不穏な関係
ご高覧いただきありがとうございます。
『ふふふ、ようこそ私のラボへ』
なんやかんやあって、ペシャスさんの家の地下に落とされました。ディラです。私はこれからどうなってしまうんでしょうか。あとペシャスさんと知り合いのはずのニュラルさんまで一緒に落とされてた。
「ペシャス!どういうつもりですか!早く姿を見せないさい!」
『今君たちの前にノコノコ出ていったら一瞬で塵にされてしまうじゃないか。せっかく面白い被検体がやってきたんだ、大人しくしててもらうよ』
ペシャスさんがそう言うと、私たちが落ちてきた部屋の壁が開いて水色のガスっぽい煙が放出される。吸うと危ないのはわかるんだけど、煙が一瞬で部屋中に充満して吸わないようにするとかいう次元じゃなくなった。
やばいと思ったんだけど、しばらくしても何も起こらない。え、じわじわ苦しめてくる感じ?ならいっそのこと一思いにやってほしいんだけど。すると、ニュラルさんが何の前触れもなくバタッと倒れた。
「ニュラルさん!」
ニュラルさんの元に駆け寄って様子を見る。揺さぶっても目は開かない。出会って間もないとはいえ人が死ぬのをこんな間近で見ると何とも言えない感情が湧いてくる。私を使って実験したいだけならそう言ってくれればいいのに。了承するかは置いておいて。
『心配しなくてもその男女は死んじゃいない。ただ眠っているだけだ』
確認してみると、本当にニュラルさんは寝息を立てて寝ていた。よかった、もし無事に帰れてもネリンさんたちに合わせる顔がないしね。
「さて、邪魔者も静かになったことだし、まずは尋問と行こうか」
いったい何処から来たのか、いつの間にかペシャスさんが私の前で椅子に座っていた。ご丁寧に私の分の椅子まで用意してある。尋問というよりなんかもてなされてる気がするんだけど。
「まずはディラ、君はどのようにしてアンデッドになったんだい?私は生前から何人もの人間がアンデッドになる様を見てきたが、どれもこれも知性のないただの肉塊だった。君のようなアンデッドが誕生するのに何か条件があるとするならばそれが何か知りたいんだ」
出た、一番困る質問だ。ゲームの中なのになんでこんなにメタ的要素に迫ってくるんだこの人は。このままだんまりしていてもお姉さんみたく見逃してくれなさそうだし、ゲーム的要素を省いて説明するしかないか。
「実は・・・」
・・・
「ふむ、なるほど。気が付いたらダンジョンの中に放り出されていて、生前どんな人間だったかの記憶もなくあてもなくダンジョン内を彷徨っていたら女王様にここまで連れてこられたと」
「は、はい」
「俄かには信じがたいことだが、なにせ理性あるアンデッドから話しを聞くのは初めての経験だ。そんな馬鹿なと一笑に付すのは研究者失格だ。ひとまずその話を信じようじゃないか。しかしそうなると、手掛かりは無しか・・・」
よかった。研究者気質な人で助かった。でも、これから先はこの設定を使って行けばある程度は世渡りできるんじゃないかな。まあバレないのが一番いいんだけどさ。
「もう1つ・・・いや、本題だ。君が羽織っているその外套、それはいつ、どこで手に入れたものだ?」
「えっと、私がいたダンジョンで宝箱に入っていたものです」
「その宝箱を守っていた生物はいなかったか?」
「徘徊型の魔物さんはいましたけど、その宝箱を守っている様子ではなかったです」
なんでこの外套のことをそんなに気にしてくるんだろう。やっぱり属性ダメージをかなり和らげる装備って希少なものなのかな。
「では、『ライラ』という名前に聞き覚えは?」
「ないです」
「・・・そうか」
「あの、なんでこの外套のことを気にしてるんですか?それにその質問が本題って、私を解剖したりして実験するんじゃ・・・」
「馬鹿言わないでくれ、そんなことをしたら女王に輪廻に返されてしまう」
どうやらペシャスさんは割と常識を弁えた人だったらしい。というか私のこと知ってたんだ。
「え、じゃあなんで私とニュラルさんを落としたりしたんですか?」
「あんな小汚い小屋で重要な話をするわけにもいくまい。それにここが私の家の客間のようなものだ」
前言撤回。常識はないけど理性はある人だった。
「でも、この外套の話をするだけならわざわざニュラルさんを眠らせる必要もなかったんじゃ・・・」
「まだ話は終わっていない。で、その外套だが名は確か『聖穢』とか言ったか。ずいぶん大層な名前だが、その外套の効力を考えれば頷ける。よくミズガルズの遺物なんてものを見つけたものだ」
「え、なんでこの外套のことを知ってるんですか?『鑑定』なんて使われた感覚なかったですけど」
「ああ使っていないとも。そもそも、私は『鑑定』を持っていない。ただその外套を知っているだけさ」
知ってるって・・・この外套は死霊さんの物だったし、数百年の間『邪界樹の洞穴』で1人きりだったって言ってたのに、なんでペシャスさんがこの外套のことを知ってるんだろう。
「君は、このヘルヘイムという世界のことをどこまで知っている?」
「死んだ人の魂を精査してここで暮らせるようにするか輪廻に戻す、ということくらいなら」
「まあ概ね正しい。では死んだ人間の魂はどの時代からやってくると思う?」
「えっと、様々な時代、ですか?昔もあればつい最近も・・・」
「そう、どの時代だろうとどんな人間だろうと死ねば等しくここへ送られる。ただ、一部例外もある。君は『ヨルムンガンド』という神話の怪物を知っているか?奴に食われたが最後、輪廻の理を外れ、ヘルヘイムに来ることも死ぬことも叶わない哀れなアンデッドと化すと言われている。そしてとある国の住人は国ごと奴の腹の中に入った。私はその末路を見届けることは叶わなかったが」
ヨルムンガンドって死霊さんが話してたやつだよね。確か昔にミズガルズとかいう国がその魔物さんに飲み込まれたって・・・しかも末路を見届けるって、それにこの外套のことを知ってるのなら・・・
「・・・もしかして、この外套の元の持ち主のことを知ってるんですか?」
「あの時代から変わっていないのであれば、だがね。・・・その様子を見るに、彼女はあまりいい結末を辿っていないみたいだ。何故面識があるのか、と問いたいところではあるが今はやめておこう」
もしペシャスさんが言っているのがあの死霊さんのことなら、あまりよくないどころか考えうる範囲で最悪の瞬間を今も送っているんだけど。
「あの、それでなんでこんな話を?」
「私はね、確かに生前からアンデッドの研究をしてはいたが、あくまでも彼女の助手という立場だっただけなんだ。だから何でもかんでも知っているというわけではない。ヘルヘイムに来てから自分なりに研究はしていたが、如何せん資料も情報も材料も足りない。君の欲している情報も私では提供できない。しかし、だ」
「君は彼女が持っていた外套を羽織って私の元までやってきた。これを運命と言わず何と言う?その外套がダンジョンにあったというならば、彼女が持っていた情報がダンジョンにあっても何ら不思議ではない」
「つまり、私にその情報を持ってきてほしいというわけですか」
「ああ、無事に持って帰ってくることができたなら君の知りたい情報以外で報酬を用意しておこう」
《特殊依頼『死に人が想う日々』が発生しました》
《依頼を受理しますか?》
▶YES
▷NO
《特殊依頼『死に人が想う日々』を受理しました》
《この依頼は破棄することができません》
「話も済んだことだ、早々にここから立ち去ってもらうとしよう。今回は易々と入れたが、あまり見られたくないものもあるんでね」
ペシャスさんがまたどこからともなく杖を出すと、私とまだそこで寝てるニュラルさんを青い光が包んだ。
「それじゃあ、いい報告を期待してるよ」
ペシャスさんがそう言うと、気が付いた時には一軒家の扉の前に立っていた。
ペシャスさんのちょっとした過去話回でした。
というわけで『邪界樹の洞穴』にもう1度向かうことになりました。ペシャスさんは『彼女』と言っていますが、死霊さんがペシャスさんの言う『彼女』なのでしょうか。
それはそうと、ペシャスさんが悪人じゃなくてよかったですね。まあ根っからの悪人ならお姉さんに篩い落とされて今頃生まれ変わってますかね。




