知略により陥れろ。公爵令息達は公爵令嬢の為に王太子殿下の婚約破棄と廃嫡を目指す。
ルディリア・ハルテリス公爵令嬢は、銀の髪にエメラルド色の瞳のそれはもう美しい令嬢だ。
歳は18歳。
王立学園に通うこの令嬢は胸に秘めた恋をしていた。
ああ、レリウス様。何て今日も凛々しくて、麗しいのでしょう。
放課後、クラスで仲の良い男女が集まって、国について討論したり、色々とおしゃべりをする集まりがいつの間にか出来ていた。人数は12人。
その集まりにルディリアも参加していた。
そこに、ルディリアが密かに思いを寄せているレリウス・ハーベリンゲン公爵令息も来ていたのだ。
ハーベリンゲン公爵はこのミルトス王国の宰相を勤めている。
彼は宰相子息なのだ。
この頭の切れるレリウスはルディリアの憧れの的だった。
放課後の集まりも彼を中心に討論が展開される。
その頭の良さ、美しい顔立ち、何もかもルディリアの好みだった。
しかし、ルディリアには婚約者が既にいた。
この国のランドル王太子である。
ランドル王太子とルディリアは5年前に婚約を結んだ。
しかし、ルディリアはこのランドル王太子が大嫌いであった。
顔はまぁまぁイケメンである。金髪碧眼。優しい顔立ちの王太子だ。
しかし、誰にでも優しい男で、大勢が集まる王宮の茶会でもルディリアは特別扱いされた覚えがない。
いつも他の令嬢とランドル王太子は話をしていて、ルディリアに話しかけてきた事はなかった。
プレゼントだって貰った事がない。
ランドル王太子の誕生日にはハルテリス公爵家の名で、プレゼントを贈っているのにも関わらずだ。
同じ王立学園に通っていても、特別交流がある訳でもない。
本当に婚約者なのだろうか?と疑いたくなるくらいであった。
王妃教育に関しては、土日に屋敷へ王宮から特別講師がやって来て、ルディリアは一日中、特別講師の元できっちりと色々と教え込まれる。
王宮でのマナーから、隣国5か国語、ミルトス王国の歴史とか。
遊ぶ時間などあるはずもない。
そんな中、平日の王立学園での放課後の集まりをルディリアは楽しみにしているのだ。
でも、そんな楽しい日々ももうすぐ終わってしまう。
後、2か月後に卒業するのだ。そうなると、ルディリアはランドル王太子と結婚をし、自由はまったくなくなるだろう。
ルディリアは泣きたくなった。
結婚なんてしたくはない。王太子妃なんてなりたくない。
親友のマリアーテ・ハーベリンゲン公爵令嬢に相談した。
憧れのレリウスの双子の妹であるマリアーテはルディリアと同い年である。
マリアーテはルディリアに向かって、
「わたくしに任せて。ルディリア。放課後、ハーベリンゲン公爵家で皆でお茶致しましょう。」
「よいのですか?お邪魔しても。」
「ええ。是非、いらして下さいな。」
いつも集まっている12人でハーベリンゲン公爵家の客間に集まり、
そこで、マリアーテが驚くべき言葉を口にする。
「ルディリアはランドル王太子殿下と婚約を解消したいと言っています。そうよね?ルディリア。」
友であるクラスメートたちが皆、ルディリアに注目している。
ルディリアは頷いて。
「ええ、わたくしは王妃なんてなりたくはないの。ランドル王太子殿下と結婚したくはないの。」
黙って聞いていたルディリア憧れのレリウスが頷いて、
「ランドル王太子殿下は、最近ピンクブロンドの男爵令嬢と仲良くしていたな。名前はチェリーナ・ユットス男爵令嬢。ここは[知略]を持って、ランドル王太子殿下を[陥れ]、婚約解消に持っていくべきだと私も思う。」
ルディリアの胸は高まる。
もしかして、わたくしの事をレリウス様も好きなのかしら。
レリウスは両腕を組んで、ルディリアを見つめ、
「無能な王太子が将来国王になる。それは国の悲劇だ。ランドル王太子殿下を陥れ、婚約解消に持って行くだけでなく、廃嫡へ持って行く。これは、やりがいのある事ではないのか?」
わたくしの事が好きなのではなく、国の為なのね…
なんだかガッカリする。
マリアーテが手を挙げて。
「ランドル王太子殿下を陥れる役目、わたくしがやりますわ。わたくしと、もう一人、女性の協力者が必要ね。それはこちらで用意します。ランドル王太子殿下の事は任せて。」
なんて頼りがいのある親友マリアーテ。
しかし、どうするのかしら。
レリウスがマリアーテに向かって、
「では、こちらから援護射撃をしよう。ランドル王太子殿下の悪口をさりげなく広めておく。
どうせ、お前の事だ。上手く焚きつけて王太子殿下に金を使わせるのであろう?
金遣いの荒い王太子殿下、将来の国王の資質が問題になるであろうな。」
「ええ。そうよ。男爵令嬢の方も焚きつけて上手くお金を使わせるわ。」
騎士団長子息レイモンドが手を挙げて、
「ランドル王太子殿下が廃嫡されたとして、次の国王にふさわしい男性となると、第二王子クラール様でしょうか?」
レリウスが腕を組んで、
「クラール殿下も、似たような者だ。勉学嫌いで国王としての資質は欠けている。」
マリアーテが言葉を続ける。
「クラール殿下はまだ婚約者がいらっしゃらないわ。ルディリアがクラール殿下の婚約者に選ばれたら、又、王妃になる可能性が。」
絶対に嫌である。
ルディリアは青くなって、
「どうにかならないかしら。」
カトリーヌと言う、伯爵令嬢が手を挙げて、
「恐れながら、クラール殿下は騎士団でよくお見掛けしますわ。」
騎士団長子息レイモンドも頷いて、
「ああ、確かに父上が良くクラール殿下が遊びに来ると言っていたな。」
マリアーテがニンマリ笑って、
「それならば、こう噂を流しましょう。クラール殿下は男性に興味があるって。」
「「「「うわっーーーー。」」」」
レリウスも頷いて、
「それはいい。男性にしか興味が無ければ、さすがに未来の国王の資質は無しと判断されるだろう。後は…考えられるのは海外から皇太子とか湧いて出ないか?ルディリアをさらって行く可能性がある。」
マリアーテが答える。
「隣国の皇太子殿下は婚約者がいらっしゃいましたわ。後は精霊王とか竜神とか、人外が現れないかしら。そういうのが現れていきなりルディリアをさらっていったりしたら。」
神官長子息カルロスが、
「神殿にいる聖女達に結界を強化しておくように言っておきます。まぁここ100年は人外の目撃情報はないので大丈夫だと思われますが。」
レリウスは満足そうに頷いて、
「それでは、これから作戦に入る。ルディリアの為に、いや、国の為にランドル王太子殿下と、クラール第二王子殿下を廃嫡に追い込む。無能な国主程、不幸な事はない。皆、頼んだぞ。」
皆、頷く。
ルディリアは有難かった。
でも…
国の為よりもわたくしの為に、貴方は動いて下さらないの?
貴方の心はわたくしには無いのかしら…それはそうよね。ランドル王太子殿下の婚約者として5年間、わたくしは生きてきたのですから。
わたくしは貴方への恋心を告げる事も許されないのに…
ああ、レリウス様、好きで好きでたまらない。
わたくしは、婚約解消されたら貴方にこの心を告げる事にします。
貴方の事をお慕いしております。レリウス様。
何故かそれから、ランドル王太子殿下の周りにピンクブロンドの令嬢が二人増えた。
ランドル王太子殿下は3人のピンクブロンドの令嬢達を伴って歩く姿が見かけられた。
「王太子殿下ぁ、私、ドレスが欲しいっーー。」
「ずるいずるいわ。私も綺麗なドレスが欲しいっーー。」
どれが元々いたチェリーナ・ユットス男爵令嬢か解らない位に雰囲気が似ている。
ランドル王太子は嬉しそうに、3人の男爵令嬢達に、
「ああ、私は金持ちだからいくらでも買ってやるぞ。」
「「きゃぁ、嬉しい。」」
チェリーナが怒り狂って、
「何よーー。貴方達、私が王妃様になるのぉ。貴方達は邪魔なのっ。」
「「いいじゃない。同じピンクブロンドの男爵令嬢。仲良くしましょう。」」
ピンクブロンドに取り囲まれた王太子殿下。何やら恐ろしい光景である。
貴族社会だけでなく、平民の間にも、ランドル王太子殿下の金遣いの荒さが噂になった。
このランドル王太子、ツケ払いで、強請られたら強請られただけ、アクセサリーやらドレスやらを男爵令嬢達に買い与えた。
その悪い噂はルディリアの父、ハルテリス公爵の耳にも入る事になる。
ハルテリス公爵は国王陛下の元へ行き、訴えた。
「ランドル王太子殿下の噂を耳に致しました。国王陛下。どうか、王太子殿下をお諫め下さい。」
国王陛下は困ったように、
「確かに、最近のランドルの金遣いには目に余るものがある。注意をしておこう。」
しかし、国王陛下の注意もなんのその、ランドル王太子殿下は散財を続けるのであった。
ハルテリス公爵から、婚約解消を言い出せなかったようだ。
それならば、もうすぐ卒業パーティ。ランドル王太子から、婚約破棄を宣言させればよい。
二人の男爵令嬢達は耳元で囁く。
「ルディリアなんて、捨てて私を王妃にしてくださいな。」
「いえいえ、私の方を王妃にして、癒して差し上げますわ。」
元々居た男爵令嬢チェリーナがランドル王太子に凄い勢いで抱き着いて。
「私が先にいたの。私が王妃になるの。ルディリアなんてさっさと捨てちゃって私を王妃にしてよ。」
ランドル王太子は嬉しそうに、
「そうだな。ルディリアなんて冷たいだけの公爵令嬢だ。お前達の方が余程、私にとっては生きた人間だ。ああ、いいとも、卒業パーティで派手に婚約破棄をしてやろう。」
「「「嬉しいーーー。だぁいすき。王太子殿下。」」」
男爵令嬢に扮したマリアーテはニンマリした。
婚約破棄宣言をしてくれると言う。卒業パーティには生徒達の両親も来るのだ。
皆、高位貴族である。
金遣いの荒い王太子。常識のない王太子殿下として、国王としての資質が問われるだろう。
上手く行った。
後は卒業パーティを待つだけだわ。
そして、卒業パーティの当日。
ルディリアは思いっきり着飾って卒業パーティに出席した。
薄桃色のドレスはとても美しくて、ルディリアの銀の髪に映える。
エスコート役がいないのは仕方がない。
まだ、ランドル王太子殿下の婚約者なのだ。
さぁ、早くわたくしを婚約破棄して頂戴。
わたくしは、告白をしたいの…レリウス様に積もり積もった思いを伝えたい。
「ルディリア・ハルテリス公爵令嬢、私はお前のような冷たい女に嫌気がさした。
よって、お前との婚約を破棄し、私はチェリーナ・ユットス男爵令嬢と、今、ここにはいないが、アリーナ・コレットス男爵令嬢と、ユリアーネ・ミルディス男爵令嬢と婚約を結ぶことにする。」
ランドル王太子の傍にはピンクブロンドの髪のチェリーナ・ユットス男爵令嬢がべったりとくっついていた。
他の二名はと言うとその場にいないようである。
貴族達は揃って呆れた。
3人も婚約者?どういう事だ?
最近のランドル王太子殿下は金遣いが荒いと聞く。
大丈夫なのだろうか?この国は?
皆がそう思っていた時に、国王陛下がわなわなと震えながら、
「3人とはどういうことだ???それに、婚約破棄とは???お前にはあきれ果てた。
ああ、廃嫡してやる。どこへでも消え失せろ。」
ランドル王太子は真っ青になって、
「側室がいたっていいではありませんか?私は選べないのです。3人とも可愛くて私の好みのタイプで。ですから。」
「煩いっーー。こやつらを連れて行け。」
ランドル王太子と、チェリーナは騎士達によって連れて行かれた。
ルディリアは安堵する。
これで、やっとわたくしはレリウス様に思いを告げる事が出来るわ。
「ちょっと待った。父上、それでは私がルディリア・ハルテリス公爵令嬢の婚約者に新たになるのは如何でしょう。」
名乗り出たのは第二王子クラールである。
国王陛下は首を振って、
「お前が興味があるのは 男 だろう?ルディリア・ハルテリス公爵令嬢に白い結婚を強要する訳にはいかぬ。今まで、ランドルの事で迷惑をかけてきたのだ。」
クラール第二王子は慌てたように、
「あれは噂にしかすぎません。私が興味があるのは女性で…」
貴族達が口々に、
「クラール殿下が、騎士団員と木陰で口づけをしていたと私は聞きましたぞ。」
「ああ、私も聞きました。聞きました。胸板逞しい騎士団員とイチャイチャと。」
クラール第二王子は叫ぶ。
「私が好きなのは女性だーーーー。」
国王陛下は額を押さえて、
「隠さなくても良い。クラール。お前は国境警備隊で2年程、修行をしてこい。
お前の大好きな筋肉ムキムキの警備隊だ。私はお前の事を考えて、だな。
2年とは言わず、一生戻って来なくても構わぬ。」
「そ、そんな…」
がっくりと膝をつくクラール第二王子。
ルディリアは再び安堵する。
危なかったわ。危うくクラール第二王子と婚約させられる所だったわ。
そこへ、今度は、
「それなら、私と婚約はどうだろうか?ルディリア。」
皆がそちらへ視線をうつせば、
王弟殿下ジュリオールであった。
歳は30歳。いまだ独身である。
レリウスが国王陛下に向かって、
「恐れながら、国王陛下。ジュリオ―ル様には長年、連れ添った愛人の方々がおられます。」
会場の方から、それぞれ子供達を連れて二人の女性がジュリオールの両脇に来て、
「ジュリオール様っ。わたくし達はどうなるのです?」
「わたくし達をお見捨てにならないで。」
ジュリオールは真っ青になって、
「お前達とは遊びで…」
「「「「「お父様っ。僕たちを捨てないで」」」」」
まだ幼い男の子達が5人ジュリオールにしがみつく。
国王陛下は額を押さえて、そして断言する。
「お前に王位を譲る気はない。愛人達に対してきちっと責任を取れ。」
ジュリオールは愛人達を宥めながら、会場から慌てて出て行った。
レリウスはニンマリする。王弟殿下の事を調べて愛人達を呼んでおいたのだ。
「それなら、わたくしが王位を継ぐという事でよろしいのですね。お父様。」
16歳の王女エレーナが国王の前に進み出る。
国王陛下は頷いて、
「エレーナ。お前が一番、優秀である。お前に王位を継がせるのがよかろう。」
「それなら、わたくしにふさわしい男性を婚約者にしなければなりませんね。
レリウス・ハーベリンゲン公爵令息。貴方、わたくしの婚約者になりなさい。」
ルディリアは真っ青になる。
王女様の…婚約者にレリウス様がっ…
ここで、自分の想いを口にしたら、つい先ほどまで、王太子殿下の婚約者だった者がなんてふしだらなと言われるであろう。
レリウスに思いを告げたい。それは皆の前ではない。二人きりで会って思いを告げたかったのだ。
それに、エレーナ王女が望んだ事、異を唱える訳にはいかない。
レリウスの顔をルディリアは見た。
レリウスは受けるのか?
王家の命とあらば、受けるしかないであろう。
レリウスは恭しくエレーナの足元に跪いて、
「これは光栄な申し出でございますけれども、私は宰相を目指しております。
お飾りの王配を目指している訳ではございません。政治の中枢として、王国の為に尽くしたいと思います。ですから、いかに王女様の命とはいえ、お聞きする訳にはいきません。」
「王配が宰相の仕事をすればいいわ。わたくしが法律を変えます。貴方程の優秀な男性はいない。これは命令です。それとも、他に命を聞けない訳でもあるのかしら。」
男爵令嬢の変装を解き、ドレスに着替えて来た、マリアーテがレリウスの背後から思いっきりヒールでその尻を蹴飛ばした。
レリウスが慌てて振り向くと、マリアーテが凄い顔で睨みつけている。
いつもルディリアを支えてくれていた他の9人がルディリアの周りに集まって、
レリウスに向かって叫んでいた。
「レリウス、ここで言わねば男ではないぞ。」
「そうよ。レリウス様っ。頑張って。」
「いけっーーー。レリウス。」
レリウスはエレーナ王女に向かって、
「私は、ランドル王太子殿下の婚約者であったルディリア・ハルテリス公爵令嬢にずっと想いを寄せておりました。勿論、王太子殿下の婚約者、この想いは胸に秘めておりました。
でも、この度、ルディリアは婚約破棄をされた。私は告げたいと思います。長年の想いを。ですからエレーナ王女様と結婚は出来ません。」
「解っていたわ。そんな事。」
エレーナ王女はにっこり笑って、
「宰相として、王国の為に尽くして頂戴。」
ルディリアは嬉しくて嬉しくて涙がこぼれる。
レリウスはルディリアに向かって、赤くなりながら、
「ルディリア。ずっと君の事を思っていた。どうか、私と婚約を結んでもらえないだろうか。」
「ええ、喜んで。レリウス様。」
「やった。おめでとう。レリウス。ルディリア。」
「良かったわっ。おめでとう。」
友達に祝福される。
後々、解った事だが、エレーナ王女もこちらの企みに気が付いていて、
兄達から王位継承権を奪う為に、見て見ぬふりをしていたとの事。
そして、エレーナ王女も好きな相手がいて、それは騎士団長子息レイモンドで、
「わたくし、実は筋肉が好きなのよー。レイモンド、筋肉ムキムキですもの、最高ですわ。」
と、二人は婚約を結び、エレーナ王女が王立学園を卒業したら結婚する事が決まっている。
仲間達のお陰で愛しいレリウスとルディリアは婚約を経て、結婚した。
二人の仲は良く、沢山の子に恵まれた。
仲間達との交流はエレーナ女王を加えて、生涯続き、王国は類を見ない位栄えた。
知略によって陥れられ、廃嫡されたランドルは男爵家の婿養子となり、作った借金を返す為に身をもって働き続けた。
気の毒なクラールは生涯結婚する事も出来ず、国境警備隊長として国を警備し続けたという。