3話:探索者と公社の発明
「半年間欠かさず続けてきた鍛錬の成果が出てきたね。以前より明らかに体力が付いてるじゃないか。この調子で頑張んな」
「はい、先生」
「それじゃ訓練メニューをこなしながら、アタシの話を聞くんだよ」
「分かりました」
「探索者が『塔』へ挑む際、色々な装備が重要になってくる。ノイズと戦うための武装や、身を護るための防具。携帯食料に飲料、負傷に備えての救急キット、ライトやロープその他諸々。中でも必須と呼べる物がある。それが携行用ナノマシンデバイス『アクティブ・ブースト』さ。専ら略称でATBと呼ばれるけどね」
「なのましん?」
「ナノマシンってのは公社が『塔』の遺物を研究して開発した極微小機械群さ。目に見えないほど小さな機械の集合で、分子レベルから様々な作業へ用いられる予定だ。予定ってのは正式な実用化はまだされず、現状は試験運転で性能や影響を見てる段階だからだよ」
「まだ使えないのに、必須装備なんですか?」
「実働データを取る目的で作られたテストモデルが、探索者に提供されてるのさ。探索者と公社は蜜月の関係だ。探索者が持ち帰った遺物を公社が買い取り、公社が遺物を解明して確立された技術は、探索者の武装や道具に反映される。強力なバックアップを受けた探索者がまた遺物を探し、発見された遺物を公社が買い取って、公社は研究を重ねる。公社は新たな技術を生み出すために、最新の研究成果で装備を作り探索者に与えてるんだよ」
「ナノマシンもその一環?」
「ああ、そうさ。性能実験と探索者のサポートを兼ねて、ATBを使わせてるんだ。安全性にはちっと疑問が残るものの、機能は有用だからね。使える物は何でも利用するのが探索者流よ。『塔』での仕事にプラスとなるなら、活用しない手もないだろ」
「なるほどです。でも目に見えないほど小さいなら、どうやって使うんですか?」
「大量のナノマシンを集合させて錠剤型に固形化してるね。機能別の複数種類が専用小型ケージに格納されてるのさ。使用時には目的の錠剤型を飲み込むことで、体内に入ったナノマシンが起動し拡散する。そして人体へ内側から作用し筋力や運動性の一時的な増強だったり、傷の修復や抵抗能力の底上げが出来る。散布用もあって、こいつは砕いて周囲へ振り撒くことで限定的な電磁領域を展開しステルス状態が作れる。一定時間で効力は消えるけど、簡単に使えて即効性だから都合がいい」
「機械なのに飲み込んだりして大丈夫なんですか!?」
「人体用は蛋白質を基本構成素材としてるから、体に直接の害はないって触れ込みだねぇ。立体構造を自己形成し、自己構築する機能を持ってるから、服用対象の細胞を複製し同化するって話だ。特に医療分野や人体強化といった生化学方面に対しての使用が見込まれてるらしい。探索者から十分なデータが集められれば、強化・改良を加えて大々的に売り出すつもりだろうさ」
「なんだか探索者はモルモットみたいですね」
「実際、公社にとっちゃ探索者は活きのいい実験動物って側面もあるよ。探索者にとっても公社は役に立つ商売相手だ。互いに利用し合ってるのさ。善意じゃなく利害関係で繋がってるわけだが、両者の活動は巡り巡って世の中の発展に通じてる。公社に探索者、どっちが欠けても文明の成長は滞るんだ。世界のためなんて偉そうなことは言わないが、好きでやってることが間接的にでも誰かの役に立ってるなら、悪い気はしないね」
「うん、そうですよね」
「モルモットついでに、近いうち公社が新兵器の提供を始めるって話さ。ATBに続き、実戦でデータ収集を狙ってるから探索者への情報開示は早いよ」
「また別の発明品ですか?」
「そいつは『リガートフレーム』って呼び名らしい。遺物を研究して得た技術を注ぎ開発した可変型マルチウェポン。独自の可変機構を内蔵し、瞬間的に異なるフォームへと変形することで、あらゆる状況に対応が可能。ってのが謳い文句さ」
「変形する武器! かっこよさそう」
「どうやら人工知能の一種を組み込むことで、主機による予測演算を用いたサポートや、サブアームを展開しての自律攻撃まで行えるようだね。従来の武装を凌駕する応用力に加えて、拡張性も高く使用者それぞれのカスタマイズも可能ときた。こりゃ武器好きの感性を擽るじゃないかい」
「僕もワクワクしてきました。手に取ってみたいです!」
「だが武装の改造強化には、専用の工具やパーツも大量に必要さ。弄くるための素材を集めるだけでも手間が掛かるったらない。注文つけて公社に頼もうもんなら、幾らふっかけられるやら。結局は膨大な金が入り用だ。そうなると稼ぐためには『塔』へ登って使える遺物を探してくることになる。公社は上手いこと考えてるもんさ」
「それを聞いたら、燃え上がる探索者って目の前にニンジンをぶら下げられて、全力疾走する馬みたいですね」
「ま、似たようなもんさね。それでも公社が探索者をアテにしてるのは事実だよ。これだけの装備を作り上げながら、公社に所属する研究員は自分で『塔』へ入ろうとしない。生きては帰れないと考えてるからだ。遺物を回収するのには探索者の手を借りるよりないのさ」
「持ちつ持たれつっていうか、睨み合いながら握手してるような」
「ははは、いい表現だねぇ」