13.吸血鬼の受難
最近の悩み
「これを書いていると、こっちまで眠くなる」
この国に来てから、何日くらい経ったかな。
お勉強と訓練の時以外はずっと眠っているから、あまり分からない。
クロ達は、まだ迎えに来ない。
今、みんなは何をしているのかな。
必死に私のことを探してくれているのかな。そうだと嬉しいな。
そろそろ私も、みんなに会いたくなってきた。
眠っていれば寂しさを紛らわせられるかなって思ってたけど、日を増すごとにシュリの温もりや、ブラッドフェンリルのもふもふ、みんなとのお喋りをしたい気持ちが強くなっている。
──コンコンッ。
「……………………ん」
ドアを叩く音。
微睡みから目覚めて、体を起き上がらせる。
「どう、ぞ……ふ、ぁぁぁ……」
欠伸を一回。
…………んぅ、まだ眠い。
「失礼します」
入ってきたのは、フィル先生。
先生は最近、ずっと私のお世話をしてくれる。
「これが王族として出来ることだから」って先生は言っていたけど、どういう意味なんだろう。
……でも、フィル先生は優しいから嫌じゃない。
絶対に怒らないし、分からないことは何でも教えてくれるから、すごく助かっている。だから、フィル先生が私のお世話役? になってくれて嬉しい。
「おはようございます、レア様」
「……ん、おはよ……せんせー」
「起こしてしまいましたか?」
「んーん。大丈夫」
どうせ、またすぐに眠くなる。
起こされた程度じゃ、怒らないよ。
「どうしたの?」
「昼食の準備ができたので、どうするか聞こうかと思っていたのですが……その様子だと、まだ眠り足りないようですね」
「ん、お昼……いらない」
ここのご飯はあまり、美味しくない。
人間にとっては凄く美味しい料理ばかりなんだと思うけれど、私は吸血鬼だから、人間が作った料理よりも、人間の血液のほうが美味しく感じる。
食べられないこともないけれど……どうせ食べるならお魚がいい。
でも、この国は海から遠い場所にあるから、あまりお魚は食べられないんだって。だからお肉ばかり出てくる。……少し残念。
「差し出がましいとは思いますが、ちゃんと一日三食は食べなければいけませんよ? レア様は細いのですから、もっと食べなければ」
シュリと同じことを言われた。
『ご飯は一日三食! でも眠かったらそっちを優先しなさい』っていうのが、最近のシュリの口癖。
私がご飯を食べなきゃ、みんなから心配される。
だから目が覚めたら、まず初めに輸血袋を吸うの。血液は人間達が喜んで分けてくれるから、いくら飲んでもなくならない。
…………ああ、思い出したら……お腹が空いてきたな。
人間の血を吸いたい。
でも、ここで我慢できずに「血を吸わせて?」って言ったら、私が吸血鬼だってことがバレちゃう。
むぅ……。
「レア様? どうされました?」
唸る私を見て、先生は首を傾げた。
そこから見える綺麗な首筋。
とても、美味しそう。
っと、危ない危ない。
意識し始めると、どうしても血が欲しくなっちゃう。
だから、なるべく見ないようにしよう。
「…………ん、寝る」
眠れば、少しは気も紛らわせられる。
少なくとも誰かを見ることはないから、吸血衝動は抑えられると思う。
「レア様は本当に、睡眠がお好きなのですね」
「ん、大好き」
この国に来てから色々とやることがあって、あまり満足して眠れなかった。
今日は久しぶりの、何もない日。
お勉強も訓練もなくて、こうしてゆっくり眠っていると、改めて睡眠が大好きなんだなって思う。
「羨ましいです」
「……ん?」
「あ、いえ! 今のは……!」
「先生も一緒に……寝る?」
「え?」
「先生、疲れてるみたい。一緒におやすみしよう?」
両手を出して、こっちに来てって誘う。
「で、ですが……私は第一王女で…………」
先生は躊躇っているみたい。
すごく疲れていて、すぐに眠りたいはずなのに、どうして我慢するんだろう?
…………王族だから?
それは言い訳にもならない。
偉いからって、休んじゃダメなわけじゃない。
休むことは大切。
王族でも何でも、疲れたら休めばいいんだ。
「先生は、私の、お世話役」
「それは……そうですが」
「だから、一緒に寝るの」
「どうしてそうなるのですか!?」
先生は叫ぶ。
ううん、私は間違ったことは言ってないよ。
「私、寂しいの」
「……え?」
「一人じゃ寂しいなぁ」
「だから、一緒に眠りたいと?」
「ん、勇者の安眠を手伝うのも、王族の役目だよ?」
ちょっと違う?
そうかもしれない。
でも、そうじゃないかもしれない。
「寝よ?」
「ですが、私にはまだやることが」
「寝よ?」
「えぇと、では、今日の業務が終わったら、で」
「寝よ?」
「…………はい」
「やった」
先生は「失礼します」って言って、お布団の中に入ってきた。
「先生、いい匂い」
「あ、あまり嗅がないでください。恥ずかしいで──きゃっ」
向き合って、抱きつく。
シュリと寝る時は、いつもこの格好だった。
「ん、これ……すきぃ…………」
人肌の温もりと、小さく聞こえる心臓の音。
それが心地良くて、気持ち良くて……私はすぐに、眠りに落ちた。