28.第2試合 その2
数秒のにらみ合いの後、オークが飛び出した。
とても大きな肉体が急接近してくるのは怖いと思うのに、ゴールドから怯えた様子は感じられなかった。
むしろ冷静に対処しようと即座に動き出して、振り下ろされる棍棒に合わせて剣を斜めに構え、最小限の衝撃で受け流した。
棍棒は地面に叩き下ろされた。
すごい砂埃が舞って二人が見えなくなる。
でも、棍棒と剣が打ち合う音だけは聞こえてきた。
すごく強い。
大きな武器を振り回すオークも、それを一つ一つ冷静に受け流すゴールドも、どっちも強くなった。
他の魔物に怯えながら暮らしていたオーク。
この街の魔物に敗北して捕虜になったゴールド。
最初会った時は、二人ともそんなに強くなかった。
でもオークは私と契約したことで、ゴールドは魔物と一緒に鍛錬を積むことで、それぞれ強くなってあの場所に立っている。
「……すごいね」
「レア様の契約はたしかに強大な力を得られますが、強大故に、その力に振り回されてしまう魔物が多い。しかし、あのオークはほぼ自分のものにしています。相当な修行を積んだのでしょう」
「ゴールドも中々よ。この街に来た頃と比べても見間違えるほどに強くなった。クレアちゃんと契約をしていないのに、よくここまで成長できたと褒めるべきよね」
一際大きな音が響いて、空気が揺れる。
それと同時に砂煙が晴れた。
二人とも、まだ立っている。
でも、どっちも無傷とは言えなかった。
ゴールドは途中で一撃をもらったのか、鎧の一部分が歪んでいた。
オークも巨体の数カ所に切り傷がある。
それでも有効打にはなっていない。
まだまだ軽傷のまま。
「ははっ、さすがに一筋縄じゃいかないか……」
改めて、黒く進化した魔物の力を実感したゴールドは、ゆっくりと俯いた。
「あの時は手も足も出ずに負けた。それなりの実力を持っているという自信は、その瞬間に打ち砕かれた。人間はここまで弱いのか、魔物とはここまで強くなれるのか。そんな現実を無情にも突きつけられたんだ」
彼は顔を上げる。
その表情は──笑っていた。
「でも戦えている! 俺は黒い魔物と戦えている。まだまだ人間は強くなれるんだ!」
……あれ?
気のせいかな。ゴールドの周囲が揺れているような?
「なるほど。その手がありましたか……考えましたね」
「フィル先生。あれが何かわかるの?」
「……ええ、彼は魔力を纏っています」
「魔力を……?」
あれが魔力?
でも、ゴールドが魔法を使っているところは見たことない。
「彼の体内には多くの魔力が眠っていました。それを指摘したところ、魔法を使いこなしたいと相談を受けまして……」
フィル先生も人間たちに混ざって特訓していたのは知ってた。
私のせいで吸血鬼になっても先生は元人間だから、まだ人間と一緒にいるほうが落ち着くみたい。
でも、ゴールドと魔法の相談をしていたのは予想外。
「しかし、彼は絶望的に魔法の才能がありませんでした。初級魔法の詠唱中に暴発して腕が吹き飛びかけたくらいです」
それはそれで、すごいのかも……?
「それでも彼は諦めず、どうにかして魔力を有効活用したいと言っていました。だから私は言ったのです。せめて魔力を何かしらの形にできれば、と……。そこで彼は魔力を纏め上げ、鎧にしようと考えたのでしょう」
「フィル先生、そんなことまで教えられるなんて……すごいね」
「いいえ、結局私は彼に何もできませんでした。全ては彼の努力です。私自身、魔力は魔法を使うためのものという固定概念に捉われ、鎧として纏うという発想は一切出てきませんでした。彼は戦士らしい発想で魔力の新たな使い道を見つけ出したのです。彼の常識外れな発想は見習うべき点ですね」
ですが、とフィル先生は言葉を続ける。
「あれは言わば【ゴリ押し】です。効率なんてものは一切考えない燃費最悪な荒技。いくら常人以上の魔力を宿している彼でも、長くは保たないでしょう」
「つまり、彼はここで決着をつけるつもりなのね……」
二人の実力は均衡している。
……でも、この状況が続けばゴールドは負ける。
オークは体力がある魔物で、私との契約でそれはもっと強化された。
数時間戦い続けても全然疲れないけれど、ゴールドは違う。人間はすぐに疲れる。
この戦いが長引けば長引くほど、優勢になるのはオークのほう。
だからゴールドは、次の一撃で決着をつけようとしているんだ。
「次こそ全力か……ならバ、受けて立つッッッ!!!」
オークは防御を取らず、棍棒を大きく振り上げた。
あっちも、真っ向勝負でぶつかり合うつもりみたい。
「──覚悟」