身から出た錆
ご高覧いただきありがとうございます。
12/11 一部表現を修正しました。
あれからどれくらい経ったんだろう、少なくとも1時間は立ってると思う。
しかし、何もしないで丸々2時間待機するのがこんなに苦痛だったなんて。平日深夜のコンビニをワンオペで回してる時くらい虚無なんだけど。最新鋭のVRMMOでこの虚無さは許されていいとは思わないぞ運営。何もできないだけならまだしも、視界が一切ないのもまた辛い。体は動かないことはないんだけど、変に動いてやり直しとかになるのも嫌すぎる。
最初は2時間くらいならヴィオを構い倒していればすぐと思っていたんだけど、私がお姉さんに置いて行かれた時にビュートさんが「この幼龍は儀式が済むまでこちらで預かっておきます」と先手を打たれてしまった。なので私は今見えない動けないやることがないという三重苦に苛まれているわけだ。
「んぉ?」
少し遠くの方からカツンカツンと靴を鳴らす音が聞こえる。誰か来たのかな。何か2人で話す声のようなものが聞こえるけど、なにせ遠くて聞き取れない。
『さて、2時間が経ったわけだけれど。ビュート、あなたにはどう見える?』
「そうですね、我が目を疑う限りですが人間の足と骨の尻尾が見えます」
『私が寝不足で幻覚を見ているのかと思ったのだけれど、その線は薄そうね』
「お嬢様は忙しい割によく寝ますからね。先ほども昼寝をしていましたし」
『禁呪って疲れるのよ、HPだとかMPじゃなくて精神的に。そんなことよりも失敗かしら、あれ』
「全身が露出しないことにはまだ分かりませんが、人間の足が見えているので少なくとも骸骨からの脱却はできてそうですが」
『なんにせよこれ以上待たせてもディラがかわいそうね。ヴィオもこれ以上母親と離れさせるのは苦でしょうし』
「キュウ!」
あ、微かにだけどヴィオの声が聞こえた。ということはお姉さんとビュートさんが来たのかな。ってことは私遂にこの苦行から脱出ができるのかな?
靴を鳴らす音はさらに近づいてきて、私の目の前まで来た。
『ディラよく頑張ったわね、あと数分もすればあなたに纏わりついている魔力が剥がれ落ちて儀式は完了となるわ』
やっぱりお姉さんだ。どうやらあと数分経てば私に纏わりついているこの漆黒のジェルみたいなものが取れるらしい。というかこれ魔力だったんだ、魔力って物質化するとこんな気持ち悪くなるんだね。突然私の足元から湧きあがってきた時は黒いスライムでも出現したのかと思った。
『それでねディラ、少し伝えづらいことなんだけれど・・・』
え、やっぱり何か問題でも起きたのかな。失敗なら素直に失敗と言ってほしい。これで変に慰められてはいもう1回は心的ダメージがかなり違う。
私は纏わりついてる魔力のせいか念話ができないから先を促すように手を前に差し出す。
『今ね、ディラの足元の魔力だけ剝がれているのよね。肌はこの大陸の人族と変わらないようだから一概には失敗と言えないのだけれど、尻尾が骨のままなのよ。私とビュートの予想では竜人のような姿になるんじゃないかって話していたんだけれど、どうやらディラには悉く常識が通用しないみたいね』
あーなるほど。つまり進化で得た部位である尻尾が生身にならずに骨のままってことなのかな。まあでも足は生身に戻ってるっぽいし、別にそれはそれでいいかも。というかAAOに竜人っているんだね。βの期間でも種族すら探しきれないとは恐るべしNEXT社。
『おそらくこの状態のまま魔力が全て剥げると、生身の体と骨の部位が混じり合った半骸骨みたいな感じになりそうなのよ。それが嫌なら今なら儀式をなかったことにできるけれど、どうする?』
いやいやいや、何を言ってるのさお姉さん。骨の部位が混ざってようが人間っぽい姿を手に入れられるのならそれは本望というものだよ。私がAAOを始めてから生身の肉体を求めなかった日は1日としてない。それがようやく手に入るんだ、多少見た目が変な程度で断るほど高慢じゃない。
拒否の意思をお姉さんに示すために全力で首を左右に振る。
『ちょっとディラ!わかったからそんなに頭を振っちゃ駄目よ!魔力が剥がれてしまうわ!』
おっと危ない危ない。テンションが上がりすぎてつい余計に頭を振り回してしまった。首から下は人間なのに頭だけ骸骨なんて洒落になんないからね。そんな見た目してる人がいたらデュラハンもびっくりだよ。
「お嬢様・・・これは・・・」
『黙っときなさい、これはディラの自業自得よ』
お姉さんとビュートさんが何か言ってた気がするけど、テンションが最高潮な私の耳には残念ながら届かなかった。
『もう胸元まで見えてきてるわね。これ以上どうなっているか私が言うのも野暮でしょうし、あとは全部終わった後にディラ自身の目で確かめるといいわ』
どうやら魔力が胸元辺りまで剥げてきているらしい。お姉さんの声色からして変なことにはなっていないっぽい。やばい、ワクワクしてきた。骨じゃない私ってどんな見た目してるんだろう。かわいいといいな。
そうこうしているうちに視界が開けてきた。待ってものすごく眩しい、すごい量の光が視界いっぱいに入ってきて目を開けていられない。しばらく目を閉じた後に太陽を直視したときくらい眩しい。思わず反射的に目を閉じてしまった。ああ、なんだかこの黒い視界が落ち着く。
・・・ん?眩しい?目を閉じる?
ないはずの瞼を閉じることができた。いつも人間の体でやるように瞬きを・・・できた。まだ目を開けると眩しすぎるから、薄目で徐々に光に慣れながら体を触る。感覚は骸骨だった時とそんなに変わらないけど、体を触ると柔らかい肌の感覚があった。頭を触ると髪の毛の感覚があった。
それなりに光に慣れてきたから、思い切って目を開く。視界に飛び込んできたのは大理石のような見た目の壁と床、それに天井。こうなる前から見えていた四隅に配置された壁掛けの蝋燭。炎の色が紫だカッコいい。そして、私の目の前にいる紺色のドレスを着た身長が私と同じくらいの黒髪の少女。え?私の目の前にいるのって・・・
「・・・もしかしてお姉さん?」
『あら、ちゃんと声帯まで作られているのね。我ながらいい仕事をしたわ』
今いつも通り念話で話そうとしたら声が出た。生まれてからずっと聞いてきた私の声だ。というか今まで私がお姉さんと呼んできたであろうこの少女、可愛すぎる。アニメの中に入り込んだのではないかと思うくらい整った見た目をしている。
『そうね、改めて自己紹介といきましょうか。私は繝倥?。死者の国を統べる女王よ。よろしくね?元骸骨のお嬢さん?』
やっぱりこの女の子がお姉さんらしい。あんなに色っぽい声をしていたからどんなボンキュッボンな色っぽいお姉さんが出てくるかと思ってたけど、いざ蓋を開けてみると可愛らしい女の子だった。なんだかすごく親近感が湧く。
そして相変わらず名前は聞き取れなかった。
『・・・今失礼なこと考えていたでしょう』
そんな馬鹿な!?お姉さんは読心術まで使えるというのか!?
『別に心なんて読まなくてもわかるわよ。骸骨の頃でもディラはわかりやすかったけれど、こうして顔があるともっとわかりやすくていいわね』
昔友達にも言われたことがあるけど、そんなにわかりやすいかなあ。表情豊かな方ではあると思うけど、それでも人並みだと思うけどなあ。
「そうだ、お姉さん。私、今どんな体になってるんですか?」
『まあ、それは自分で見た方が早いでしょう。そう言うと思って姿見を運ばせておいたわ。ほら、存分に人間になった体を楽しみなさい』
ああ、待って待って!そんないきなりなんて心の準備が・・・
「・・・へ?」
目の前に置かれた姿見に映っていたのは、黒い骨の角と尻尾と翼を携えた、顔の一部の骨が露出している私の姿だった。
「にん・・・げん・・・?」
人間化(?)回でした。
いやぁ、理菜が無事に人間になれてよかったですね。うん、本当によかった。そう思いますよね?
というわけで、理菜はやらかしました。そのまま魔力が剥がれるまで大人しくしておけばよかったものを・・・まあ、しばらくの間人間でないものだったので仕方のないことかもしれませんが。




