26.第1回戦 その2
「……おいおい、勘弁してくれよ」
ミルドさんは呆れたように愚痴をこぼして、ゆっくりと立ち上がる。
「いってぇな……骨が折れたかと思ったぜ」
『折れないよう手加減はしたつもりだ。記念すべき第一試合が、この程度で終わったら困るからな』
クロが手加減しているのは、すぐにわかった。
お互いの実力に差がありすぎるのは最初からわかっていたし、クロが本気を出せばこの試合を終わらせるのに3秒もいらないってことも、わかっている。
でも、それをしない理由は──観客を楽しませるため。
折角の初戦が一瞬で終わったら、みんなはどう反応していいのか困っちゃう。だから、なるべく試合を長引かせて観客が楽しめるようにってクロは考えているんだと思う。
でも弱い者いじめみたいになるのはダメ。
クロだからそこらへんの判断は大丈夫だと思うし、観客でしかない私が何かを言う権利もない。
その代わり、クロとミルドさんが頑張って演じているこの戦いを精一杯楽しまなきゃ。
「はぁ、やばいな……勝てる未来が全く想像できねぇ」
『まさか、降伏するとは言わないだろう?』
「なめんなよ。こんな熱い戦い、自分から逃げ出すような真似はしないっての」
『…………そうか』
一歩、クロは前に出る。
たったそれだけのことなのに、観客席からは小さな悲鳴のようなものが聞こえた。
『先程の非礼は謝罪しよう。お前のような戦士に、くだらないことを言った』
殺意──とまでは言わない。
でも、戦う意思のようなものがクロにはあって、殺気に似た雰囲気になるくらい、それが凝縮して放たれている。
『その詫びとして、我もここからは本気を──』
「ちょクロ!? 観客発狂しちゃうから! もう少し抑えて!」
『…………む? すまない、無意識で出てしまった』
たまらず実況解説のリリーちゃんが注意に入ってくれたおかげで、それは小さくなった。
これで弱い魔物や人間でも耐えられるくらいになったはずだけど……あれって無意識で出せるものなんだ。
「ははっ、どうするかな。さっきの気に当てられたせいで、今すぐに降参したくなったぜ……」
『よくよく考えれば、我が本気を出したらミルドを殺してしまうからな。それは我慢しよ──ん?』
クロの目の前に、小さな火球が浮かび上がる。
急に出てきて不思議に思ったのか、クロもなんだこれ? って感じでそれを見つめていて、首を捻ろうとしたところで変化は起きた。
ボンッ! って火球は大爆発。
すごく大きな音だったけれど、威力は低そう────って、あれ? ミルドさんの姿が……ない?
「こっちだ!」
声が聞こえて、ミルドさんがクロの背後から現れる。
「透明化の魔法ですね。シーフの類いが扱う魔法ですが、あの一瞬で魔法を構築するとは流石の腕前です」
「爆発に意識を向けさせた隙に背後に回り込む。実力では敵わないとわかったから、今度は不意打ちを仕掛けたのね……。次々と戦略を練り、様々な戦い方を見つけられるのは人間の利点よね」
魔物はそういう戦略を練るということを、あまりしない。
単純な戦い方ばかりを好むし、目の前の敵はとりあえず殺す。そればかりを考えているから、戦いの中であれこれ考えている暇がない。
でも、人間は常に考えて行動する。
だから彼らは弱いけれど、たまに油断できない時もあるって、昔パパが言ってた。
「でもまぁ、所詮は浅知恵よね」
完全な不意をついた攻撃は、たしかにクロを捉えていた。
でも、
『なるほど。考えたな』
鋼鉄同士がぶつかるような甲高い音が鳴って、二人の頭上を銀色の細い物体がくるくると回って──地面に突き刺さった。
それはミルドさんが持っていた剣の先っぽ。
ミルドさんの剣はクロの毛を切り裂くことも、クロにぶつかった衝撃に耐えることもできずに、折れちゃったんだ。
「……は、はは…………」
さっき、魔物は単純な戦いばかりを好むって言った。
それは知識ある魔物も同じ。
知識があるということは、それだけ強いということ。
種族としてはとても弱い人間がどれだけ策を練ったところで、強い魔物には絶対に敵わない。それが現実。
「…………降参だ」
こうして記念すべきコロセウム第一試合は、クロの勝利で終わった。




