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7.消えた宝(クロ視点)

時は少し戻って、クレアが居なくなった直後のお話です。


 主が消えた。

 我らが見ている目の前で……。


「いやぁあああああっっっ!!! クレアちゃん、クレアちゃん!? どこ、どこに行ったの! いやよぉぉぉ! ママを置いていかないでえええええええええええええええええ!!!!!!!」


『姫様が、姫様が居なくなった! どこ! いない!? なんで、どうして!? うわあああああ姫様ああああ!! 姫様がいないと俺はダメなんだよおおお!!!!!!!!!』


『クレア様の気配がどこにもない! くそっ、今すぐ捜索隊を……! 街に住む全ての魔物を総動員してでもクレア様を探し出さなければ! ああ、どこに行ってしまわれたのですかクレア様! クレア様ぁ!!!!!』


 主が消えたことによる影響は凄まじかった。

 特に主と深く繋がっていた我々フェンリルの戸惑いは大きく、それぞれ半狂乱になって主の姿を探そうとしている。


 当然、我も平常心でいられるほど状況を甘く見ていない。


 しかし、我は街の司令塔だ。

 このような非常事態の時に慌てているようでは失格だろう。


『皆の者、お、おち、おちおつおちおちつおおちつつおちちつ』


「お前が一番落ち着いてないだろ」


 冷静なツッコミが入った。

 我は首が取れるほどの勢いでミルドへと振り返り、理性を捨てて叫ぶ。


『これが! 落ち着いて! いられるかぁ!?』


 ああ、落ち着いてなどいられるものか!


 街の司令塔?

 慌てるのは代表失格?


 そんなもの知ったことか!

 主は我らの全て。その御方が街から消えたのだ!


「だから落ち着けっての」

『無理だ! 主が消えたのだぞ!』


 ああ、主……心配だ。本当に、心配だ! どうか、どうか無事でいてくれ。すぐに我々が探し出す。たとえ全世界を探すことになったとしても、我々が必ず見つけるぞ!


「はぁ……主人が居なくなっただけでこの有様かよ。こういう非常事態だからこそ、もう少し冷静になろうぜ? な?」

『…………逆に、なぜミルドはそう落ち着いていられる。主が心配ではないのか?』

「心配じゃないわけないだろ? 今すぐに街を飛び出して探してやりたい。クレア様を連れ去った奴を見つけて取っ捕まえて、この屈辱を地獄の底まで味わわせてやりたい。……心の底から、そう思っているよ」

『ならば、!』

「だからこそ冷静になるんだ。クレア様がどこに行ったか分からない以上、手当たり次第に探すのは骨が折れる。ただでさえ俺達は動きづらい立ち位置なんだ。目立った行動をすれば、クレア様が大切にしているこの場所に被害が出るかもしれないんだぞ?」

『……………………むぅ……』


 主が大切にしてくださっているこの街に、危険が……。

 それではダメだ。世界中を探し回って主を見つけ出せたとしても、帰るべき場所が荒れ果てていては主が悲しむだけ。主にそのような感情を抱かせることも、悲しい顔をさせることも絶対にさせてはならない。


『………………すまない。情けない姿を見せた』

「ああ、話を聞いてもらえて助かった。これでこっちの話を聞かずに出て行こうとされたら、俺達じゃ止められなかっただろうからな。────ほら、他もいつまで泣いてんだ!」


 全体に轟くような声を出し、ミルドは皆の混乱を抑えた。

 今はすでに引退した身であっても、荒くれ者が多い冒険者達のトップにいた者だ。集団を纏める実力は健在だった。


『うぅ、姫さまぁぁぁ……』

『クレア様ぁ、クレア様ぁ』

「クレアちゃぁぁぁん、どこぉ? ……ここぉ?」


 二匹は力無く地面に倒れてその下を涙で濡らし、最後の一名は空になった鍋の蓋を開け閉めするという奇行を繰り返しているが…………それでも最初の泣き喚き暴れ回っていた時に比べれば、随分マシになったと言えるだろう。


「さて、やっと落ち着いたところで……どうやってクレア様を探そうかねぇ」

『ミルド。先程、お前は「クレア様が連れ去られた」と、そのように言っていたな。それがどういう意味なのか、詳しく教えてもらおう』


 焦って動揺していた我だが、聞き逃しはしなかった。

 ミルドは確かに「クレア様を連れ去った奴を見つけて」と口にした。


 我らは何も分からなかった。

 しかし、ミルドはあの一瞬の間で、そう思い至るだけの『何か』を見つけたのだろう。


「魔法だよ。クレア様が消える直前、彼女の足元で何かが光ったのが見えたんだ。あれはおそらく……召喚術式だ」

『なんだとっ!?』


 我は魔法に詳しくないが、その名前だけは知っている。

 人間が編み出した魔法で、どんなに離れていても対象を一瞬で術者の元へ呼び寄せる。一級の魔法使いが何人も集まってようやく発動できる大規模なものだ。


『主が消えた原因は、それだと?』

「ああ、そうだろうな。……だが、その真意が分からないな」

『そんなこと、どうでもいいだろう。人間が呼び出したことが判明したのであれば、探す場所は絞られた。人間の国をしらみ潰しに探し回り、主の反応を見つけ出せば』

「この大陸に何個の国があると思ってんだ。それら一つ一つに行くつもりか? お前らは普通の魔物じゃない。その姿が露見すればノーマンダル王国の時よりも酷いことになるぞ」

『…………う、ぐぅ』


 ノーマンダル王国の一件で、我々は慎重になって動くべきだと悟った。


 人間は時に異常な発展を行う。

 それを侮った結果が『あれ』だ。


 今回も同じようなことが起こるかもしれない。

 そのように気をつけるべきなのだろう。


「まぁ結局はしらみ潰しになるわけだが──おいムッシュ! 逆探知は出来たか?」

「ちょっと厳しいですね。なにせ一瞬の出来事でしたから魔力もほとんど残っておらず、この周辺ではないことだけしか……」

「ああ、それで十分だ。出来るところまで解析しとけ」

「……相変わらず人使いが荒い……ええ、分かりましたとも。クレア様のためですからね」


 ムッシュというのは、ミルドが連れてきた魔法使いだったか。

 主の結界作りにも関わっていたのだったか? 先程の一瞬だけで、主がこの周辺地域に居ないことが分かるとは……ミルドが信頼しているだけあって腕は確かなものらしい。


「まずは魔法に詳しい俺達が、さっきの召喚術式で発生した魔力を解析する。とは言っても、正確な位置を把握するのは難しいんだが…………世界中を細かく探し回るよりはマシだろ?」

『あ、ああ……十分だ』

「だが、少し時間が掛かる。それまでにクロは捜索隊を編成してくれ」

『了解した。すぐに取り掛かろう』


 こうなった時、一番に動いて指示を出すべき我が、出された指示に従う立場になっている。


 それ自体に不満はない。

 少々落ち着いたとは言え、まだ我は混乱している。正確な判断を下せるとは思っていない。


 驚いているのは、他のこと。


 ──ミルドが活躍している。

 あの飲んだくれで、いつも腰が痛いと仕事を部下に放り投げる自称おっさんのミルドが、別人かと見間違うほどに活躍している状況に、我は……驚きを隠せなかった。


 …………珍しいこともあるのだな。


「おい、何か失礼なことを考えてないか?」

『……気のせいではないか?』


 もしかすれば明日は、槍の雨が降るのかもしれない。

 我はそう思い、今のうちに対策をしておいたほうが良いのではないかと本気で悩んだのだった。


ミルド「ふっ、ここからは俺の大活躍する姿が描かれるってわけだ。──来たな、俺の時代!」


作者「あなた終盤まで出番無いっす」


ミルド「!?」

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― 新着の感想 ―
[一言] >作者「あなた終盤まで出番無いっす」 ミルド……(‐人‐)南無
[一言] >終盤まで出番無い み、ミルドさーん!?
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