そういえば
ご高覧いただきありがとうございます。
「・・・これは」
扉を開けたそこには、地面に小さな血だまりに小さな子供がうつ伏せに倒れていた。
「プレイヤーはこんな流血表現はないはずなの。よってこの子供はNPCなの」
「冷静に分析してる場合じゃないよ!早く運ばないと!」
天目さんが血まみれの子どもを横抱きにして家の中に運び込む。子供は完全に意識を失っているのか、持ち上げられた体から力なく腕を垂らしていた。
その後、回復魔法を誰も使えないことに気が付いて、天目さんが慌てて回復ポーションを作って子供に振りかけていた。経口摂取の方が効果があるらしいけど、意識が無い子供に無理やり飲ませるのは危ないからね。
つまりアンデッドの魔物さんの口に私謹製のポーションを飲ませたら効果が上がったり・・・なんて思ったけどそもそも固定ダメージだった。ちくせう。
「あ、目が覚めたみたいです」
その後、1時間もしないうちに子供が目を覚ました。
「あの、ここは・・・」
「あなたがこの家の前で血だらけで倒れていたんですけど、覚えていませんか?」
「えと、私は里を出て、王様のところに行こうとして、それで、えっと」
「落ち着いて話すの。誰も急かしたりなんてしないの」
しどろもどろになりながらじわじわと涙を浮かべる子供に、天羅さんが背中を撫でて諭した。おお、お姉ちゃんだ。お姉ちゃんの風格が出ている。
「えっとね、私たちの里が突然魔物に襲われて、まわりの木や草もどんどん真っ黒になって、それでおばあちゃんにこれを持って王様のところに急いで助けを求めろって・・・おばあちゃんはそのまま魔物の群れに飛び込んでいって・・・ぇぐ、おばぁ、ちゃ・・・」
話しながら眦いっぱいに涙を溜めたかと思えば、子供はコテンと倒れてそのままスヤスヤと眠ってしまった。里っていうのがどこにあるのか知らないけど、こんな小さい子1人でボロボロになりながらこんなところまで来たんだ。無理もない。
「この子、里って言ってましたけど・・・」
「それなんですけど、さっき手当てをしてる時に少し見えたんです」
天目さんはそう言って静かに眠る子供の前髪をそっと上げた。
「角・・・なの」
露わになった子供の額からは、二本一対の小さな赤い角が生えていた。
「おそらくですけど、鬼・・・だと思います」
そういえば、メンテナンスで新しく行けるようになったエリアに鬼の里ってところがあったような。だとしたらこれは・・・
「何らかのイベントの可能性が高いの」
「王様に助けを求めるって言ってましたし、鬼の里で何か起こってるのは間違いないですね」
「さっき天目が何か受け取ってたの。見せるの」
「さっきこの子が眠る前に渡してきた物ですね。えっと、何かの紋章ですかね」
天目さんが指で摘まんでいたのは、2本の赤い角と1本の青い角がアスタリスクのように重なった模様が描かれた紋章のようなものだった。
「とはいえ、これを王様のところまで持っていってその上話を聞いてもらう、というのはハードルが高いの。一応、メンテナンスが明けてから王城に関するクエストが発生してるって情報はあるけど時限イベントだった時が怖いの」
「『急いで助けを』って言っていましたしね」
・・・そういえば、直接王様にってわけじゃないけど、限りなくそこに近い人と知り合い・・・というかお友達になってたっけ。イベント中にスルトのせいでどえらいことになってたけど今元気にしてるのかな、王都を出る前に一目見ておきたいかも。
「王様にってわけじゃないんですけど、それに近しい人と面識があるのでワンチャンあるかもです。ただお2人が一緒に会えるかどうかわからないので、その紋章だけ私に預けてもらってもいいですか?」
「・・・よくわからないけど、天羅たちじゃ今すぐに何かできるわけじゃないから任せるの」
「私もそれで問題ないです。この子も心配ですし」
「決まりなの。期待して待ってるの」
天目さんから紋章を受け取って家から出る。ここに来た経緯がワープだったからまじまじとこの家を見たことが無かったけど、改めて見るとデカい。流石貴族街って感じ。というか貴族街に家を構えられるってそう簡単なことじゃない気が・・・考え出すとキリがないから今度聞こう。
「お城は~こっちかな」
久々に標準装備のマップを活用してお城へ向かう。歩いている最中に私に刺さる視線が気になるけど無視だ無視!いやまあ、どうせプレイヤーバレしてるなら堂々としてもいい気がするけど、この顔は誰にでも見せれる類の物じゃないし・・・顔を隠せるアイテムとかないのかなあ。
なんて考えているとあっという間にお城に着いた。入口に立ってる門番みたいな兵士さんに、前にお姫様からもらったメダルを見せたらいいのかな?
「あの、すみません」
「ん、なんだ。この城に用でも・・・お、お前!」
「え、ちょ、なんですか!?」
私の姿を見た兵士さんが目を剝いて私の腕を鷲掴みにしてきた。
「おい、詰所に走れ!手配犯が自首しに来たってな!」
あ~・・・そういえば私、お尋ね者になってたっけ・・・
「どういう風の吹き回しかは知らんが、大人しくしててもらおうか」
お尋ね者扱いにはちょっと納得がいかないけど、別にここにいる人たちを皆殺しにしてまでって程でもないから大人しく手枷を付けられておく。流石にすぐに投獄なんてことはないだろうし、どこかのタイミングでお姫様からもらったメダルを見せたらいいかな?
「こちらに手配犯が現れたと聞いたのだけれど」
手枷をはめられたまま大人しくしていると、見覚えのある侍女さんが私の前にやってきた。お姫様の専属みたいな感じでいた人だよね。名前・・・なんだっけ。
「はい、つい先ほどこちらにノコノコと顔を出してきまして」
侍女さんは私の姿を見るなり、呆れた様子で片手で頭を揉むようにして深くため息を吐いた。確かにデジャブ感じる光景ではあるだろうけど、仕方ないじゃん!
「・・・その方を解放なさい。アリアーナ様のお客様よ」
「アリアーナ様の!?し、しかし、こいつは手配犯で・・・」
「じきにあれは無効になるわ。で、もういいかしら」
「ですが・・・」
「あなたも呆けていないでメダルを出してください。アレがあれば問題なく通れるのですから」
そう言われてメダルを取り出すと、兵士さんたちがものすごい平伏してきた。いや、あなたたちは職務を全うしただけだから気にしないで・・・手配犯だって忘れてた私も悪いし。
そんなこんなで割とあっさり城に入ることが出来て、あの中庭まで連れてこられた。
「アリアーナ様がこの先でお待ちです」
中庭の真ん中まで行くと、ガゼボの中に小さな背中が見えた。その小さな背中は、私が歩みを止めると同時にゆっくりと振り向いた。
「少し久しぶりね、ディラ。元気だったかしら」
そう言ってニッコリと笑ったお姫様の顔には、何本もの赤い罅が走っていた。
久々に登場アナ様です。




