25.第1試合 その1
「さぁさぁさぁ! みんな待たせたわね! 参加者の準備が整ったわ! 観客のみんなも準備はいい? いいわよね? それじゃあ──お祭りの始まりよ!」
すごく気合の入ったリリーちゃんの声。
…………あれ?
「待ちに待ったコロセウム! 皆さんに少しでも楽しんでもらえるよう司会進行、そして実況を務めるのはこの私! リリー・リル・レルリエッタよ! よろしくね!」
リリーちゃんは遠く離れた実況席だと思われる場所にいた。
さっきまで隣にいたのに、いつの間に移動したんだろう……?
「彼女のああいうところ、すごいと思うわ」
「ええ、あの行動力と素早さだけは見習いたいものですね」
呆れたように二人が言う。
でも、一応褒めている……のかな?
「さぁ記念すべき第一試合! それを飾ってくれる二人を紹介するわよ! 右ゲートから登場するのは、この人だぁぁぁ!!!」
格子状のゲートが開かれて、暗い通路から身を出したのは────。
「みんなのリーダー、時にはロクでもない飲兵衛。でも憎めない男! 元ギルドマスターの実力は衰えていないのか! ミルド選手の入場よ!」
ミルドさんも出場してたんだ……。
でも、ちょっと緊張しているのかな。動きがぎこちないというか、どこか憂鬱そう?
「気合入ってるわねー、あの子」
「ずっとあの調子でやっていくのでしょうか……」
後ろの二人は、選手の入場よりリリーちゃんの迫真の実況が気になるみたい。
……うん。たしかにあの熱量はすごいと思う。でも、そのおかげで観客のみんなも楽しめているから、大変だろうけどあのまま頑張ってほしいな。
「そして、彼の対戦相手を紹介するわよ! その立ち姿は凛々しく、ご主人様の前では甘えん坊! この街の纏め役にして最強格の魔物────クロ選手!」
すごく大きな歓声がなった。
クロは色々なところで指示を出していて、みんなと交流しているから人気があるみたい。
「クロと当たったと知った時のミルドったら、すごく面白い顔だったわね」
「この世の終わりを体現していましたね」
そっか、だからミルドさんは憂鬱気味だったんだ。
初戦の相手がクロだってわかったら、多分みんな同じような反応をすると思う。
だってクロは強いもん。
私と一番最初に契約した魔物だし、人間にも他の魔物にも負けないって信じてる。
「頑張ってね、クロ……」
思わず出ちゃった言葉。
とても小さな呟きだったから、それが届いたとは思わない。
でも、一瞬だけクロがこっちを見たような気がした。
「はぁぁぁ、まさか初っ端からお前に当たるとはな…………ったく、ついてねぇ」
『くじ引きの結果なのだ。我も一回戦目から出場するとは思わなかった。ミルドと当たったのも偶然だが、我はわざと負けてやるほど優しくはない。……主が見ているからな。無様な姿は見せられん』
「わかってるよ。真剣勝負の場に八百長を仕掛けるほど、俺も腐ってねぇ……だがなぁ、初戦敗退ってのはどうにも心にくるものがある」
『なに簡単な話だ。我に勝てば初戦敗退せずに済む』
「…………それが出来るなら苦労しないっての」
二人は中央に集まって、お話ししてる。
普通に話しているだけだから観客には届いてないと思うけれど、耳がいい私にはちゃんと全部聞こえる。
「だが、まぁ……ここで諦めてわざと負けるつもりはねぇ。どうせやるんだ。今の俺に出来る本気でいかせてもらうぜ」
『望むところだ。この空間でどのような傷を負っても死ぬことはない。殺す気でかかってこい』
「両者とも準備はいい? なら一回戦目────始め!」
銅鑼が大きな音を響かせる。
それと同時に大きな雄叫びをあげたミルドさんが飛び出して、クロに接近する。
すごく速い。
いつもは気怠げにゆっくり動いているのに、全然違う。
「歳だからゆっくり動かねぇと腰が痛くなるんだよ」って言ってたけど、あれはサボるための嘘だったのかな。
でも、ミルドさんがおじいさんなのは本当。
体は間違いなく衰えているはずなのに、あの突進はすごく速くて、ずっと前に冒険者を引退していたとは思えない動きだ。
『なるほどな』
素早い突進と、その勢いで突き出される刺突攻撃。
渾身の一撃だったはずだけど、クロは右脚をあげて、爪だけでそれを受け止めた。
「っ、くそ!」
弾かれた衝撃で体が後ろに大きく反れるミルドさん。
すぐに立て直そうとしたけど、それを見逃すクロじゃない。
『仕切り直しだ』
「なん、ガッ、ハ──!」
隙だらけのお腹に、クロの尻尾が叩きつけられた。
ミルドさんは吹き飛んで、元の位置に強制的に戻される。
クロの言った通り、これで仕切り直し。