11.お悩み相談
その日の訓練は、その後特に何もすることなく終わった。
バーグさんはずっと二人に付きっきりで、私は先生とお話ししながら……たまに居眠りするだけ。想像していた魔法のお勉強とは少し違ったけれど、お話は楽しかったから、まぁいいかな。
そんな呑気な私に対して、ミカとユウナはまだ手こずっていたみたい。
魔力と縁の無い世界にいた二人は、やっぱり魔力を感じることに慣れていないみたい。それもあって今日一日だけじゃ何も成果は得られていなかった。
二人が魔力を掴めるようになるまで、訓練は同じことを続けるってバーグさんは言ってた。
魔力を感じられない限り、魔法を使うことはできないから、仕方ないかなって思う。
その分私が暇になるんだけど、訓練中はフィル先生が一緒にお話ししてくれるって約束してくれたから、問題ない。
訓練が終わったら、しばらくは暇になる。
だから私はお部屋に戻って、ベッドに入り込もうとした…………でも、
コンコンッ。
誰かが部屋の扉を叩いた。
どうぞって言うとすぐに扉は外側から開かれて、入ってきたのはミカだった。
「レアちょっと話があるんだけど……って、今から寝るところだった?」
「ん、大丈夫。…………話って?」
「この城の中に大浴場があるみたいなの。訓練も終わったし、一緒にどう?」
大浴場?
大きなお風呂ってこと、だよね?
お湯に浸かってぽかぽかした体でお布団に入ると、すごく気持ちよく眠れるから……お風呂は好き。
でも、どうしよう。
思い返せば、一人でお風呂に入ったことはないや。
屋敷にいた時は使用人達が髪と体を洗ってくれたし、街にいる間はずっとシュリがその役をやってくれてた。私はされるがままで、一度も自分から動いたことはない。
ここは屋敷でもなければ、私の街でもない。
お世話してくれる人はいないから、自分で洗わなきゃだよね?
……ちょっと面倒くさいかも。
それなら入りたくないな。
吸血鬼特有なのか私だけなのか分からないけど、私の体は常に清潔のまま保たれるから、無理してお風呂に入る必要はない。
だから、動くくらいなら別に入らなくていいや……って思う。
「ごめんなさい。すごく眠いから、私は」
「レアちゃんはまだ小さいから、私が洗ってあげるわ。たまに妹達を洗ってたから腕は問題ないわよ」
「ん、行く」
体を洗ってくれるなら、話は別。
完全に寝るつもりだったから眠気はあるけれど、さっきの訓練中に少し寝たからまだ耐えられる。……もしかしたら入浴中に寝ちゃうかもだけど、その時はその時。周りの人達が部屋に運んでくれることを祈る。
「それじゃあレアちゃん。運んであげるから乗って?」
「ん、ありがと」
ベッドから降りて、荷台に乗る。
──あ、毛布毛布。
事前に棺桶から引っ張り出しておいた毛布を掴んで、下に敷く。
うん、これで完璧。
ミカに荷台を押してもらいながら、大浴場まで移動する。
「…………はぁ……」
不意に、頭上から溜め息が聞こえてきた。
ミカ、疲れているみたい。
「どうしたの?」
「……ん? ああ、いや……ちょっと、ね……」
ちょっと歯切れも悪い。
「訓練で想像以上に何も出来なくて、自信を無くしなっちゃって……」
ああ、そういうことか……。
「ミカ達がいたところは、魔力……無かったんでしょ?」
「ええ、そうね。そんなものは、この世界に来て初めて聞いたわ」
「……なら、仕方ないと思う。最初から何でも出来る人って、珍しいから」
私だって、出来ないことはある。
むしろ、出来ないことのほうが多いと思う。
みんなに出会うまでは自分から何かをしようと思ったことは無かったし、何かするにも誰かに頼ってばかりだった。
今まではそれでいいと思っていた。
だから、何かを覚えようとするのは……これが初めて。
動機は同じ。
基本がちょっと違うだけ。
「ミカならきっと大丈夫。焦っちゃダメだよ」
「レアちゃん……うん、そうね。勇者って言われて期待されて、少し焦ってたみたい」
勇者は世界を救う存在だって、みんなが言う。
ミカはそれを重荷に思っていたのかな。
「なんかスッキリしたわ。話を聞いてくれて、ありがとね」
「……もう、大丈夫?」
「ええ、時間はまだあるもの。焦らずゆっくり、自分なりに頑張ってみる」
私は話を聞いただけ。
でも、それで少しでも気が済んだなら……良かったな。