拭きあげて棚に戻す。



「半分は正解。」


「半分は?」


「そう。あなたに分かりづらいと言った人の好みの話としては正解。」


「好み...」


「えぇ。十人十色を一対一で扱う。

だから、あなたが殴り書きさえしていなければ

あなたの字や枚数が好みの人もいるはず。」


「そうですかね...」



彼は千円札をペラペラと数え十枚の束にしていく。

約三年前から働いているだけあってとても速い。



「さて、仮にあなたの話し方がとても好みだと書いてある

手紙を受け取っても本のおすすめは必要?」


「...」


「あなたの悩みには

どんなに知識の詰まった分厚い本も

一枚の手紙には勝てないと思うよ。」


「肯定されれば解決するってことですか?」


「せっかくカッコつけて言ったのに。

まあ、まとめるとね。」


「簡単に言わないでくださいよ。

それが難しいから本のおすすめを聞いたんですけど。」



彼はやることが終わったのかレジの前で左脚に体重をかけ後ろで手を組んでいる。

ただ、私は彼が

窓の外を見ているのか

窓手前のカップルを見ているのか

それとも違うものを見ているのか

全く分からなかった。



「仮にあなたが手紙を心から受け止めて

それでも尚、本が必要って答えたならば、

それは”やらなければならない事”ではなくて

本当に”やりたい事”だと思うから本はおすすめするよ。」


「本は手紙に勝てないのに?」


「本にはそのぐらいの価値しかないから膨大な数が必要になる。

だからその時は覚悟した方がいいね。」


「どっちに転んでも難儀ですね。」



椅子の脚が床を擦る音がした。

彼はそれとほぼ同時に姿勢を正した。


女性は会釈をして先に出て行ったが

黒髪が赤くなった目を印象的にしている様に見え、

男性は相変わらずの真顔で万円札を出す。


彼はにこやかに自分がさっき作った千円札の一束を崩し、

レシートと共に渡した。


そして私は

ありがとうございましたと

Excelで作られたラブレターを口にした。

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