18.家族のように(シュリ視点)
実は初のシュリ視点……
「…………すぅ、すぅ……ん、すやぁ……」
たまに可愛い寝言を呟きながら、猫のように丸くなって眠る魔物の支配者──クレア・クリムゾン。
私達の主人は、ずっと眠っている。
それは今に始まったことではないけれど、ここ一ヶ月以上は一度もその瞼を開いてくれない。
こんなに安らかに眠っているのに、私達の心は未だに晴れない。
クレアちゃんは今……一人で家族との別れに苦しんでいる。残された唯一の家族と言える人で、大好きだったお父様との永遠の決別を、夢の中で悲しんでいるのよね。
クレアちゃんがお父様を好きだったという気持ちは、たまに出てくるお父様の話題でよく分かっていた。
だってその時だけ、この子は表情が柔らかくなるんだもの。昔に何を教えてもらったとか、こんな本を読ませてもらったとか、どんな人だったかとか……それを懐かしむように話す時は決まって、クレアちゃんは僅かな笑顔を見せてくれる。
私はクレアちゃんの笑顔が大好きだった。
それと同時に言い知れぬ感情を抱いていることも理解していた。
私達にも、同じような笑顔を見せてくれることはある。
でも、それはほんの一瞬。頻度も少ない。
だから、嫌でも気付いてしまったの。
やっぱり私達は、本物の家族になれないんだって……。
「…………ん……、……」
クレアちゃんは時々、何かを求めるように手を伸ばす。
その顔はとても悲しそうで、今にも消えてしまいそうなほどに弱く見えてしまった。
きっと、この子が望んでいるのは──ただ一人なのよね。
でも、悲しいことにその人とは二度と会えない。
私達では、この子の心に空いた穴を埋めることはできない。
それがどうしようもなく悔しくて、辛かった。
クロには偉そうに『家族の代わりになれる』と言ったけれど、正直に言えばそれは私の願望でしかなかった。
クレアちゃんと家族になりたい。
クレアちゃんは優しいから、これを言えば迷うことなく「みんなのことは家族のように思っている」と言ってくれるでしょうね。
でも、それじゃあダメなの。
私達では、真に、クレアちゃんの家族にはなれない。
血が繋がっていないから当然だと言われれば、確かにその通りよ。
…………現実ってのは本当に残酷よね。
所詮、私達はクレアちゃんの下僕。
いくら仲良くなっても、信頼する仲になれても、結局は『家族のような』関係しか築けない。この子にとっての本物になることは出来ない。
どんなに足掻いたところで、渇望したところで、それは覆らないのだから。
でも──それでも、心から大好きなご主人様と今以上の親密な関係になりたいと、そう思うのは……おかしなことなのかしら。
『ねぇクレアちゃん? 私ね、貴女のことが大好きよ。きっと私自身が思っているよりもずっとずっと……貴女のことを気に入っている。貴女さえ良ければ本物の家族になってあげたい。貴女が失ってしまったものを私で埋めてあげたい。それは……みんなも同じだわ』
お父様との決別は辛いかもしれない。
でも、いつまでも目を覚ましてくれない貴女を待つ私達も、同じく辛くてたまらないの。
もう一度、その声を聞かせてほしい。
もう一度、その瞳で見つめてほしい。
もう一度、その笑顔を見せてほしい。
『いつまでもそのままだと、私……嫌いになっちゃうかもしれないわよ?』
自分で言っておいて、なに馬鹿なことを言っているんだと笑いたくなった。
私が誰を嫌いになるって?
クレアちゃんを? ……冗談でしょう?
『嘘。どんなに待っても、貴女のことを嫌いにならないわ』
でも、起きた時に何個か文句を言うことくらいは……許してくれるわよね?
今も目を覚まさない貴女が心配よ。
もう一日だって待ちたくない。
胸が張り裂けそうな思いを、これ以上味わいたくない。
だから、私は祈るの。
いつの時代も、天上から自分の箱庭を眺めるだけの支配者気取りの奴らに、今だけは祈ってあげるわ。
『ああ、神様……』
この子に平穏を与えてください。
この子が真に欲しているものをあげてください。
そのためなら、私は何にだってなってやる。
この子の笑顔を見られるなら、何にだって……。
『…………え?』
祈るために閉じていた瞼を開いた時、私は困惑した。
部屋が明るくなっている。その発生源は驚くことに──私だった。
私の身体が光っている。
それはとても眩しく、目を開けることすら困難なほどに。
『主! シュリ! 無事か──って、なんだこれは!?』
異変をすぐに感じて駆けつけたクロは、発光している私を見て分かりやすく狼狽していた。
でも、答える余裕はなかった。
とても驚いていたのは、私も同じだったから。
『──キャアッ!』
『っ、シュリ!』
異常事態に何も出来ずにいた時、私の身体はより強く光りだした。
何かが流れ込んでくる感覚。自分のものではないのに、不思議とそれは温かくて、嫌ではなくて……でも、未知の現象に怯えている自分もいる。もう訳が分からなくて、ぐちゃぐちゃ……。
ああ、でも……なぜかしら。
この温かさを、懐かしいと思う私がいた。
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