10.お勉強会1
「さぁ、今日はこれを読んでもらうわよ」
ドサッと目の前に置かれた沢山の本。
フィル先生の国で読まされた難しい本なのかなって手に取ると、想像していたものと全然違った。
この本には文字がない。
……ううん。少しだけあるけれど、教科書に比べたらほとんど無いのと同じ。
それ以上にあったのは──絵だ。
可愛らしい絵。それが何個もあって、本の中で物語を作っていて…………まるで、いや。これは紛れもない絵本だ。
「これ……」
「ん? ああ、この絵本? 私が作ったの」
「…………え?」
リリーちゃんから返ってきた言葉に、驚いた。
「これ、全部……?」
「ええ、そうよ?」
「…………リリーちゃん、もしかして器用?」
「もしかしてって何よ。これでも世界中を歩いてきたのよ? 絵本も描いたことがあるに決まっているじゃない」
決まっている、のかな……?
「…………(ふるふる)」
フィル先生は無言で首を横に振っていた。
やっぱり、リリーちゃんも普通じゃないみたい。……私と同じだ。
「リリーちゃん。実はすごかったんだね」
「これくらい普通でしょ。暇つぶしに覚えただけだし、別に褒められるようなことはしていないわよ────って『実は』って何よ」
普通の人は、絵本を簡単に作れない。
しかも、目の前に積んであるのは一冊や二冊じゃない。数えたらちょうど十冊あった。
お勉強することが決まったのは三日前。
それが決まった時から作り始めたんだと思うから、すっごく早い。
頑張ってくれたんだ……私のために。
「…………えへへ」
「え、ちょっと急に笑ってどうしたのよ。こわっ」
「リリー。レア様に失礼ですよ」
「いやいや。こっちを見ながら笑われたら驚くでしょ普通!」
「可愛らしいではありませんか。レア様が笑っている姿を見られただけで、私は幸せですよ」
「こわっ! こっちも十分怖いわ!」
二人が何か話してる。
聞き逃しちゃったけれど、私のことを見て柔らかく微笑んでいるから、嫌なことじゃない……のかな?
「でも、どうして絵本なの?」
「だってご主人様、ただの教科書だと絶対に途中で眠るでしょう?」
私は何も言い返せなかった。
ぐぅの音も出ないくらいには、その指摘は正しかったから。
「だったら絵本みたいに読み聞かせながらこの世界の常識や歴史を学んだほうが、ご主人様も勉強に取り組みやすいだろうってフィンレールが提案してきたのよ」
「フィル先生が……?」
「ええ。以前のことを踏まえた結果、レア様にはこちらの方がやりやすいと思い、リリーには少し協力していただきました。その分、負担を掛けてしまいましたが……」
「気にしないでよ。私もちょうど暇だったし、これでご主人様のお勉強が捗るなら、頑張った甲斐があるってものよ。その代わりと言ったらなんだけど、当初の予定通り、教えるのはフィンレールが主体でお願いね」
「お任せください。レア様の家庭教師役、今度こそ最後まで努めてみせます」
二人の話を聞いている感じ、お勉強の準備をするのがリリーちゃんで、それを使って教えるのがフィル先生みたい。
ちゃんと話し合って役割を決めたんだ。
それって悪魔と人間、本来敵同士だった二人が上手く協力できているってことでもあるから、それが分かっただけでも十分──嬉しくなった。
あと、フィル先生の提案は正直すっごく助かる。
フィル先生とお勉強していた時はすぐに寝ちゃったし、結局、あの国の歴史は何一つも覚えられなかった。
お勉強は苦手。小さな文字をずっと読まされるし、興味のない話をずっと聞かされて、それを覚えなきゃいけない。それに苦手意識があったから、今までお勉強を遠ざけてきた。
でも、絵本なら……多分、頑張れると思う。
絵本は大好き。本の内容はすっごく面白いし、文字が少ないから疲れない。やっぱり、どうせ読むなら絵本のほうが良いと思っていた。
お勉強で絵本が出てきたのは予想外だったけど、私にとっては嬉しいことばかりだ。
「リリーちゃん。フィル先生。……ありがとう」
「当然のことをしただけよ! むしろ、これでやる気を出してくれなかったら怒るからね!」
「レア様に楽しんでいただきたい一心でやったことです。それに、まだ私は礼を言われるようなことをしていません」
「ん、これなら頑張れそう…………頑張る」
それでも、難しい言葉はまだ分からない。
しばらくはフィル先生に読んでもらうことになりそう。
やることはいっぱいある。
覚えることもいっぱいある。
でも、二人が頑張ってくれたおかげで、私も頑張ろうって気持ちになれた。
「では、まず初めに簡単なところから覚えましょうか」
「……ん」
沢山の絵本の中からフィル先生が取り出したのは、『外の世界を学ぼう・序』という題名のもの。
クロが聞いたら『そんなものを読んで主が外の世界に興味を持ったらどうするのだ!?』って怒りそうな題名だけど、この部屋には私たち三人以外は誰もいなくて、いつも一緒にいてくれるフェンリルは、この時間だけ別の場所でお仕事をしている。
だから、誰かに邪魔されることはない。
お勉強の時間まで、私が眠くなるまで、好きなだけ絵本を読むことができる。
フィル先生が絵本を開いて、読み始める。
私は先生の横に座って、絵本の中身をじっと見つめる。
「昔々、あるところに──────」