42.どうして
スローライフくん(迷子)
「ぼくの居場所、どこ…?」
私の手に握られているのは、一振りの黒剣。
前に見た時は真っ黒だったけれど、今は赤い紋様みたいなのが浮かび上がっている。それは小さく脈動していて、まるで生きているように見えた。
この剣は、私の血で作られたもの。
それは吸血鬼の特性も持っているということで、この剣は誰かの血を吸うたびに強くなる。前に殺した人間さんの血と、お爺ちゃんの血。二人分の血を吸ったことで、新しい姿になったんだと思う。
まぁ、どうでもいいや。
どんなに血を吸っても、どんなに新しい姿になっても、私が強いことに変わりはない。
邪魔な人を殺せれば、それで十分だから……。
「ぐ、ぉぉぉ……!」
お爺ちゃんは新しく生えた腕を抑えて、うめき声をあげていた。
……そっか。吸血鬼だから体はすぐに再生するんだ。斬ったら終わりじゃないんだ。
なら、終わりがくるまで斬れば問題ないよね。
「お、お前……! こ、この儂を、儂を殺すつもりか!?」
「うん」
「っ、た、頼む! それだけは、それだけはやめてくれ! なんでもする。兵も退かせよう。二度とこの街に関わらない。だから命だけは……!」
「やだ」
なんでもする?
それなら──ここで死んでよ。
「──なぜだ! この世は強い者が正義なのだ。平和を望むような弱者だったのが悪い。死んだ者が悪いのだ!」
「じゃあ、今ここで死ぬ人も……『弱者』、だよね?」
強い者が正しくて、弱い者が正しくない。
だったら私が正義だ。
お爺ちゃんが悪だ。
最後まで私のために頑張ってくれたパパが一番……正しい人だった。
パパを邪魔だと言って、殺した。
そんなお爺ちゃんを、私は許せない。
…………面倒くさい。
どうして、面倒なことで争うんだろう。
どうして、ただ眠りたいっていう私の願いを邪魔するんだろう。
…………本当に、面倒くさいなぁ。
このお爺ちゃんを殺せば、私の願いは叶うかな?
少なくとも、この後は気持ちよく眠れそう。
シュリに抱っこされて、クロ達に包まれて、ガッドさんが作ってくれたベッドで、ゆっくりと……。
そう考えたら眠くなってきた。
こんなことのために起きているのも億劫だな。こんなことで怒っているのも面倒だな。
ああ、煩わしい。
その声も、その視線も、その姿も。
ぜんぶ、全部──。
「鬱陶しい」
この腕を振れば、終わる。
この剣で斬れば、終わる。
じゃあ、もう──終わりにしようか。
「クレアちゃん!」
『姫様!』
ぐっ、と力を入れた瞬間に腕が重くなる。
シュリとロームが、私の腕をつかんでいた。
……どうして邪魔をするんだろう?
『姫様。それはダメだ。その気持ちで人を殺しちゃいけない!』
「たとえお父様の敵討ちでも、今のクレアちゃんを容認することはできないわ。だからお願い。止まって……ね?」
だって、お爺ちゃんはパパを殺したんだよ?
私の大好きな人を、邪魔だって理由で……それが許されるのに、どうして私はダメなの?
分からない。
……もう分からない、よ。
「パパ、ぱぱぁ……」
剣を手放して、地面に座り込む。
目の前が歪んだ。ポタポタって雫が落ちて地面を濡らす。
あんなに殺したかったのに。
あんなに憎かったのに。
今はもう、何もしたくない。
腕を振る力も、剣を握る握力も、立ち上がることすら……したくない。
ぽっかりと空いた心の穴。
あの時、パパとちゃんとお別れできたと思っていた。
あの時、パパとは違う世界を生きるって決めたはずだった。
──でも、ダメだった。
私はまだ離れたくなかったんだ。
心のどこかで、パパのことを求めていたんだ。
「ふ、ははっ! はははっ! 何が起こったかは知らんが、無様な愚孫だ! そんなに父親の元へ行きたいなら、この儂が送ってやろう。一度でも儂に歯向かった罰だ。あの愚息共々、あの世で悔いるがいい!」
お爺ちゃんが立ち上がって、鋭利な爪を突き出してくる。
それは凄く遅かった。普通なら簡単に避けられるのに、なんかもう……面倒臭くなっちゃった。
あと1秒もすれば、私は頭を貫かれる。
それを分かっていても、どうしてか動きたいと思えなかった。
「死ねぃ、クレアッ!」
目を閉じる。
……パパ。ごめんね。
…………。
……………………。
………………………………。
攻撃がこない。
まだ私は無事だった。
何があったんだろう。
そう思って目を開けると、大きな背中が見えた。
黒くて、頼り甲斐のある後ろ姿で、最初からずっと私の近くに居てくれた腹心の背中で──
『すまない。遅くなった、我が主』
「ク、ロ……?」
年末なのにこんな重い雰囲気で良いのかと作者自身、困惑しております。
一応、スローライフなんですけどね……(汗)
では皆さま、よいお年をお迎えくださいませ。