特別話 クリスマスがやってきた
※この話は本編とは全く関係ありません
大体、結界を作るくらいの時間軸だと思ってください。
今日はいつもより、ちょっと寒い日。
私は風邪を引かないように暖かいお洋服を着ながら、暖かいお布団に包まって今日も気持ちよく眠っていた。
でも、ふと微睡みから戻ってきたら、いつもと違う匂いが鼻に入ってきた。
不快なものじゃない。
とても美味しそうで、甘い匂いも混ざっている。
大好物の血液とはまた違う……あまり嗅ぎ慣れていないものだ。私のお部屋には無かった匂いだから、ちょっと変だなって思った。
だから、これは何なのかを確かめようと目を開けた時、こんな声が部屋中に響き渡った。
『「メリークリスマス!」』
その後、「パァン!」っていう甲高い音が鳴った。
みんなが手に持っている筒みたいな物から、それは鳴ったみたいで、そこから長い紙と白い煙が飛び出している。…………その煙は、ちょっとだけ焦げ臭かった。
「え、なに……?」
寝起きだから色々と頭が回っていなくて、私は困惑した。
部屋に居るのはいつもの人達。
……でも、その格好はいつもと少し違う。
真っ赤なお洋服を着ていて、クロは……鹿? の格好をしている。
お部屋の模様も、少し変わっていた。一角には変な形の木があって、すごくキラキラした物で飾り付けされていた。
『おはよう、そして……メリークリスマスだ。主よ』
「あ、うん」
クロがそう言ってくれたけれど……まだ状況を理解できていない私は、そんな簡単な言葉しか返せなかった。
「もう、クレアちゃんが困惑しているでしょう? まずは説明から! 楽しみなのは分かるけど、主役を置いてけぼりにするのは良くないわ」
って、シュリは言ってくれた。
気遣ってくれているのはありがたい。振り向いてお礼を言おうとして、私はシュリの格好に言葉を失った。
一番に抱いた感想は、すごく寒そうってこと……。
みんなと同じ赤い衣装なんだけど、肩も太ももも出ていて、とにかく肌色が多い。ちょっと動いただけで大変なところが見えちゃいそうで、私は自分が包まっていたお布団を掛けてあげた。
「ふふっ、ありがと。心配してくれたの?」
シュリは嬉しそうに微笑んで、頭を撫でてくれた。
「えっと、シュリ……これ、は?」
「クリスマスパーティーっていう……お祝い事、なのかしら?」
シュリもあまり詳しくなさそう。
誰なら知っているかな……? クロなら、分かるかな。
『人間が持つ独特の文化で、この季節になったら神の誕生を祝うのだとか。古くから伝わっている文化のようで、時代を超えて今では国中がお祭り騒ぎになる特別な日らしい』
「魔物が神の誕生を祝うってのは変かもしれないが、雰囲気だけでも楽しみたいって、俺がクロに提案したんだよ。──どうだ? 驚いたか?」
どうやら、ミルドさんがこのクリスマス? を提案したみたい。
今日は神様の誕生日をお祝いする日で、人間はそれをお祭りみたいに楽しむんだって。ついでに恋人が出来やすい日だって説明も入ったけれど、四方からの殺意高めな視線を受けたミルドさんは、それ以上を話してくれなかった。
そっか、お祭りか……。
だからこんなに色々な料理が置いてあって、みんなが集まっているんだ。
魔物はパーティーなんてしない。群れること自体が珍しいし、人間の作った文化なんて普通は真似しようと思わない。
でも、みんな楽しそう。
初めてのパーティーで気分が高まっているのか、みんな笑顔だ。
クロが鹿になっているのはちょっと分からないけど……その場の雰囲気っていうのかな。それがとても明るくて、まだ完全に寝起きから抜け出せていない私も、自然と顔が緩んでいるのが分かった。
「さて、と! 主役も起きたし、パーティーを始めようぜ!」
ミルドさんの言葉で、みんなはコップを持ち始めた。
私もシュリに渡してもらった。中身は当然、私専用の血液だ。すごく、美味しそう……。
「それじゃ、こうして今日も平和に暮らせることに感謝して──乾杯!」
『「乾杯!」』
それからは、とても楽しいパーティーが続いた。
ミルドさんはとにかく沢山のお酒を飲んで、酔った勢いでガッドさんに酒飲み勝負を持ちかけてた。すぐに返り討ちにされて倒れちゃったけど、その様子を見ているのは面白かった。
シュリはずっと私の隣で、運ばれてきた料理を一緒に楽しんでくれた。
食べたものはどれも美味しかった。一番はやっぱり血液だけど……それに負けないくらい、すごい一生懸命作ってくれたんだって気持ちが伝わってきた。
街の食料は十分に蓄えてあるけれど、決して贅沢はできない。
それでも今日のために頑張ってくれたんだから、すごく嬉しかった。
クロは相変わらず、変な格好をしていた。
どうしてその格好をしているの? って聞いたら、これが始まる前にちょっとした賭け事をしたみたいで、クロがそれに負けたから鹿の『こすぷれ』をすることになったみたい。
でも、正確には鹿じゃなくて『トナカイ』なんだって。初めて聞いた生き物の名前だけど、鹿と何が違うんだろう?
「よぉ、クレア様。楽しんでくれてるか?」
いつの間にか復活したミルドさんが、そう聞いてきた。
「ん、楽しい」
初めてのパーティーだ。吸血鬼にも独自の文化みたいなのはあったけれど、私はどれも参加していなかった。その度にパパが色々とプレゼントをしてくれたけど、それだけだ。
でも、こんなに楽しかったんだ……。
今思えば、ちょっとだけ勿体ないことをしたなって思う。
大好きなみんなとパーティーをするのは、すごく楽しい。
だから、もっと大好きなパパと一緒にパーティーが出来ていたら、もっと楽しかったんだろうなぁ。
「でも、不思議よね。今日だけは神を信仰していない人間も、神の誕生を祝うなんて」
『そういう奴らは、特別な日というだけで盛り上がっているのだろう。実際に我らも体験してみて、その気持ちが分かったような気がするな』
『でもさ。人間の神を祝うなんて、やっぱり気分的に嫌だよねぇ……まぁ、俺達にとっての女神様は、姫様なんだけどさ』
「え、私……?」
「それは違いねぇな。……じゃあよ。俺達は俺達の文化ってことにして、毎年この日になったらクレア様を祝うためにパーティーを開くってのはどうだ?」
「あ、それいいわね! 賛成!」
おとなしく話を聞いていたら、なんかパーティーの趣旨が変な方向に走っていた。
神様を祝う日なのに、どうして私を祝うことになるの?
そう言いたかったけれど、みんながその提案を肯定しだしたから、口を挟めなくなっちゃった。
でも、みんなが良いなら……良いのかな?
この雰囲気は好きだし、みんなが楽しんでくれるなら私も嬉しい。
パーティーは嫌いじゃない。だから、これが続いてくれるなら反対する理由はない……と思う。趣旨だけがすごく恥ずかしいけれど、そこは我慢して目を瞑ろう。
◆◇◆
パーティーはしばらく続いた。
料理も少なくなってきて、最初みたいな勢いもなくなって……そろそろ終わりが近いのかなと思った頃、いつの間にか部屋を出ていたクロが、小さな箱みたいな物を持って戻ってきた。
『実は、主にプレゼントがあるのだ』
「私に? 良いの……?」
「みんなで話し合って決めたのよ。喜んでくれると嬉しいわ」
余計な資源は出せないのに、みんなが私のために用意してくれたプレゼント。
……どうしよう、すごく嬉しい。
『さぁ、主……開けてみてくれ』
渡されたプレゼントの包みを取ると、綺麗な装飾が施された箱が出てきた。
……開けられるみたい。何が入っているんだろうってワクワクしながら開いたら、そこから心地のいい音色が鳴り始めた。
「わぁ、すごい……これ、何?」
『オルゴール。という物らしい。箱を開けると音楽が鳴る置物で、寝る前に聞けば心が安らぐのではないかと話し合いで決まったのだ』
オルゴール……初めて知った。
魔法の反応はない。どうやって動いて、どうやって音を出しているんだろう?
「それは儂が作ったんじゃよ。全て手作りでな」
「ガッドさんが?」
「ああ。気に入ってくれたら、嬉しいのじゃが……」
気に入った?
……そんなの、当たり前だよ。
「すごく嬉しい」
オルゴールを、ギュって抱きしめる。
パパ以外からプレゼントを貰ったのは、これが初めて。
みんなから貰った一つ目のプレゼント。
──私の、宝物。
「ありがとう、みんな」
クリスマス。
人間が持つ独自の文化で、その時だけお祭り騒ぎになるなんて変だなって思った。
でも、それは違う。
今、私はすごく満足している。
最高のクリスマスだった。今までで一番、楽しいって思えた。
「メリークリスマス。来年もまた、やろうね?」
メリークリスマス。
作者から読者の皆さまへ、ささやかなプレゼントです。
予定がある人もそうでない人も、今日が良い日になりますように……。
追伸 どこかの神へ
トナカイコスのクロのFA求む。
ついでにサンタコスのシュリもお願いします(強欲)