4話:探索者とアンタレス
「この1年間で、アンタは幾分マシになった。探索者の卵としちゃまずまずだね。だがルーキーと呼ぶにもまだ弱い。実直に日々を積み重ねていきな」
「はい、先生」
「今回も訓練メニューをこなしながら、アタシの話を聞くんだよ」
「あの、その前に聞きたいことがあるんですけど」
「なんだい」
「先生は僕のことをマシになったと言ってくれますが、ずっと鍛錬してるのに全然筋肉がついてないんです。先生みたいにガッシリしてムキムキパワフリャ!な身体になりません。僕は本当に成長してるんでしょうか?」
「確かに見たには細っこいままだからね、アンタが不安になるのも分かる話さ。でもね、心配する必要はないんだよ。アンタの肉体は間違いなく力を付けてる」
「えぇ~、でも……」
「多くの人間は体を鍛えて筋肉がついてくると、筋繊維が太くなってガッチリしてくる。これはその通りだよ。でも例外がある。鍛えれば鍛えるだけ筋繊維の一つずつが太くなるんじゃなく、強靭に変化し同等の力を得ていくのさ。こういう特性を持つ者はね、見た目こそマッチョにゃ程遠いが、宿しているパワーはマッチョのそれだ」
「僕が、そうなんですか?」
「ああ。アンタにゃ分からなくても、アタシにはよく分かる。アンタの筋繊維は鋼線の束を捩り合わせたように頑健で強暴に育ってる。継続する努力の結果はまったく無駄になってないんだよ。アタシを信じな」
「はい、分かりました! 僕、自信を持ちます」
「それでいい。じゃあ話を戻そうかね」
「よろしくお願いします」
「探索者として活動を始めたら、『塔』が生活の中心になる。公社の拠点は『塔』の麓だし、遺物の買取窓口も同じ場所だ。自然と探索者は『塔』の傍で生活することになるのさ」
「『塔』の周りには街があるんですよね。アンタレスっていう名前の。母さんから聞いたことがあります」
「そしてその街アンタレスは今も拡張を続けてる。各地から集まってくる探索者が寝泊まりする宿だけでも相当数が軒を連ねてるし、探索者に品物を売り付けたい、公社から技術を買いたい商人も次々と店を構え、激しく出入りを繰り返すからね。朝から晩まで引っ切り無しに人が行き交い、騒がしいったらないよ」
「この町とは大違いですね」
「トウカは探索者を引退した時、静かな田舎で暮らすことを選んだ。もう『塔』に関わる気はない様子だったし、子供は穏やかに伸び伸び育てたかったんだろうさ。此処は牧歌的でいい所だよ。暗部はあるが、そりゃ何処の町も同じだし、まだ可愛いもんで。なにより地酒が美味い」
「アンタレスはどうなんですか?」
「あそこは混沌の街さ。素性も知れない怪しい連中が次々と入り込み、ごった返してる。探索者の多くは真っ当な仕事に背を向けた無法者で、ガラの悪い犯罪者予備軍だ。脛に傷のない奴の方が珍しいだろうよ。毎日どこかで衝突・喧嘩・刃傷沙汰が巻き起こるし、金に汚い奴もごまんといる。活気だけなら天下一だが、治安はお世辞にもよろしくないねぇ」
「あんまり想像できません」
「『塔』を中心に据え、その周囲を取り囲み、『塔』が全ての軸になってる街だ。アンタも探索者として『塔』に踏み入るなら、嫌でもアンタレスで暮らすことになる。宿に長期滞在するか、仲間と金を出し合って一軒家でもこさえるか。日々の暮らしについても考えとくんだね。もっとも、あの辺の土地は異様に値が高騰してるから、駆け出しの探索者にゃ逆立ちしたって手は出せないが」
「先生はどうやって暮らしてたんですか?」
「アタシは馴染の宿に部屋を取ってるのさ。警備が厳重で安全を看板にしてて、飯を頼めばいつでも用意してくれる。安心して寝れるし、私物を部屋に置いといても荒らされる心配がないってのは、有り難いね。半端な宿だと警戒は自己責任になって、手癖や素行の悪い連中が入り込んできたりするのさ」
「無法地帯すぎる!?」
「探索者の全てが悪党とは言わないが、その比率が善人より圧倒的に多いのは事実だからね。特に『塔』へ挑んだものの、その厳しさや恐怖に負けて心折れた連中は、現役の探索者を逆恨みして邪魔したりしてくる。あそこまでいくと完全にイカレちまってるからねぇ、話が通じやしない。返り討ちにして手足をブチ折り、スラムに蹴り込んでやるとしたもんだ。そうすりゃ後は飢えた追剥連中が容赦なく貪り尽くす」
「降りかかる火の粉を払うためにも、自分自身が強くないといけないんですね」
「そういうことだよ。探索者が『塔』に挑戦して敗死するならまだしも、『塔』の外で元同業に害されて終わるなんざ、笑い話にだってなりゃしない。そんな惨めな最期を迎えたくないなら、十分な力を付けて彼の地に踏み込むしかないのさ」
「納得しました。それで、僕がアンタレスに向かったら先生と同じ宿を紹介してもらえませんか? 安全ならそこに泊まりたいです」
「別にかまいやしないけど、高いよ? サービスが充実してる店はどこもそうさ。新人探索者の稼ぎじゃ、半日だって部屋を借りられやしない」
「ええ!?」
「アタシが口利いたって大してマケちゃくれないだろうしね。向こうも商売なんだ、利益を出さなきゃやっていけない。そのあたりアンタレスの商売人は例外なくシビアさ。安心して寝たけりゃ、仲間を集めて見張り番に立ってもらうか、ベテランになっていい部屋を借りるかだ」
「現実は厳しいんですね」