百面相
ご高覧いただきありがとうございます。
「天羅ちゃん、ディラさん!これを!」
ヘドロ猪を迎え撃つ私たちに向けて、天目さんが2つの透明な玉を投げてきた。おそらく魔法玉なんだろうけど、私たちに向けて使用しているあたり今回は支援系の魔法でも籠められているんだろう。透明な玉の中には明るいオレンジ色の光が灯っていた。
「そのまま剣で壊してください!」
言われた通りに魔法玉を細剣で貫くと、体全体を包み込む暖かい風を感じた。何となく体が軽く感じて、力が漲るような気がした。初めての感覚に若干興奮していると、いつの間にか目の前にヘドロ猪が来ていて天羅さんが応戦していた。
「ディラ!なにボケっとしてるの!」
「ああ、すみません!代わります!」
呆ける頭を覚まして、猪の前から飛び退いた天羅さんと交代する。
猪は天羅さんに追撃を仕掛けようとしていたけど、目の前にいる私に気が付いて体勢を整え、後ろ足で地面を何度か蹴った後私に突進してきた。
天羅さんのように大剣を持っていたらこの猪の突進を受けるなら流すなりできたんだろうけど、あいにく武器が細剣1本の私にそれは難しい。なので別の方法で完全に拘束するか勢いを弱める必要がある。
「『闇縛』!」
片手の掌を地面につけて『闇縛』を発動する。黒い蔦が地面から次々と生えてきて猪の前足へと絡みついていく。走っている途中に足を取られた猪は、突然のことで勢いを殺せずに下り坂で思い切りブレーキをかけた自転車のようにおしりが大きく持ち上がり、立派な牙に支えられて倒立しているような姿勢で固定されてしまった。
動きを鈍らせて天羅さんが攻撃できる隙を作れたらいいな~程度の気持ちで放った『闇縛』が齎したまさかの結果に唖然としてしまう。
「オオオオオオ!?」
猪は猪でまさかの事態に混乱して頭を振り回そうとするが、立派な牙がさらに地面に埋まるというなんとも悲惨な結果を生んでしまった。
「なにはともあれナイスなのディラ!やっちまうの!」
猪に対して若干の申し訳なさを抱えつつも、動けない猪に天羅さんとともに攻撃を仕掛けていくが…
「ヘドロの先は固いですね…っ!」
「まったくなの!」
少し攻撃を加えると、猪を覆っていたヘドロが剥がれて猪本来の体表があらわになった。それまではよかったんだけど、現れた猪の体が金色かつその色に恥じない硬さでまともに攻撃が通らない。金は人間の歯よりも柔らかいと言っていたあの情報番組は嘘を吐いていたのではと疑いたくなるレベルで硬い。
「オ、オオオオオオオ…」
ここまで散々私たちに好きなようにやられていた猪だが、ここにきて前足に絡みついた蔦を千切ってじわじわと元の体勢に戻ろうとしている。体の自由が利かない状態でどうやっているのかと思えば、前足の筋肉を膨張させて巻き付いた蔦をはち切れさせていた。
どうしたものかと思案しながら攻撃していると、背後から天目さんの声が。
「2人とも離れて!」
いつの間にかレオルから降りていた天目さんは魔法の詠唱をしていたようで、天に掲げた両手には直径2メートルはありそうな火球が浮かんでいた。
あわてて猪から離れて近くの岩の後ろに身を隠す。岩陰から頭半分だけ露出させて様子を見ると、天目さんが火球を猪に向けて放つ直前だった。
「ブルァオオォォォォン!!!!!!!!!!」
今にも火球が放たれようとしているその直前、猪がすべての蔦を千切り埋まった牙を地面から上げて怒り狂った様子で咆哮を上げた。まあそりゃああんな無様な格好にされたら怒るよね。
「『極・融爆炎!』」
だが猪が攻撃態勢に移るよりも先に天目さんが魔法を放った。天目さんの手から放たれた火球は最初はのろのろと進んでいたが、次第に加速しながら標的に向かっていく。遠近感の問題か、次第に火球が小さくなっていくようにも見えた。
猪が放たれた火球に気づく頃には、文字通りすでに鼻の先にまで迫っていた。猪が頭を振るい牙で火球を掻き消そうとするが、ここで火球はぐんとサイズを縮めて振り回される牙を掻い潜り首の下あたりに潜り込んだ。
「『点火』!」
次の瞬間、猪の体の下で凄まじい爆炎が広がり猪の体全体を包み込んだ。猪の体からはヘドロが完全に剥がれ、黄金色の体がじわじわと溶け出しているのが遠目でもわかる。
「すご…」
「本当なの。またエクストラスキルのレベルが上がってるの」
いつの間にか隣に移動していた天羅さんがそう零した。
「エクストラスキルって…?」
「スキルのレベルがⅩまで上がってる状態で条件を満たすと進化させることができるスキルのことなの。今天目が使ったのは『極・爆炎魔法』のⅤとかそのへんの魔法だと思うの」
いま私の『闇魔法』はⅣだし、エクストラスキルとやらには程遠い。もっと魔法使って熟練度を上げたほうがいいんだろうけど、今のところ『闇魔法』には火力に重きを置いたような魔法がなくてどうしても細剣をメインにしてしまう。どこぞのスキルの影響でMPは無駄にたくさんあるしガンガン使っていったほうが良いのかもしれない。
「む、もう猪の体が溶けきりそうなの」
軽く話している間に猪はいつのまにか融解して原形を留めていなかった。猪がいた場所にはぼこぼこと音を立てる粘度のある液体状の黄金があるだけだった。
岩陰から出て天目さんのもとへ駆け寄る。天目さんはその場に腰を下ろして額の汗をぬぐっていた。
「天目さん、大丈夫ですか」
「あ、ディラさん。えへへ、もうMPすっからかんです」
「それにしてもすごい魔法でした…」
「ここまで持っていくのに苦労しただけの威力があってなによりです」
相手が金属だったから何かしらの補正が入ったのかもしれないけど、魔法一発で40000近いHPを消し飛ばせるのはとんでもない。私の『闇魔法』もいつかあんなことができるようになるのかな。
なんて考えていると、猪だったものの様子を見に行った天羅さんが走ってきた。
「…ってないの!」
「え?」
「まだあいつ死んでないの!どろどろと混ざってるの!」
急いで猪だったものがあった場所へ行くと、金色に若干の黒が混ざったスライム…のようなナニカが目まぐるしく形を変えながら周囲の地形を破壊して暴れていた。
ひとしきり暴れた元猪は、最終的に人型に落ち着いたようだ。しばらく様子を窺っていると、黒混じりの金色の表面に、人間のものと変わらない顔や筋肉、果てには髪まで現れた。
「…」
元猪は私たちを一瞥すると、そのまま鬼の里の方へ駆けていってしまった。
「…なんなのアレ」
「敵対する様子はないですし、『鑑定』も控えておきましょうか」
なんだかよくわからないまま、私たちはレオルに乗ってあの人らしきナニカを追うように鬼の里へ再び歩を進め始めた。
これからは隔日で更新をしていく予定です。
前回書き忘れていました。




