33.睡眠妨害
今日はクロとラルクがいない。
また西で問題が起こったから、その調査に行っているんだって。
今回は様子を見に行くだけだから、向かったのはその二匹だけ。
出発は早朝だったみたい。すぐに帰ってくると言っていたのに、昼になってもまだ帰ってこないから、シュリも少し心配そうにしていた。
もちろん、私も心配している。
でも、慌てていないのは契約があるから。
クロ達がどんなことになっているかは分からないけど、生きていることだけは分かっている。
何か面倒なことが起こって、帰りが遅くなっているんだ。
最悪な状況になっていないなら、まだ安心できる。
だから私は眠りながら帰りを待って、二匹が帰ってきたら「おかえり」って言ってあげるんだ。
そう思って、本日四度目の眠りに落ちようとしていた時、
「────、──」
不意に感じた、嫌な視線。
この街の人じゃない。これは──外からだ。
「クレアちゃん? どうしたの?」
「…………くる」
「え、何が──っ、何事!?」
嫌な予感がして耳を塞いだと同時に、街全体が大きく揺れ動いた。
お部屋に飾られていた置物が床に落ちて、椅子やタンスなどの家具が倒れる。
私達はベッドの上にいたから、あまり揺れを感じなかったけれど、さっきの振動で街のみんなが驚いたのは、窓の外から聞こえてくる声で簡単に想像できた。
…………地震、じゃない。
振動が来る前に感じた嫌な予感。
これが単なる思い過ごしだって、思えなかった。
「クレアちゃん……!」
私を抱きしめて、周囲に警戒心を放つ。
シュリも『これ』がただの自然現象じゃないって、何となく察したみたい。
「…………シュリ……」
「大丈夫よ。何があっても、ママが守ってあげるから」
「…………ん」
街は混乱している。
クロもラルクも居ない。シュリは私に付きっきりだから、街のみんなに指示を出せるのはロームだけ。
でも、ロームだけに任せるのは、少し難しいんじゃないかな。
ロームは頭を動かすより、先に体が動くほうだ。
クロみたいに考えるのは苦手で、ラルクみたいな状況判断はできない。その代わり誰よりも強いけれど、今はそれだけだと街のみんなを守りきれないと思う。
「……ロームのところに」
「ダメよ」
ロームのところに行きたい。
そう言うより先に、シュリが言葉をかぶせてきた。
「……じゃあ、シュリはロームのお手伝いをしてきて?」
私は一人でも大丈夫。
何があっても死なないから、もし私が狙われても問題ない。
「ダメよ。その命令は聞けないわ」
それを分かっているはずなのに、また却下されちゃった。
「クレアちゃんが大丈夫でも、クレアちゃんを一人にさせるなんて、絶対にあり得ないのよ」
「……でも、」
「でも、じゃないの。貴女は痛みも何も感じないのでしょうけれど、それはどうでもいいの。これは私達のわがまま。一番大切な貴女が傷つくと分かっていて、目を離せるわけがないでしょう? ……お願い。もっと自分を大切にして。ね?」
懇願された。悲しい顔をしながら、シュリは頭を撫でてくれた。
大切な人が傷つく。
それは違う。傷が出来ても、すぐに治る。
痛みなんてないから、誰かに殺されそうになっても、私は何も思わない。
でも、シュリが言いたいのはきっと……そういうことじゃないんだ。
逆の立場で考える。
シュリが私と同じ体質を持っていて、自分は大丈夫だから放っておいていいよって言われたら。その言葉に従ってその場を離れている間、誰かが侵入してきて、シュリのことを切り刻んでいたら。
私は、許せないと思う。
「…………ん、ごめんなさい。もう言わない」
「ええ、そうしてちょうだい…………っと、ようやく来たわね」
数回のノックの後、ドアが開かれて部屋の中にゾロゾロと人がなだれ込んでくる。
──みんなだ。
各方面に指示を出して、すぐに駆けつけて来てくれたみたい。
「いやぁ、さっきのはビックリしたなぁ! 心臓が飛び出るかと思ったぜ!」
「ふんっ! 折角の酒が不味くなった。最悪の気分じゃ」
「凄まじい轟音でしたね。空が一瞬赤くなって、私も思わず身構えてしまいましたよ」
ミルドさん、ガッドさん、アルフィンさん……。
『姫様、無事?』
そして、ローム。
『……ああ、良かった。これで姫様に何かあったら、今すぐにクソどもを殺しに行ってたところだ』
私が頷くのを見て、ロームは朗らかに笑った。
………………あれ?
思ったよりもみんな、大丈夫そう……?
「ここに居る人は、もう襲撃とか戦いとかには慣れっこなのよ。他の連中はまだダメみたいだけど……」
思っていたことが顔に出ていたみたい。
シュリが困ったように微笑みながら、教えてくれた。
「だから言ったでしょう? 大丈夫だって。……私達はいつまでもクレアちゃんに頼ってばかりじゃないのよ。いつでも安心してクレアちゃんが眠っていられるように、こっちも頑張ってきたんだから」
『とか言って、最近シュリはずっと姫様にべったりだったけどねぇ。たまには前みたいに交代制にしてくれてもいいんじゃない? せめて仕事してくれよ。……ほら、今は女性も外に出て仕事する時代なんだしさぁ』
「…………そんなわけで! 心配ご無用よ!」
横から割り込んできた苦情を無視して、シュリは簡単に話をまとめた。
『無視するなよ、ったく。……まぁ、そういうことだから姫様。ごめんね。少し外が煩いかもしれないけれど、すぐに黙らせるからちょっとだけ我慢してくれるかな?』
ロームは緊張しているようには見えない。
シュリ、ミルドさん、ガッドさん、アルフィンさん。全員がいつも通りだ。
…………ああ、そっか。
心の中で、私はみんなを信じ切れていなかったんだ。
私が頑張らなきゃダメで、また何かみんなに危険なことが起きたらどうにかしなきゃって、そう思っていた。
でも、みんな……あの時みたいな失敗をしないようにって全力を注いでくれた。
頑張っているのは私だけじゃない。
みんなも、私に負けないくらい頑張ってくれていた。
だったら──
「ん、あれは煩かった。睡眠の邪魔」
あれは本当にびっくりした。
私の睡眠の邪魔をするなんて、もう許せない。
でも、その仕事はみんなに任せる。
だから──
「早くどうにかして、ね?」
突如として街を襲った騒音(?)
さて、一体どこの馬鹿がやらかしたのでしょうか。
──次回をお楽しみに!
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