18.絶対の掟
リリーちゃんと話をした、その翌日。
訓練場が完成したことを記念して、この街の住人で誰が一番強いかを決める大会『コロセウム』が開催される発表があった。
それから住民のみんなはお祭り騒ぎ。
ドワーフを筆頭にした職人たちは更なる施設の増築を始めちゃったし、コロセウム当日には屋台も出すみたいで、料理が好きな人達は何を出店しようか日々相談しているみたい。
その他の、ただコロセウムを観戦したい人たちは、今のうちから誰が勝つかを予想したり、その予想で賭け事もしているって聞いた。
でも、私はあまり、賭け事に良い印象を持っていない。
だって、賭け事は本当のお金を使って、必ず誰かは不幸になっちゃう。その分幸せになる人もいるけれど、折角のお祭りなんだから、嫌な思いはしないでほしかった。
その気持ちをクロに言ったら、大丈夫だって言われた。
クロが言うには、どうせみんな私やこの街のためにお金を使うんだから、結局は何も変わらないんだって。だから、勝っても負けても賭け事をした人の損にはならない。みんなもそれは理解している上で、あくまでも賭け事の雰囲気だけを楽しみたいみたい。
……うーん。なんか色々と間違ってる気がするけど、それ以上考えると頭が混乱しそうだったから、とりあえずクロの言葉を信じることにした。
「ふぁぁ……はぁ…………」
隣から、大きな欠伸の音が聞こえてきた。
絵本の読み聞かせを中断して、そっちを振り向くと、すごく疲れた様子のリリーちゃんがいた。
「リリー。レア様の前で、はしたないですよ」
「ごめんごめん。ちょっと、寝不足で……ぁふ……」
謝りながら、リリーちゃんはまた欠伸をしていた。
「リリーちゃん。眠いの?」
「……ええ、最近は忙しくて……あまり眠れていないのよ」
「忙しいって、お祭りのこと……?」
「そうよ。どうせなら大きなお祭りにしたいじゃない? それで魔王軍の皆にも色々手伝わせて、私も連絡係として各方面を飛び回っているの」
妙にやる気がすごいと思ったら、連絡係もやっていたなんて……。
最近、眠っている時でもリリーちゃんの声が色々な場所から聞こえてくるなって思っていたけど、それは色々な場所を飛び回っているからだったんだね。
「昨日も仕事に熱が入っちゃって、気づいたら朝に……」
「だから言ったでしょう。それくらいにしないと今日のお勉強会に支障をきたすと……はぁ、あの時、鈍器で頭を殴ってでも止めさせるべきでした……」
「それ死ぬ! 間違いなく死んじゃうからね!?」
でも、そのせいで寝不足なのは……心配だな。
「眠いなら、今寝ちゃっても……いいよ……?」
「あら、本当? それならお言葉に甘えて」
「………………リリー?」
「──っ!? あ、あはは、冗談よ冗談! 今は私の眠気よりも、ご主人様のお勉強の方が大切だもの! ね!」
「そうですね。レア様が最優先です。よくわかっているではありませんか」
それまではリリーちゃんも眠気に負けそうだったのに、フィル先生が笑い始めてから急に元気になっちゃった。
それに、すごい汗をかいてるけど、本当に大丈夫なのかな……?
「レア様。リリーのことは気にしなくていいですよ。……大丈夫です。このお勉強会が終わったら、すぐに眠らせますので。ご心配には及びません」
「ん、わかった。フィル先生も、リリーちゃんみたいに無理はしないでね……」
「レア様……! っ、はい! 私はリリーと違って、絶対にレア様を不安にさせません!」
フィル先生は声を弾ませて、私を抱きしめてくれた。
顔がむぎゅって押しつぶされたけど、嫌な感じはしない。むしろ久しぶりのフィル先生の温もりを感じられて嬉しかった。
「…………おーい。二人だけで甘い空間を作らないでくださいよーぃ。私も混ぜてくれたっていいじゃないの」
「リリーちゃんは無理したからダメ。この街のために頑張るのはいいけど、我慢して無理はしちゃダメなんだよ?」
「レア様の感触を味わいたいのであれば、早くこの街に馴染むことです。でなければ私のレア様は渡しません」
私の言葉でリリーちゃんは「優しさが逆に痛い……!」って苦しそうに胸を抑えて、フィル先生の言葉で「はぁ?」って顔を顰めた。
「いつ、ご主人様がアンタのものになったのよ。ご主人様はみんなのものでしょう? 一人だけ愛称呼びだからって、独占しようとしないでくれる?」
「さぁレア様。絵本を続きを読みましょう。今日は少し難しい話ですからね。意味がわからなくなったら、すぐに言ってくださいね」
「ん。ここの言葉、わからない」
「ああ、それはですね──」
「無視すんなぁああああああああ!!!!」
急に計画が進み出したお祭り『コロセウム』。
初めての催しで街はとても賑わっていて、みんながその日を楽しみにしていることはわかった。
でも、そのための準備で色々と無理をしちゃっている人もいるみたい。
頑張るのはいい。
みんなのために頑張っている人は、すごいと思う。
だからって無理をするのは違う。
無理をしてまで頑張ろうとするのを、私は望んでいない。
……このことは、あとでクロに言っておこう。
準備を進めるのはいいけど、絶対に無理をさせちゃダメだって。
誰かに無理をさせるくらいなら、それを強要するくらいなら、お祭りの延期を優先してって。
それでも無理をする人はするだろうけど、私との約束だって付け加えてもらえれば、きっと約束を破る人はいないと思うから。
【お知らせです】
長らく休止していました
『転生エルフさんは今日も惰眠を貪ります』の連載を再開します。
予定は来年の一月から。
それまでにいくつかストックを蓄えておくので、もう少々お待ちくださいませ。




