日光とは
ご高覧いただきありがとうございます。
「・・・というわけなのよ」
「やらせてください」
ネリンさんの話によるとここ数日、ヘルヘイムに姿を見せる魔物が変わっているという話だった。どの魔物もヘルヘイムができてから数百年の間は1度も見られなかったらしく、異常事態として扱われているらしい。中でも頭が4つに分かれている蜥蜴の魔物が危ないらしく、攻撃の際に瘴気をばら撒く厄介な魔物だそうだ。瘴気ってあれだよね、『邪界樹の洞穴』の中に充満してたやつ。どうやらあの状態異常には回復効果を阻害する何とも厄介な効果があるらしい。『邪界樹の洞穴』を正面から攻略するときは大変そうだね。
それでなんでわざわざ地上にまで調査範囲を広げないといけないのかというと、この国とその周辺はある程度地上とリンクしているらしく、地上で生活している魔物の亜種がヘルヘイムや氷獄に発生してるそうだ。氷狼とか氷熊がその例らしい。つまりこっちで異常が発生しているなら地上でも何か起きてるんじゃないか・・・というのがネリンさんたちの推測らしい。
それに加えて、ヘルヘイムに住んでる人たちは肉体を得る代わりに地底からは出られないそうだ。だから異変が起きても何もできなくて歯痒い思いをしていたところに都合よく私が現れたということだそうで。ネリンさんが「こうして自我を保ててるから文句なんて言えないけど、まるで呪いよね」と愚痴をこぼしていた。
それでだけど、この依頼を私が断る理由がない。なさすぎる。理由はどうであれ念願の地上に降り立てるわけだし。
「・・・せめてフリでも考える素振りくらいしなさいよ」
「迷う必要がありませんから。是非やらせてください」
「引き受けてくださるのは嬉しいですし、こちらとしても助かるんですけどディラさん日光は大丈夫なんですか?普通のアンデッドではないことは承知の上ですけれど・・・」
「そのことなんですけど、太陽の光って何か属性を含んでたりしますか?光や聖属性ならこの外套でどうにかなると思うんです」
そう、太陽の光が光や聖属性を含んでいるならこの外套の効果と称号の効果で無効とまではいかなくても、軽減くらいはできるはずだ。太陽の光に関してはあんまり考えないようにしていたことだけど、こうも早くにチャンスが舞い込んできたとなれば無視できるはずもない。
「うーん、普通に生きてた頃はアンデッドが陽の光に当たれば有無を言わさず即死する、くらいにしか認識していなかったからわからないのよね。高密度の属性ダメージで死んでるのか、それとも太陽の光にアンデッドを殺す効果があるのか・・・」
「この体になってしまった以上、確かめようがないですしね」
もしこれで太陽の光がネリンさんの言った通り、アンデッド特攻を持ってるだけなら私は太陽の光を浴びた瞬間に焼き殺されてしまう。プレイヤーなのに夜の間しか活動できないなんてことはないと信じたいんだけど、私に対するこれまでの仕打ちを考えるとあり得るんじゃないかと思ってしまう。
「仮に属性の力じゃなくて太陽そのものの力がアンデッドを殺すようにできていた場合、何か対策とかって・・・」
「知らないわよ。私たちは元々ただの人間だったわけだし」
だそうで。まあそりゃそうですよね。
「あの、一応心当たりならありますけど」
どうしたものかと考えていると、ニュラルさんがそう言った。
「なんであなたが知ってるのよ。生前研究者でもしてたの?」
「いえ、僕ではなくて僕の知り合いが生前にアンデッドの研究をしていたんですよ。今はこの街の外れの方に住んでいるはずです」
ニュラルさんの知り合いがアンデッドの研究者だったらしい。アンデッドそのものの私が言うことではないだろうけど、物好きな人もいるもんだね。その人にこそ『物好き』なんて称号が相応しいんじゃないかな。
「じゃあ決まりね。調査の依頼を受ける前にニュラルの知り合いに話を聞いてくるといいわ。じゃあ私は少し仮眠でも・・・」
「何言ってるんですか。ガームさんが事務仕事をしないんですから、姉さんがやることはまだまだ沢山ありますよ。どうせ私たちは寝なくても平気なんですから。ほら、書類の山が姉さんを今か今かと待ち侘びています」
「そう言って何日寝させないつもりよ!体は平気でもメンタルが持たないわよ!」
「文句を言っても仕事は待ってくれませんよ?」
「あああぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」
ネリンさんはそのままシリティさんに引きずられて奥の部屋へ行ってしまった。うーん、お疲れ様ですというかご愁傷様ですというか・・・どの世界にもブラックなお仕事ってあるんだね。だいたいガームさんのせいっぽいけど。
「えっと、じゃあニュラルさん。そのお知り合いの家の場所を教えてもらってもいいですか?」
「ええ、せっかくなのでご案内しますね」
「わ、悪いですよそんなことまでさせちゃ。それにここの見張りもしないといけないんじゃあ」
「別の者を呼びますので問題ありません。では行きましょうか」
何故かニュラルさんに案内してもらうことになってしまった。超普通の人だと思ってたけどなんか押しが強いし、謎の圧がある。ニュラルさんも実はとんでもない人だったりするのかな。
ニュラルさんに連れられるまま街の中を歩いていき、しばらくすると住宅街から離れた場所にポツンと建っている寂れたように見える一軒家の前に来た。漫画やアニメで見る「街で浮いてる怪しい人の家」って感じだ。ニュラルさんが家の扉の前に立つと、ガンガンガンと殴るようにノックをした。いやこれはもう殴ってる。ノックじゃない。
「うーん、反応がないですね。家から出るわけがないので寝てるんでしょう」
ニュラルさんはそう言うと、何の躊躇いもなく扉を開け放った。ニュラルさんは家の中に入っていってしまった。そのまま続くのはなんか違う気がしたから、扉から顔だけを覗かせて家の中を見る。家の中は薄暗く、部屋の真ん中に置いてある机の上には用途がまるでわからない道具や分厚い本が積み上げられていた。その奥でニュラルさんがベッドを蹴りつけていた。
「ほら、起きてください。あなたに珍しくお客さんですよ」
「さっき寝たばっかりなんだ・・・明日にしてくれないか・・・」
「ダメです。あなたのここ数百年の研究を当てにしてくださってるんですよ。それでもいいなら今日のところは帰りますが」
「それを最初に言え!」
ベッドに蹲っていた人は掛け布団を跳ね除けて、勢いよく起き上がる。薄暗くてよく見えないけど、耳の部分が少し尖がってるから亜人の人なのかな。
「それでどこだ!私の客はどこにいるんだ!」
「落ち着いてください。ほら、怖がって姿を見せてくれないじゃないですか」
別に怖いわけじゃないけど・・・とりあえずこのままだと話が進まないから家の中に入って姿を見せる。うう、埃っぽい。リアルだったらハウスダストで顔が大変なことになりそう。
「おお君か!で、何が必要なんだ!言ってみろ!何しろここにきてから暇でな!ただでさえ私の研究を必要とする奴なんて死ぬ前から少なかったのに、死んでからは需要がゼロでな!」
その人がすごい勢いで私の元に迫ってきた。髪の毛がめちゃくちゃ長くてその上ボサボサだから顔がほとんど見えないけど、声的に女の人っぽい。こういう人ってマッドなイメージがどうしても拭えないけど、この人は大丈夫なのかな。私の頭割って中身見てきたりしない?
「落ち着きなさい。ディラさんが困っているでしょう。まずあなたから名乗ったらどうなんです」
「ああ、そうだったな。失敬失敬。私はアンデッドの研究をしているペシャスという。この私の研究に用があるとこの男女から聞いたが、どういった要件だ?」
ニュラルさんがペシャスさんに肩パンをした。痛そう。
「私はディラっていいます。太陽の光がアンデッドに与える効果の詳細が知りたくて・・・」
「ほうほうほう!それはまた変わった質問だな!すぐに答えてもいいが、1つだけ聞かせてくれディラ。君は日光を克服してどうするつもりだ?無敵のアンデッドになって国でも落とすつもりかい?」
「え、いや、そんなつもりは」
・・・あれ、なんでペシャスさんは私が太陽の光をどうにかしたいって知ってるんだろう。なんだかデジャヴを感じる。
「ふむ、理性あるアンデッドと話すのは始めてだが、案外ちょろいものなんだね」
ペシャスさんがいつの間にか手に持っていた杖を振ると、私とニュラルさんが立っている場所の床が開いた。
「えっ」
「なっ」
落ちる。それはもう落ちる。垂直に。
7∼8秒ほどで何か柔らかいものにぶつかった。床が石造りじゃなくてよかった。この柔らかい素材じゃなかったら私の体力では即死だった。
そういえばヴィオはどこに行ったんだろう。ペシャスさんの家に入った時辺りから姿が見えないけど。
「あのマッドサイエンティスト、どういうつもりなんですか・・・!」
『ふふふ、ようこそ私のラボへ』
どこからともなくペシャスさんの声が響く。え、マジで頭開かれちゃう系なの?
というわけで2度目の身バレ回でした。
理菜はまたもや正体を見抜かれ、地の底のさらに地下に来てしまいました。これからいったい理菜とニュラルさんはどうなってしまうんでしょうか。これだからマッドサイエンティストは。
ちなみにですが、落下距離は適当です。〇秒だからここは何メートル地下だ!とか割り出しても何もありません。




