行きすぎた使命感
ご高覧いただきありがとうございます。
ペシャスさんの家から追い出された私は、未だに気持ちよさそうに寝ているニュラルさんをおぶりながらネリンさんたちが待つギルドまで戻っていた。姿が見えなかったヴィオはいつの間にか私の横を飛んでいた。
「ヴィオどこ行ってたの?」
「キュウ」
ヴィオは手にリンゴのような赤い果実っぽいものを持っていた。そしてそれを私の顔にグイグイと押し付けてくる。どこかで拾ってきたのかな。
「これ、私にくれるの?」
「キュウ!」
「ありがと。ニュラルさんを届けたら食べさせてもらうね」
謎の果物をインベントリにしまうと、ヴィオは満足したのか私の頭の上に乗っかる。全身を外套で隠している不審者が寝ている人をおぶってるというただでさえ怪しい状況なのに、それに加えて頭に小さいドラゴンが乗っているというなかなかにカオスなことになってしまった。周囲の視線が冷たい気がする。
もう十分目立ってると思うけど、これ以上変に目立たないためにもさっさとギルドまで行ってしまおう。
・・・
「で、これはどういう状況なのよ」
何とかギルドまで辿り着いて、ネリンさんのところまで通してもらってニュラルさんを背中から降ろして一息つく。あれから道中、屈強そうな男の人に声をかけられたり色々あったけどなんとか無事にギルドまで来ることができた。すっごい疲れた、別に肉体に負荷はかからないはずなんだけど体の節々が痛い。
「これはかくかくしかじかといった経緯があってですね・・・」
「つまり、その『邪界樹の洞穴』とかいうダンジョンに手がかりを探しに行くってこと?」
「はい、さすがに手掛かりなしで日光浴しようとは思わないので」
「まあ、それもそうよね。じゃあ死なないようにね。あなたが死んだら異変は一生迷宮入りなんだから」
プレイヤーだから死んでも死なないけど、変なことを言うと話がこんがらがっちゃうかな。私は空気の読めるイイ女なんだ。ふふん。
そんなこんなでお姉さんのお城まで戻ってきた。『邪界樹の洞穴』に戻るぞ!って意気込んでたはいいものの、お姉さんの力がないと私は現状ヘルヘイムからは出られない。うーん、なんとも情けない話だ。
お城の目の前まで来ると、ビュートさんが門の前で立っていた。あれ、私お城に行きますなんてお姉さんに言ったっけ?
「お待ちしておりました、ディラ様。」
「えっと、ありがとうございます・・・?」
「礼ならばお嬢様に。私では察知できませんでしたので」
ビュートさんが言うには、お姉さんはこの国すべての状況を把握できるらしい。いつどこで何が起きたのか、誰がどこで何をしているのかとか全部わかるんだって。そんなの普通の人間なら頭パンクしちゃいそうだね。それともそういうスキルがあったりするのかな、並列思考みたいな感じのよくあるやつが。
『おかえりなさい、要件は言わなくてもわかっているわ。今すぐにでも階段を出すことはできるわよ』
さすがお姉さん、話が早い。というかさっきのビュートさんの話が全部本当なら、知ってて当然ってことなのかな。
「そういえば、ヴィオは氷獄やヘルヘイムの呪いは平気でしたけど、『邪界樹の洞穴』に充満してる瘴気は平気なんですか?」
『基本的に呪いというものは瘴気が昇華したものだからヴィオは平気なはずよ。そもそもあんなところに卵があるんだから、状態異常くらいなら全部弾きそうなものだけれど』
確かに言われてみればそれもそうだ。お姉さんの優しさで時々忘れそうになるけど、私は本来なら3秒滞在するだけで死ぬような場所にいるんだ。そんな環境で生まれたヴィオが私でも耐えられる瘴気でどうにかなるはずもないか。まあ私が瘴気を浴びても大丈夫なのはスキルのおかげなんですけどね。最近は戦闘とかしてないけど、私とヴィオの差が顕著に現れてきてる気がする。ヴィオの親として精進せねば。
「じゃあ、早速ですけどお願いしてもいいですか」
『ええ、構わないわ。それにしても日光がアンデッドに与える効果を詳しく知ろうなんて考えたことすら無かったわ。それもアンデッド特有の悩みだったりするのかしら。ディラとは違うそんじょそこらのアンデッドに考える能があればの話だけれど。うふふ』
お姉さんが指を一振りすると、部屋の中に階段が現れた。最初にお姉さんと遭遇した時と何ら変わりない、よくわからない素材でできた階段だ。こうして目が復活しても、魔力しか見えなかった頃とそんなに変わってない気がする。でも魔力を見ることはできなくなっちゃったから魔法の発動に気付けないとかのデメリットはありそう。
「じゃあヴィオ、行こっか」
「キュウ!」
『本当は私も同行してあの馬鹿蛇の面を1度ぶん殴りたいけれど、今回は見送ることにするわ。じゃあディラ、気を付けて。あの馬鹿蛇に私が怒ってたって言っておいてくれるかしら』
「わ、わかりました」
お姉さんは変わらず笑顔を浮かべながらひらひらと手を振ってるはずなのに、その額には青筋が浮かんでいた。これは王龍さんに早急に伝えないと・・・
・・・
行きと同じような道のり・・・いや段差をただひたすらに無心で上っていく。魔力しか見えなかった頃と比べると階段の周囲が若干鮮明に見える。それでも黒い靄に阻まれてほとんど何も見えないんだけど、なんだか遠くの方に横にずらっと並んだ鉄格子のようなものが見える。時折金属音みたいなものも聞こえるし、実はこの階段の周囲一帯が牢獄なんてことがあるんだろうか。靄の向こうは距離感がつかめないし、手を伸ばそうとしても電撃みたいなのが走って一切入れないようになってる。そのせいでちょっとHPが削れた。ガッデム。
「あ、出口が見えてきた。いや入口?」
「キュ~」
それからまたしばらく階段を上っていると、階段の先の方に光が見えてきた。上り階段はやっぱり時間かかっちゃうね、リアルでこんなことしたら足が千切れちゃいそう。ヴィオが「疲れた~」みたいな雰囲気出してるけど、君私の頭の上に乗ってただけでしょうが。
階段を上り切ってダンジョンの中に入る。何の装飾も色気もない石でできた壁と床と天井だ。ああ、なんだか懐かしい感じがする。でもなんかここ、煙たい。いざ目が復活したのはいいものの、瘴気が目に見えるようになっていて、視界が非常に不明瞭なことになってる。これなら今だけ魔力が見えるようにならないかな。
「ちょっと休もうか」
ダンジョンの壁にもたれかかって、ヘルヘイムを出る前にヴィオがどこからともなく持ってきた果物にかぶりつく。あ、何気にこれがAAOの初めてのご飯だ。
「あま」
う~ん、甘い。ものすごく甘い。完熟した桃とマンゴーを合わせたみたいな味がする。別にまずいわけじゃないんだけど、私は甘党ってわけじゃないからすごく美味しい!とも思わない。そして特に何の感情もなく果物を食べきった。AAOで初めてのご飯が何の感動もなくあっさりと終わってしまった。それでいいのか私。
「キュウ?」
「おいしかったよ、ありがとねヴィオ」
ヴィオが小首を傾げて私の方を見つめてきた。かわいい。そんなヴィオに本音をベラベラと話せるはずもなく、ヴィオにお礼を言って頭を撫でた。目を細めてうっとりしてる。か゛わ゛い゛い゛。
「さて、じゃあ行こっか」
ペシャスさんは死霊さんの持ってる情報がいるって言ってたけど、そんなものが置いてある場所と言ったらあそこしかない。私が顔パスで通れる研究室だ。
部屋から出て、通路を道なりに歩いていると少し久しぶりの研究室への道が開いた。結局あれからここには戻ってきてなかったけど、死霊さんはまだ元気にやってるかな。精神が摩耗するとどうのこうのって言ってたけど、無事であってくれると嬉しい。
死霊さんの研究室の前まで来ると、1つの人(?)影が見えた。でもなんだか様子がおかしい。頭を抱えて蹲ってるように見える。この目で見るのは初めてだけど、ここにいるってことはあれが死霊さんで間違いないはずだ。
「あの、大丈夫ですか?」
『ヴオォ・・・なんだキサマは・・・ワタシのケンきュうしツまでナゼハイレる・・・』
あれ、なんかやばそうじゃない?
『ワタしハカエさネバなラぬノダ・・・!かつテのなカマタチを・・・!』
『ネムラせテやラネバなラヌノだ・・・!』
私の目の前にいたのは、あの知性あふれる死霊さんなんかじゃなく、自分自身の使命に囚われた悲しきアンデッドだった。
ダンジョンに出戻り回でした。
次回から久しぶりの戦闘が始まります。しかし相手はとんでもステータスを誇るあの死霊さんです。果たして理菜は死霊さんを突破できるのでしょうか。
私事で大変恐縮ですが、ちょっとした事情により少しの間電子機器から離れた環境で過ごさないといけなくなりました。書き溜めておいた分を1日1話投稿するようにしておいたので作品の更新に関しては問題ないですが、その間は感想の返信が出来ないです。大変申し訳ありません。
『君がこのメッセージを呼んでいるということは・・・』ってやつですね。




