17.初めての催し
敵意むき出しで睨み合うクロとシュリ。
まだ訓練場に残って最終確認をしていた魔物が怯えるほどに、二人の魔力は隠しきれないところまで膨れ上がっている。
……私が、変なこと聞いちゃったせいだ。
「リリーちゃん、どうしよう……」
「え? あ、あ〜……」
そんな二人のことを眺めて、困ったように笑うリリーちゃん。
焦る私に対して、リリーちゃんはあまりこの事を気にしてなさそう。
……なんで? このまま二人が喧嘩しちゃったら、折角みんなが頑張って作ってくれた訓練場が壊れちゃうかもしれないし、それに、二人が戦っているところなんて……私は見たくない……。
「別にいいんじゃない?」
「……え?」
「ここまできたら、好きに戦わせちゃうのも手だと思うのよ。ちょうど訓練場の耐久力も確かめたかったところだし、二人も久しぶりに体を動かせられて、いい気分転換になるんじゃない?」
クロとシュリを戦わせて、訓練場の耐久を確かめる?
……たしかに、街で一番強いフェンリルが戦って十分耐えられるなら、他の魔物も安心してここを利用できる。
でも、それでも…………。
「二人が喧嘩してるところ、見たくない」
「それなら、喧嘩以外の理由で戦わせてみたらどうかしら?」
喧嘩以外の理由って、なんだろう……?
リリーちゃんの提案の意図がわからなくて、私は首をコテンッと横に倒す。
「わかりやすく言えば試合をするのよ。彼らだけじゃなくて、この街に住む魔物全員でね。……それなら喧嘩にならないし、久しぶりに体を動かせるだろうし、今あの二人がいがみ合っている『誰が一番強いか』を決められるでしょう?」
「……でも、危険じゃないの?」
「それなら大丈夫! この街の魔物は、ご主人様と契約しているおかげで自然治癒が高いみたいだし、試合のルールに『致命傷になりうる攻撃は禁止』って書けばみんなも守るでしょ。それに幸い、この街には回復魔法を扱える人間やエルフが多く住んでいる。多少の怪我をしても問題はないと思うわ」
それでも、やっぱり……危険はあると思う。
だから私は、中々「うん」とは言えずにいた。そんな私を見て、リリーちゃんは膝を折って私と視線を合わせる。
「ご主人様。ご主人様は特殊だから、いまいちピンとこないかもしれないけど……魔物ってのは本能から戦いを好むものなの。……ここの魔物は皆、比較的温厚でおとなしいけれど、心の奥底では戦いたい、もしくは多少なりとも体を動かしたいと思っているはずよ」
「…………そう、なの……?」
魔物は戦いを好む。
そんな話は聞いたことがある、ような気がする。
でも、私の眷属になった魔物はみんな、そういう感情を表に出さなかった。
…………ううん。リリーちゃんの話が本当なら、内心ではそう思いながら我慢していたんだ。私が、戦うことが苦手だって知っていたから。
「魔王軍も……?」
「ええ、うちの魔物達も同じ。あの人達ったら常日頃から運動と称して取っ組み合いを始めるから、止めるのも一苦労なのよ。……少しはここの魔物を見習ってほしいわ」
リリーちゃんは悪魔。
今では魔物と同じに見られているけど、本質は違う。
そんなリリーちゃんが魔王軍同士の取っ組み合いを止めるなんて、本当に苦労しているんだろうな……。
でも、それだけ魔物達は戦いが好きなんだろうな。
だったら、試合があるほうが、みんなも嬉しいのかな?
「みんな、試合があると喜んでくれる?」
「全員が全員ってわけじゃないと思うけど、少なくとも半数以上は参加したがるんじゃない? ついでに『お祭り』として扱えば、この街はさらに盛り上がると思うわ」
思い返してみれば、訓練に参加したがる魔物は多かった。
でも、それは単純にこの街を守れる力が欲しいんだろうなって思っていたけど、今の話を聞いたら、体を動かしたり戦ったり……中にはそういう目的もあったのかな。
「入念な計画を立てれば大丈夫。戦い慣れている私たち魔王軍も企画には協力するし、当日は医療班を常に待機させておけば不慮の事故も防げると思うわ」
『試合か……うむ。いい案だと思うぞ』
「久しぶりに暴れられるってわけね! 最高じゃない!」
と、いつの間にかクロとシュリが私の隣に。
「……二人とも、喧嘩はどうしたの?」
『うむ。何やら面白そうな会話が聞こえたのでな。そっちが気になったのだ』
言い争いを止めるほど、気になる話題だったんだ。
じゃあ、やっぱり……クロとシュリにも戦いたい気持ちはあったんだね。
「本当に、危険じゃないの……?」
『ラルクの話によれば、人間の街にも同じような催しがあるらしい』
「結構人気らしいわね。私も一度は見てみたいけれど……難しいわよね」
「あー、あれね。人間と一緒に暮らしていた時は何度か見に行ったけど、確かにすごい人気だった記憶があるわ」
人間も同じことをやっているんだ……それはびっくり。
でも、それだけ試合は受け入れられているってこと、なんだよね……。
もちろん危険はあるだろうけど、それがあることで街に活気が出るなら、それはそれで嬉しいかも。
「…………ん、わかった。リリーちゃん達に任せる」
「本当っ!? それじゃあ、」
「でも、絶対に安全にするって約束してくれる?」
「ええ、もちろん。期待しておいて!」
『どうせやるなら盛大な催しにしたい。我々も出来る限りの協力はしよう』
「助かるわ。さすがに私たち魔王軍だけじゃ無理があるもの」
リリーちゃんは自信満々に頷いてくれた。
クロ達もやる気みたいだし、きっと、とても盛り上がるんだろうな。
……うん。まだ不安はあるけど、折角みんなが楽しもうとしているんだから、私も楽しみたい。
それに、こういう催しは初めてだし、少し……わくわくするかも。
「そうと決まれば早速、準備開始よ! やる気出てきたぁあああああ!!!!!」
リリーちゃんは大声を出して、魔王軍がいる方角へ飛んで行っちゃった。
すごいやる気。
……本当に大丈夫かな?