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とある侍女の溜め息(???視点)


「なぜだ! なぜだぁぁぁ!」


 絶叫が屋敷中に響き渡った。

 それを聞いた私や、近くで共に仕事をしていた同僚は目を合わせ、はぁ……と溜め息を吐き出す。


 ──また、始まった。


 吸血鬼の長、ヴォレット様が死去なされてから約半年。

 次期当主となるはずだった御方を追放し、新たに長の座を欲しいままにした当主様達の血縁、バーガン様。


 彼が発狂して騒ぐのは、今に始まった事ではない。

 だいたい週一回の周期で始まるそれは徐々に間隔が狭まり、今となっては二日に一回もあのような叫びをあげている。


 バーガン様がこうなっているのは、吸血鬼に忠誠を誓っていた魔物達による反乱が原因だろう。


 あの御方、クレア様が屋敷を追い出されてから屋敷周辺はおかしくなった。

 それまではおとなしく言うことを聞いていた魔物が命令を聞かなくなり、挙句には上の立場であるはずの吸血鬼に牙を向けるようになった。

 それはバーガン様に代替わりした直後のことだったので、他の吸血鬼達はバーガン様に問題があると判断し、彼を糾弾。長の座を降ろし、本来なるべきだったクレア様に変えろという署名が多く屋敷に届くようになっていた。


 今回もそれを読んだのだろう。


「なぜ、なぜ儂が……! ようやくじゃ、ようやく手にしたというのに、なぜ上手くいかないのじゃ!」


 バーガン様の統治は『普通』だった。

 良くもなく、悪くもなく、ただただ普通で面白いとは思わない。


 ならば、どうして各方面から不満の声が止まないのか。

 それは魔物の件も関係しているが、一番の理由は──ヴォレット様が優秀過ぎたせいだろう。


 ヴォレット様の政治は素晴らしかった。

 彼が吸血鬼の長になった時から、およそ700年。その間は誰からも不満が出ることなく、普段は決して相容れない魔物とも協力を結び、私たち吸血鬼はとても平和な生活を送れるようになっていた。

 そんな優秀なヴォレット様と比べてしまい、バーガン様の政治に不満を持つ者が多く出てしまった。かく言う私も、過去に戻りたいと最近何度も思うようになっている。


 それは屋敷で働く使用人の全てが同じことを思っているだろう。


 バーガン様が癇癪を起こすのは勿論、通常時でも彼は騒がしい。

 平民の私達にも同じ目線に立って、真摯に相談を聞いてくれたヴォレット様と違い、バーガン様はとにかく下の者を見下してくる。大声で命令するのは勿論、色々と難癖つけては怒鳴り声をあげるのだから、対応しているこちらの精神的苦労は計り知れない。


「ええぇい、うるさい! 儂に指図するな。貴様はクビじゃ! 今すぐ荷物をまとめて、この屋敷から出ていけ!」


 …………また、だ。

 あの頑固者が使用人を辞めさせたのは、これで何度目だろう。

 屋敷で働いていた50人の使用人も、今では半数以下。どれもこれも癇癪の犠牲になった人ばかりだ。


 しかし、使用人の方もかなり鬱憤が溜まっていたのだろう。

 クビを切られた誰もが「もう一度チャンスを」と縋り付くことはなく、ただ冷淡にその言葉を受け入れて手早く荷物を纏め、清々した顔で屋敷を出て行く。


 その度に、ああ、いいなぁ……と、そんな彼らの背中を見つめる私がいた。


 だが、私は侍女代表という立場にある。

 私が感情のままに辞めたら他の者が苦労するし、この仕事を辞めて今更、どこに行けばいいのか。


 私達が心から慕っていた御方は、もうこの領地に居ない。


「もう、限界かしら……」


 ポツリと、誰かが小声でそう呟いた。

 吸血鬼は身体能力が良く、特に五感は他の魔物と比べて優れている。

 遠くで吐かれた独り言さえも鮮明に聞き取れる聴覚を持つ私達が、先程の呟きを聞き逃すはずがない。


 なのに、誰もそれを咎めようとしなかった。


 皆、思っていることは同じだ。


 ……ああ、クレア様。

 どうせ御仕えするなら、貴女が良かった。


 あの時、バーガンの手の者によってクレア様が屋敷を追い出された時、何もかもを捨てて彼女について行けば良かったと、ひどく後悔している。一瞬でも迷ってしまった気弱な自分が憎い。


「クレア様、元気だろうか」

「……元気に決まっているわ。今頃、どこかの森で眠っているんじゃない?」

「ははっ、それはあり得る。だって、あのクレア様だもんな」


 あの御方の話題が出ただけで、私達の空気は穏やかになった。


 そして気づく。


 なんだ。もう答えは決まっているじゃないか、と……。


「ねぇ、みんな? 私に提案があるのだけれど」


 私は脳内に思い描いた計画を、そのまま伝えた。

 同僚の皆は最初こそ驚いていたものの、その顔はすぐさま笑顔に変わり、大きく頷いて私の考えに賛同してくれた。


 考えていることは同じ。

 誰も勇気がなくて最初の一歩を踏み出せていなかっただけで、志が同じだと分かれば……その時の団結力は凄まじい。


 今も続くバーガンの叫び声。

 それを聞き流しながら、私達は早速──とある計画のために動き始めた。


活動報告にお知らせを書いています。

今後の物語にも関わることでもあるので、お手数だと思いますがそちらにお願いします。


可能であればコメントに読者の皆様の考えを残してくれると嬉しいです。


「面白い」「続きが気になる」

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