12.お勉強会2
フィル先生が読んでくれた絵本は、感想を言うのが難しいものだった。
これは勇者が主人公の物語。
復活した魔神と、その眷属の魔物達を倒していくお話だけど……なんだろう。すごく、悲しかった。
そして、これはただのお話なんかじゃないと思った。
多分、これは本当にあった話。
私が生まれるよりもずっと昔の、初めての魔王が誕生した話。
このお話に一番大きな反応を見せていたのは、フィル先生。
読み聞かせの途中から声が震え始めて、最後まで読み切った後は信じられないように「嘘、こんなのって……」と呟いてる。フィル先生でも知らなかった歴史が、この絵本の中に詰まっていた。
この主人公が初代魔王で、この絵本の最後に出てきた女の子は、きっと────
「リリーちゃん、なの?」
「ええ、そうよ」
どうやら、正解だったみたい。
リリーちゃんは小さく笑って、頭を撫でながら「よくわかったわね」って褒めてくれた。
「どうして?」
「……どうして、か…………うーん、知ってほしかったのよ。私達が見てきた過去の、本当の姿を」
「し、信じられません!」
フィル先生は立ち上がって、声を荒げる。
「このような歴史、一度だって聞いたことがありません。どの国でも語られていなかった……!」
「そりゃあ当然よ。自分達の先祖様が愚かだったせいで魔王が誕生して、今もそれに苦しめられているなんて、正直に言えるわけないわ。だって、人間は決まって、人間が犯した恥ずべきことを隠すでしょう?」
「そんな、でも、これではあまりにも!」
いつも冷静で、おとなしい先生が狼狽してる。
──珍しい。
だから、逆に気になったことがある。
「人間は、なんて言ってたの?」
「え?」
「歴史。リリーちゃん達、魔族はこう言ってるけど、人間はなんて言ってたの?」
「…………初代勇者は魔神との戦いに打ち勝ったものの、最後に魔神が放った呪いによって日々衰弱し、当時の技術では治療することができず──死亡。さらには魔神の力は強大で、勇者の力をもってしても完全に打ち消すことは叶わず、その残滓を受け継いだ者が最初の魔王になった、と」
「まぁ、ありがちな歴史改変よね。あくまでも勇者の件を美談で済ませようとしているところも、なんとも浅ましい人間らしいわ」
リリーちゃんの主張は、勇者は人間達に裏切られて魔王になった。
人間側の主張は、勇者は魔神の呪いで死んだ。
全然違う。
でも、歴史は一つだから、どっちかが正しくて、どっちかが嘘をついている。
そして、多分……正しいのはリリーちゃんの方。
フィル先生もそれがわかっているから、あんなに苦しそうな顔をしてるんだ。
「初代魔王様は元勇者だった。魔神に匹敵する力を持った彼は人間達に裏切られ、魔王になった。……でも、彼はいくら絶望しても、いくら死にかけても、優しい心を失うことがなかった。拠り所のない子達を集めて彼らのためだけの住処を作り、彼らだけで平和な時を過ごそうと考えていたわ」
「それって……」
私達の街、みたいだ。
「魔王様は言っていたわ。『人と魔物は共存できる。知識さえ身につければ、我々は共に生きられるのだ。──今の、我々のように』ってね」
リリーちゃんの言葉に驚いていたのは、フィル先生だけじゃない。
私も、すごく驚いている。
魔王はすごく悪い人。
あの国で何度もそう教わってきたから、そうなんだと思ってた。
でも、リリーちゃんは違うってそれを否定する。
一番最初の魔王はすごく優しかった、って。
今の私達のように、ただ平和に過ごせる場所を望んでいた、って。
「でも、魔王様の願いが永遠に続くことはなかった。ある日、どこからか私達のことを嗅ぎつけた人間が急に攻め込んできて、無抵抗な仲間を殺した。──その時から魔王様は戦うことを決意したの。私達の居場所を守るためにね」
居場所を守るために、戦う。
クロ達も、同じようなことを言っていた。
「だけど魔王様は、魔王様が抱いた夢を最後まで諦めなかった。いつかは平和を掴み取るんだって信じていたわ。…………重い話を聞かせちゃってごめんなさい」
長い沈黙。
私はなんて答えたらいいのかわからなくて、思わずフィル先生を見つめちゃった。
「はぁぁぁ……わかりましたよ」
すごく重い溜め息を吐き出して、フィル先生は腰を下ろす。
「『何が何でも読み聞かせはこれを最初に!』と妙にオススメしてくるから怪しいとは思っていましたが、まさか、こんな内容だったなんて……はぁ、だから、この本だけは最後まで見せてくれなかったのですね」
「あはは、ごめんごめん。だってフィンレールがこれを見たら、絶対に何か言ってくると思ったのよ」
「だからって事前相談も無しに突っ走らないでください!」
先生はすっごく真面目な人だ。
一度読み聞かせを始めてしまえば、最後まで続ける。そして最後に文句を言う。それがわかっていたから、リリーちゃんは最後までこの絵本の内容を隠していたんだね。
「安心して、ご主人様。これを見せたからと言って、あなたも初代魔王様のようになれとは言わないわ。無理して魔王になろうともしなくていい。でも、ご主人様のように平和を望む人はいた。それだけは知ってほしかったの」
「…………ん、わかった」
「ええ、ありがと」
リリーちゃんの言いたいことは、なんとなく理解した。
リリーちゃんが本当に慕っている人──初代魔王。
私の街と、彼が望んでいた居場所は似ている。だからここは居心地が良いって、リリーちゃんは褒めてくれたんだよね。
でも、人間の国はそれを放っておいてくれない。
だから、もしもの時のために準備を、そして覚悟を決めておく必要がある。
それを知ることができた。
私も色々と考えなきゃいけないんだって、わかった。
コロナワクチンの副反応でダウンしていました、白波です。
まさか5日も引きずるとは思いませんでした……皆さまもお気をつけて。