40.変なお爺ちゃん
ロームは怖い唸り声をあげて牙を剥き出しにしている。
シュリは鋭利な爪を伸ばして、指をボキボキって鳴らしている。
今にも人を殺しちゃいそうな殺気。
その標的は──お爺ちゃんだ。
「わ、私は、大丈夫だよ……?」
『そういう問題じゃないんだよ姫様。もちろん姫様にしたことだけでも、腹わたが煮えくりかえる思いだけどね』
「ええ、私達の大切なクレアちゃんに手を出したことだけでも万死に値するのに、この町の全てを馬鹿にしたような態度……見過ごせるわけがないでしょう?」
……ああ、ダメだ。
ロームもシュリも、本気で怒ってる。
仲間を馬鹿にされたことは、私もイラッとした。
でも、殺すのはやりすぎかなって思ったから我慢したのに、みんなが我慢できなくなっちゃったんだ。
「な、なんだ……魔物如き、が、」
『うっせぇんだよ爺さん。うちらの姫様が優しいからって調子に乗ってさぁ……今、どっちが不利な状況に立たされているのか、まさか理解してないの?』
「そろそろ黙ってくれないかしら? いい加減、その天井の見えない上から目線が不愉快だわ。偉ぶることしか出来ないくせに何もかもを下に見て…………知ってる? あんたのような人を老害って言うのよ」
お爺ちゃんはプライドが高いんだと思う。
すごく長く生きているみたいだし、服装もちょっと高そうで貴族っぽい見た目だけど……本当に貴族なのかな? だから偉そうにしているんだと思う。
でも、ここは魔物の街。
どんなに偉そうにしていても意味はない。
ここでは私が一番で、他はみんな一緒。魔物も人間も亜人も、そこに優劣なんてない。
たとえ本当に偉い人だとしても、その人を守っている法律は関係ないんだってこと、お爺ちゃんに教えてあげたほうがいいのかな……。
「この……! おいクレア! 貴様、この儂にこの仕打ちとは、一体どういう了見だ!? しっかりと魔物の調教くらいは済ませておけ! 愚孫だと思っていたが、本当に救えないほど愚かだな!」
魔物の調教? それは違うよ。
魔物は私の配下だけど、みんな良い子。仲間だと思っている。
だから調教の必要はないし、魔物だからって調教するのは良くないよ。
それと、一つ気になっていることがある。
どうしてお爺ちゃんは私を目の敵にするんだろう?
魔物が何かするたびに私に文句を言って、私のことを馬鹿にして……私、お爺ちゃんに何かしたっけ?
そもそも、このお爺ちゃんは…………
「…………だれ?」
──分からないなら素直に聞いてしまえ。
クロに教えてもらったままに、私はお爺ちゃんが誰なのかを聞いてみた。
すると、お爺ちゃんは信じられないって顔で、口を大きく開けたまま固まっちゃった。
「──プ、フフッ! アハハッ!」
シュリは大きく笑い出した。
大声で、お腹を抱えながら、すごく面白そうに笑っている。
……? 何か、おかしなことを言ったかな?
周囲を見ると、みんなが同じように笑っていた。
ミルドさんに至っては涙が出るほどに笑っているし、この中では大人しいほうだったアルフィンさんもヒィヒィ言っている。
「クレア、貴様……この儂を忘れた、と?」
「え? あ、うん」
やっと動き出したお爺ちゃんからの質問に、私は素直に頷いた。
どこかで見たような人だとは思っていたけど、本当に会ったことがあるみたい。
でも、思い出せないな。
「ごめんなさい。興味がないことはすぐに忘れちゃう、から……」
『ブフォッ……!』
みんな、より一層強く笑い出した。
「……え?」
もしかして、分かってないの……私だけ?
お爺ちゃんは確実に、私のことを知っている。
教えていない名前を知っていたし、私のことをぐそんと呼ぶし……あれ? 『ぐそん』って何だろう?
「どうやら、本当に……儂のことを忘れているようだ、な……ふ、ふふ、く、ははは……」
「あ、えぇと、おじいちゃ」
「ふざけるなぁああああああああああ!!!!!!!」
お爺ちゃんがオーラを纏い始めた。
すごい濃厚な魔力。ブラッドフェンリルほどじゃないけど、他の魔物は凌駕するくらい。
でも、どこかで見たような魔力だなぁ……。
なんか懐かしいような気もする。
…………どこだっけ。
「あ、わかった」
私は、手をポンって叩く。
今、ようやく気がついた。
どうして今まで分からなかったんだろう。
魔力を解放したことで、お爺ちゃんの目は赤く染まりつつあった。
気合を入れて歯を食いしばった歯は鋭く尖っていて、耳も……エルフほどじゃないけど三角形だ。
この特徴は知っている。
お爺ちゃんって、吸血鬼だったのか。
……ということは、あれか。
お爺ちゃんって、あの時──私を追い出したお爺ちゃんだったんだ。
無自覚心抉りマシーン、クレア。
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