16.喧嘩は、めっ
「……あ、リリーちゃんだ」
「リリーちゃんだ、じゃないわよ。なにこれ。色々とツッコミどころはあるのだけど、来たばかりの私に詳しく説明してもらえる?」
リリーちゃんは呆れたようにクロとシュリを眺めてから、私に視線を向けてきた。
説明……?
説明、うーん……面倒くさい、な……。
「こらこら、そんなところで寝るんじゃないわよ」
またお布団に包まろうとしたら、剥がされた。
……違うもん。お布団の感触を楽しみたかったから包まっただけで、眠ろうとしていたわけじゃないもん。少しだけ瞼が重くなっちゃったけど、頑張って説明しようとしていたもん。
でも、説明か……せつめい、どこから話せばいいのかな。
「えっと、ね……クロとシュリが喧嘩しちゃったの」
「それくらい見りゃわかるわよ。どうして喧嘩しちゃったの?」
「……なんでだろう?」
「…………うん、ご主人様に期待してた私が間違ってたわ」
リリーちゃんが頭を抱えちゃった。
「あ、あのね……多分、きっと物凄くどうでもいいことだったと思う、よ……?」
「わぁお。ご主人様でもトゲのある言い方をするのね……いや、ご主人様らしい純粋な感想ってことなのかしら?」
「…………?」
クロ達がどうでもいいことで喧嘩するのは、いつものこと。
「下らないことを気にしたら精神的に疲れるだけだから、こういう時は相手するだけ無駄だぞ」ってミルドさんが教えてくれた。だから、私も気にしないことにしたの。
「まぁ、いいわ。あの二人に直接聞けばいい話だから」
リリーちゃんは今もいがみ合っている二人に手を向けた。
手のひらから微弱な魔力を感じる。何をするつもりなんだろうって様子を見ていたら、二人の顔の前に大きな水玉が浮かび上がって、それは勢いよく弾けた。
『ブッ──!』
「ちょ、なに!?」
二人はびしょびしょに濡れて、水の発生源を睨みつける。
『リリー。貴様の仕業か……』
「私達に水を被せるなんて、一体どういうつもり?」
「どうもこうもないわよ。……ったく、街の代表が聞いて呆れるわ。ご主人様の前で下らない言い争いをしちゃって、みっともない……」
クロ達、フェンリルは街の代表。
それは私を除いて、街の中で一番強い部類っていう証拠でもある。
そんなクロとシュリから睨まれたリリーちゃんは怯えるどころか、むしろ二人に対して呆れた表情を浮かべていた。
「いい? 子供は周りの大人を見て育つの。そんな大人が事あるごとにみっともない言い争いをしていたら、子供はどのように育つと思う?」
その様子は、まるでお母さんみたいだった。
リリーちゃんはクロ達よりもずっと長生きで、何年も正体を偽って人間の街に住んでいたから、誰よりも沢山の知識を持っている。
言っていることは納得できるところがあって、それが正しいこともわかる。だから二人は反論できなくなって、ただ黙ってリリーちゃんの説教を聞いていた。
「ご主人様はまだ幼くて、十分な知識すら身に付いていないわ。だから私達が身の振り方から常識まで、色々と学ばせてあげる義務があるの。その見本が下らないことで喧嘩していたら、元も子もないでしょう?」
『「……………………」』
「それに、あなた達は常日頃、ご主人様に良いところを見せたいって言ってたじゃない。それがさっきの喧嘩? 保護者以前に大人として恥ずかしくないわけ?」
『…………そう、だな……』
「……悔しいけれど、本当にその通りだと思うわ」
リリーちゃんの説教は、無事に二人に届いたみたい。
でも、すごいな……。私は説得も諦めて眠ろうとしていた。なのにリリーちゃんは大事にすることなく二人の喧嘩を止めちゃった。
この街の魔物だけだと、絶対にできないこと。
……ううん。魔物だけじゃない。フェンリルの喧嘩に介入するのは大変なことだから、ここに住んでいる魔物以外の種族も、纏め役のミルドさんだって苦労すると思う。
だから、それを簡単に収めちゃったリリーちゃんはすごい。
「反省したなら、まずは事の経緯から説明してもらえる? 私、今さっきここに来たばかりで何も把握してないの」
『ああ、実はな…………』
計画していた訓練場がやっと完成したこと。
それのお披露目をするために私と一緒にここまで来たこと。
その途中でクロとシュリが下らないことで喧嘩しちゃって、今に至ること。
クロは事細かに、今までの経緯をリリーちゃんに説明した。
『────と、いうわけだ』
「……なるほど。大体の内容は理解できたわ。ご主人様に訓練場を見学させたい、か……もう見学は終わったところなの?」
『いや、まだだ。到着していざ見学を始めようとしたところで、さっきの口論に発展してしまってな』
「流石に大人げなかったと反省しているわ……変なものを見せちゃってごめんね、クレアちゃん」
「……ん、二人が仲直りしてくれたなら大丈夫」
小さな言い合いはいつものこと。
今回はリリーちゃんという仲介役がいたけど、前まではどっちかが飽きるまでそれが続いていたし、気にしちゃダメだって教えてもらってからは、私も気にしないようにしていたから問題ない。
「じゃあさ。見学がまだなら私も一緒に見てもいいかしら? 元々、ここはオル爺からの提案で作られたんでしょう? なら私も責任者の一人として先に見ておきたいし、みんなが使う場所だから色々と地形を知っておきたくて……」
「ん、いいよ。リリーちゃんも一緒に行こう?」
リリーちゃんの手を握って、一緒に歩き出す。
……歩くのは私じゃなくてクロだけど、一緒に見学しているって感じがして嬉しいな。
その後、訓練場の色々な場所を回った私達は、最後に観客席に来ていた。
ここからなら訓練している様子を見学することができる。
私専用の見学席兼ベッドも用意されているみたいで、いつここに来ても眠れるねって言われたけど、訓練場は剣戟の音でうるさいだろうから、多分眠れないと思う………………え? 魔法で完全に音を遮断できるの? ……へぇー。
「あ、そういえば」
ここは訓練場。
ということは、ここで沢山の魔物が体を動かしたり、模擬戦したりするんだろうな。
そんなことをぼんやりと考えていたら、少し気になっちゃった。
──もし、ここで色々な魔物が戦ったら、誰が一番強いんだろう? って。
『我だろうな』
「私に決まっているわ」
ほぼ同時に答えが返ってきた。
『…………は?』
「…………なによ?」
その後、一瞬で空気が変わる。
………………あれ?
もしかして私、聞いたらダメなことを聞いちゃったかも……?