32.拗ねてないもん
『ただいま戻ったぞ主……主?』
主催者席に戻ってきたクロ。
さっきの戦いをなんとも思っていないのか、颯爽と入室してきたクロだったけれど、主催者席に漂う雰囲気を察したのかキョトンと首を傾げる。
「…………ぶぅ」
「ほらクレアちゃん、拗ねていないでそろそろ機嫌を戻してちょうだい?」
「別に、拗ねてないもん」
シュリが困ったように眉を下げて、フィル先生は私の機嫌を取ろうと沢山のお菓子を持ってくる。
でも、私の中に渦巻く嫌な感じは収まらない。
「困ったわね……ちょっとクロ。あなたのせいでクレアちゃんが不機嫌になっちゃったんだから、責任取ってどうにかしてちょうだい」
『わ、我のせいなのか!?』
急な矛先を向けられて戸惑うクロ。
『あ、主……?』
「不機嫌じゃないもん」
「……ほらね? あなたの試合を見てから、ずっとこんな感じなのよ」
ぷくーって頬が膨らんでいるのは可愛いけれどねー、とシュリは言う。
不意に頬っぺたをツンツンされて口から空気が漏れる。その様子を見て誰かが小さく笑った。
「……うぅ!」
「ああっ! またクレアちゃんの機嫌がっ!」
「レ、レア様! ほら、大好物のお菓子ですよー!」
お布団にうずくまる。
これは怒っているわけじゃない。ほんのちょっと恥ずかしいだけ。
『主……我に腹を立てているのか?』
掠れて消えそうなほど小さな声が耳に届く。
お布団から覗き込んだクロの耳はピターンと垂れ下がっていて、いつも元気に揺れている尻尾は地面に落ちて動かない。
『我は魔物であり常識が欠けている。きっと我は、無意識に主の神経を逆撫でしてしまったのだろう』
人と魔物は違う。
生活の仕方も、考え方も根本から違う。
そのせいですれ違いが起きることは珍しくない。人と魔物が共存しているこの街だって、そういう問題は何度か起きているって聞いているくらいだから、すごく難しい問題なんだと思う。
『……すまない。腹を立てている理由を教えてくれるだろうか。今後それを起こさぬよう気をつける』
分類で言えば、私は吸血鬼だから魔物だ。
だけど吸血鬼は人間と大差ないくらいの生活をしている。今回に限った話で言えば私は人間寄りなんだと思う。
でも、私がもやもやしている理由は、それとこれとは全く別。
「……わからない」
『わからないとは……なぜ怒っているのか、主自身にもわからないのか?』
頷く。
この感情をどうやって表現したらいいのかな。
お話しするのが得意じゃない私にとって、これを説明するのは難しい。
でも、ちゃんと話し合わなきゃダメだってことくらいはわかる。
ここで強引に話を終わらせたら、理不尽に怒っている嫌な人みたいになっちゃうから。
「あのね、さっきの試合……だけど……」
『ゴールドとの試合のことか? 主が眠そうだったのでな。すぐに終わらせたほうがいいだろうと思い、首を狙ったのだ。もちろん後遺症は残らぬよう手加減したぞ』
「あれ、嫌な感じだった」
『…………ふむ?』
クロのほうは、いまいちピンときていないみたいだった。
「きっと、クレアちゃんは気に入らないのよ」
『む?』
「クレアちゃんはこの大会をすごく楽しみにしていたわ。それは観客も参加者も同じ。特に参加者は自分の力を証明しつつ、普段は戦うことのない強敵との戦いを楽しみたいと思っていたはずよ」
私の考えを理解してくれたのか、代わりにシュリが説明をしてくれる。
「私も同じだけど、参加者はみんな今日のために鍛錬を積み重ねてきたんじゃないかしら? それを披露する、しかもゴールドにとっては念願のリベンジ戦だったわけね」
『だが、戦いの場でそれは通用しない』
「もちろんクロが言いたいこともわかるわ。戦いの中では強者が弱者を蹂躙するのは至極当たり前のことだもの」
この世は弱肉強食って言葉がある。
特に、日々の争いが絶えない魔物には深く刻み込まれている言葉だ。
「でも、ここは命を奪い合う場所じゃない。皆がそれぞれの力を披露し合う場所よ。私たちのお祭りなの。お祭りは楽しむのが一番でしょう?」
そう。私は試合の様子を眺めるのが楽しかった。
戦いを見るのが好きなわけじゃない。お互いに全力で戦っている参加者はみんな、真剣だけどどこか楽しそうな顔をしていた。それを見ているとこっちも楽しい気分になった。きっと観客のみんなも同じ気持ちだと思う。
私は、この場にいる全員がお祭りを楽しんでいる雰囲気が好きだった。
「ゴールドの心持ち、私たちを含めた観客の期待。それらを一切無視したさっきの戦いに、クレアちゃんは物申したいのではないかしら?」
『…………』
最初に会った時に比べて、ゴールドはすごく強くなった。
私との契約で進化したオークを相手に、新しい戦い方で勝利した。そんな彼がクロ相手にどんな戦いをするのか、想像しただけでワクワクした。
そして、それは全て、一撃で無意味なものになった。
それに対しての怒りは、あまりない。
でも、ゴールドの気持ちを思うと……やっぱり、もやもやする。
「あ、そっか……」
そこまで考えて、やっと言いたいことが理解できた。
「ゴールドが可哀想」
ずっと待ち望んでいたリベンジ。
そのために頑張って身につけた力と、戦い方。
どれも発揮できずに、身勝手な理由で試合が終わった。
これじゃあゴールドが報われない。
「謝ってきて」
『……は?』
「ゴールドに謝ってきて。今すぐに」
あ、お久しぶりです
更新が遅れてしまったことに対して、ただただ土下座いたします。
リハビリしつつ更新していきますので、今後ともよろしくお願いいたします!