11.勇者と魔王の物語
昔々、あるところに、勇気ある少年がいました。
少年は平民でした。
国境の外れにある小さな村に産まれた少年は、決して裕福とは言えない暮らしをしていました。
父親と一緒に畑仕事をやり、母親の家事を手伝いながらの暮らしは贅沢とは程遠い生活でしたが、とても平和で、彼は心の底から──満足していたのです。
しかし、その平和はいとも容易く破られました。
──魔神の復活。
それによって各地に魔素が湧き出し、その魔素は具現化し、人々を襲う魔物になったのです。
魔物による被害は各地で起こりました。
沢山の惨劇が生まれ、沢山の命が失われました。
そして、少年の村も魔物に襲われ────少年はただ一人の生き残りとなったのです。
家族と仲間のおかげで生き延びた少年は、悲しみました。
大好きな人達とはもう二度と会えず、かと言って、彼らのおかげで助かったこの命を無駄にしてまで、彼らの後を追うこともできない。
少年は泣きました。
少年の中にある水分を全て吐き出すほどに、沢山、泣きました。
やがて泣き疲れ、深い眠りから目覚めた彼は、こう思います。
「こんな世界は間違ってる。魔物なんかに全てを奪われる世界なんて、間違ってる」と。
それから少年は力をつけました。
いつか、魔物達をこの世界から駆逐してやろうと、少年はただひたすらに力を求めました。
数年後、少年の力は、かろうじて存続し続けていた国とその人々から認められました。
全面的な支援を約束され、頼もしい仲間もできて、少年はついに、魔物と──復活した魔神と戦う準備を整えたのです。
少年は常に最前線で戦い続けました。
どんな時だって、少年は挫けることなく立ち上がり、剣を振り続けました。
数多くの魔物の群れに臆することなく飛び込んでいくその背中を見た人々は、彼のことを勇気ある者──勇者と呼びました。
勇者の指揮の下、人々は魔物の軍勢に対抗できるほどの力を取り戻し、少しずつ、少しずつ、人は自分達の居場所を取り戻していったのです。
しかし、復活した魔神の力は彼らの想像を超えるものでした。
魔神に近づくほど、魔神の眷属である魔物は強くなり、勇者とその仲間達でさえも手こずるほど。
人の力だけでは魔神に勝てないのか。魔神に近づくことすらできないのか。やはり、この世界に希望はないのだろうか。
誰もがそう諦めていた時、天から光が降り注いだのです。
『諦めてはなりません』
『人々よ、立ち上がりなさい』
『最後の時まで信じるのです』
『さすれば我々は応えます』
『『『『この力を勇者に──授けましょう』』』』
光は収束し、勇者の体に入り込みました。
すると、勇者の体は眩い光を放ち、勇者は神にも匹敵する力をその身に宿したのです。
「神のご加護だ!」
勇者はそう叫び、砕けかけていた人々の心は再び、強く結ばれました。
勇者とその仲間は戦場を駆けます。
自分達には神の加護がある。だから負けるわけにはいかない。彼らは必死に戦い、途中で多くの同胞を失っても尚、彼らは足を止めることなく────ついに魔神を倒すことに成功したのです。
勇者とその仲間は国に帰還し、人々から多くの祝福を受けました。
魔物はまだ残っていますが、魔神の脅威は消えてなくなり、人々には再び、平穏を取り戻したのです。
しかし、人々は新たな脅威が身近にあることを理解しました。
──勇者。
その身に神にも匹敵する力を宿し、魔神を倒した者。
人の身でありながら、人の理から外れた者。
彼らは勇者を恐れるようになりました。
それは力なき者だけではありません。勇者と共に戦場を駆け回った仲間は、勇者を知れば知るほどに彼が持つ異常な力を恐れ、勇者を支援していた王族でさえも自分の地位を脅かす可能性のある彼を、目障りに思い始めたのです。
皆は勇者を排除しようと動きました。
ある時は毒を飲まされました。
しかし、勇者は毒程度では死にません。
ある時は偶然を装い、無防備な状態で魔物の群れと出会わせました。
しかし、不可能を可能にする力を持つ勇者は、魔物達を物ともせずに殲滅してしまいました。
人々は気づきました。
勇者こそが化け物なのだと。
勇者こそが真の魔神の生まれ変わりなのだと。
しかし、彼らでは勇者を殺すことができない。
そこで人々は考え、ついに勇者を裏切り、勇者を追い詰めることに成功したのです。
「我々を騙したな、魔神の生まれ変わりめ」
「お前がいるせいで魔物は未だにこの世界から消えないんだ」
「ここでお前を殺し、今度こそ、人々は魔物の脅威から救われる」
「「「だから死ね」」」
勇者は絶望しました。
人々に拒まれ、仲間に裏切られ、崖を落下しながら、彼は悔しいと涙を流します。
しかし、彼に待ち受ける運命は残酷でした。
勇者は死ぬことができなかったのです。
全身を焼かれ、腕を切り落とされ、胸を貫かれてもまだ、彼に残った神の加護が勇者の死を許さない。
全てを失い、行くあてもなく彷徨っていた彼を救ったのは皮肉にも──人々が憎み、敵対していた魔物だったのです。
少女の姿をした魔物は、ボロボロになった勇者を見て、こう言いました。
「全てが嫌になったのなら、いっそ逃げてしまいましょう」
勇者は人の姿をした魔物──悪魔と共に身を隠しました。
それから数年後、勇者だった男は理性ある魔物を引き連れ、一つの街を作りました。
決して裕福とは言えず、決して不自由のない生活があるとも言えない小さな街。それでも彼は、皆と手を取り合って暮らせる居場所を手にすることを、何よりも望んでいたのです。
『全ての生き物が等しく、平和に暮らせる場所を』
そんな思いが込められた街は、いつしか規模を広げ、やがては一つの国となり、一つの領地となる。
人と魔物が入り混じる国を。
血は繋がっていなくても、皆が家族のように暮らせる国を。
人々は新たに現れた勢力を『魔族』と称し、その頂点に座する者を『魔王』と呼びました。
魔神に匹敵する力を持った共通の敵。
それを倒すため人々は武器を持ち、戦う決意を表明し、そして、運命を切り開く勇気ある者──勇者の誕生を願ったのです。
そんな彼らと敵対する魔王こそが、彼らが過去に追放した最初の勇者だとは気づかずに────。
めでたし、めでたし