31.格上の相手
「クレアちゃん、もしかして眠いの?」
私が欠伸したら、シュリはすぐに気づいてくれた。
すると、どこからかフィル先生が毛布を持ってきてくれて、肩に掛けてくれた。
「ぅ、ん……ちょっとだけ、眠くなってきた、かも……」
「眠くなったら無理せず眠っちゃっていいわよ」
「でも、みんなが戦ってるところも見たい」
折角、みんなが気合を入れて頑張っているんだ。
そんな中で私だけ眠っているのは、なんだか申し訳なくなっちゃう。
「それじゃあ準決勝は明日に延期させましょうか? そうなる可能性があるとは事前に言っておいたから、すぐに対応してもらえると思うわよ」
「……ん、でも、もう少しだけ、頑張ってみる」
「そう? 我慢できなくなったら、遠慮しないで言うのよ」
私が眠くなるかもしれないって、事前に話し合いで出ていたことには驚いた。
だから、ここで私が「眠くなっちゃった」って言えば、今日のコロセウムは準々決勝までで終わって、明日から準決勝が始まる流れになるんだと思う。
一瞬、それでもいいかも……と思った。
でも、頑張ろうと思えばまだ起きていられるから、まだ頑張ってみる。
今のみんなの興奮を、こんな中途半端なところで途切らせたくないから。
「お待たせいたしました! 準備が整ったため、これより準々決勝へ参ります! お次の試合はクロ選手とゴールド選手です! では解説のミルドさん。この戦いをどう予想されますか?」
「ゴールドは前の試合で熱い戦いを見せてくれたからな。今回もそれに期待したいが、相手はクロだ。中々厳しい戦いになるんじゃないか?」
「ちなみにゴールド選手はミルドさんの部下だったわけですが、そんな彼に一言、激励の言葉をお願いします!」
「あ? ……あ〜まぁ、無様な姿だけは見せるんじゃねぇぞ」
「ありがとうございます! それでは選手の入場です!」
歓声が湧き上がる。
クロは左から、ゴールドは右から歩いてきて、お互い中央で止まる。
「ゴールド、すごく緊張してる……?」
「相手が相手ですもの。緊張しないはずがないわ」
「そうなの?」
「クレアちゃんには難しいかもしれないけれど、格上の相手と戦うのは、とても緊張することなのよ」
格上を相手にする。
たしかに、私が理解するのは難しいかもしれない。
私が今まで出会ってきた人達は、私よりも弱かった。
パパもお爺ちゃんも、フェンリルも、魔物も……私より弱いと思う。本気で戦ったことがないから、もしかしたら違うのかもしれないけれど、あまり脅威には感じない。
だから、格上がどんな感じなのかはわからない。
ゴールドは、今まさにそれと直面しているんだよね。
……きっと私は、それに直面することはないと思う。
でも、羨ましいとは思わない。
格上と戦うか戦わないかで言ったら、戦わないほうがいいに決まってるもん。
絶対に敵わない相手と戦うのは、無謀すぎる。
それは勇気じゃなくて、蛮勇って呼ぶんだって絵本に書いてあった。
今、ゴールドは無謀なことをしている。
それでも私はゴールドを応援している。
それは無謀だけど、それは蛮勇だけど。逃げたい気持ちを押し殺してまで、格上の敵と戦おうとする姿は、カッコいいと思ったから。
「両者準備はいいですか? ──では始め!」
ゴールドが動いた。
彼の周囲には魔力が揺らめいている。ゴールドが編み出した魔力の鎧だ。一瞬でも手を抜いたら負けるってわかっているから、最初から本気を出すことにしたみたい。
その判断は正しいと思う。
でも────
「……え?」
さっきまでの勢いは無くなって、ゴールドは足を止めた。
どうしたんだろうと思って首を傾ける。その直後、ゴールドは地面に倒れて動かなくなった。
すぐに医療班が駆け寄って、意識の有無を確認する。
そして頭上に大きなバツを作った。
「け、決着! なんと、なんとっ! クロ選手、全力を出したゴールド選手の意識を一瞬で刈り取ったぁぁぁぁ!」
「…………まじかよ。何も見えなかったぞ」
私も、注視していたわけじゃないから見逃したけれど、たぶんクロは顎を狙ったんだと思う。
一点だけを狙って、そこを正確に打ち抜いた。
人間の動体視力じゃ絶対に見えない神速の一撃。
もちろんゴールドに反応できるわけがなくて、訳も分からずに決着がついた。
「あちゃー……クロったら、私たちの会話を聞いていたのね」
「そうなの?」
「クレアちゃんが眠気を我慢しているから、さっさと終わらせようって思ったのではないかしら。そうじゃなきゃ、あんな可哀想な終わり方しないもの」
「……そっか」
私のために、って行動してくれたのは嬉しい。
クロはいつもそう。私のためなら、なんだってしてくれる。どんなに大変なことも嫌な顔一つしないでやってくれる。
でも、なんだろ。
このモヤモヤした気持ちは、ちょっとだけ嫌だな……。
更新遅れて申し訳ないです!