9.常識がないみたい
それからしばらくして、訓練場建設計画が始まった。
訓練場を造ることに対して、意外と多くの賛同の声をもらったとか。
みんな、もっと強くなりたいって思っていたみたい。
この街に住んでいる眷属の中で、戦い方を教えられるのはフェンリルだけ。
でも、フェンリルと他の魔物だと動き方が全然違うし、その次に教えられそうな人間達が間に入ろうとしても、別問題で人間と魔物の戦い方に違いが生まれるから、教えたくても上手くは教えられなかった。
そんな時、いろんな種類の魔物が集まる魔王軍がやってきて、訓練場で戦い方を学ばせてもらえることになった。
魔王軍は何度も戦いを経験してきた。
種族ごとの戦い方を知っているし、同時に弱点も知っている。教えるのが上手い魔物も沢山いるはずだから、この機会を逃したら────魔王軍が新しい魔王を探しに出て行ったら、二度と有益な訓練ができなくなる。
眷属達はそれが分かっていたから、みんなして訓練場の話に乗り気なんだって。
クロからそのことを報告してもらった時は、正直意外に思った。
だって、みんなは平和を求めてこの街にいるんだと思っていたから。もう戦いたくない。痛い思いをしたくないから、私を頼ってきたんだと思ってた。
けれど、それは違った。
みんなは、私や、私の街を守りたいって言ってくれた。
…………嬉しい。
みんなには可能な限り、危険なことはしてほしくない。
でも、私のために頑張ってくれるみんなのことを思ったら、すっごく嬉しくなった。
「えへへ……」
その時の気持ちを思い出して、口元が緩んじゃった。
何もないところで笑ったら変だと思われちゃう。それは分かっているけど、でも嬉しくて……つい、枕をギュッてしながら足をパタパタさせちゃうんだ。
「……なぁに笑ってんのよ。変なものでも食べた?」
「なにこの子可愛──んんっ。おはようございますレア様。お目覚めになられたと聞いて、只今参りました」
いつの間にか、私のお部屋に来客がいた。
「一応言っておくけど、ちゃんとノックはしたからね?」
「勝手に申し訳ありません。許可もなく入るのは失礼かと思ったのですが、起きている気配はあったので……何かいいことでもありましたか?」
入ってきてたのは、リリーちゃんとフィル先生。
リリーちゃんは両手に沢山の本を抱えていて、先生は大きな画用紙と筆記道具を持っている。
「んーん、なんでもない」
首を振って、二人をお迎えする。
「今日は、なにするの?」
最近になって、私の日課が増えた。
──それは私のお勉強。
教えてくれるのは自称常識人のリリーちゃんと、誰もが認める常識人(魔法以外)のフィル先生。
リリーちゃんは長く生きているし、それを直接見てきたから歴史に詳しい。それに色々な文化も知っているから、誰よりも常識には長けているって自負してるみたい。
フィル先生は元王女様で、国で有名な教師から英才教育を受けていたから、どの教科でも詳しく教えることができる。
で、どうして私がお勉強することになったかって言うと…………。
◆◇◆
「ご主人様には常識がなさすぎるわ!」
みんなが定期的に集まる日。
リリーちゃんは声を大にして、私の悪口? を言った。
リリーちゃんにとっては重要なことを言ったつもりだったんだと思う。
でも、みんなの反応は────
「『なにを今更?』」
さも当然のように、みんなは首を傾げてそう言った。
それを真横で聞いてた私は複雑な気持ちだったけど、私自身、いつも同じようなことを言われていたから、多分他の人より常識はないんだろうなぁ……とは分かってた。
でも、改めて直接言われると、少し……「むぅ」ってなる。
「ご主人様はお勉強をする必要があると思うわ。折角、ここには知性のある人が沢山いるのだから、それを教えないでどうするの!」
『……だ、そうだが。主はどうしたい?』
「ん? ……ん〜…………お勉強、やだ」
だって、あれ面白くないもん。
すっごく眠くなるし、私は馬鹿だから覚えも悪い。
だから私はお勉強ができない。
そう思っていたから、あまり気乗りはしなかった。
「本当にいいの? このままだとご主人様、いつか悪い人に騙されちゃうかもしれないわよ?」
『ふんっ。そんなもの、我々が常に見守っていればいいだけだ』
「本当にそうかしら?」
『……なにが言いたい?』
「どんなに見守っていると言っても、どこかで必ず目を離す瞬間はあるわ。その隙にご主人様がどこか行っちゃったら? その間に変な人に絡まれて、純粋なご主人様が騙されそうになったら? その時はどうするつもり?」
『そ、れは……』
「可能性は低いでしょうね。でも、絶対に無いとは言い切れない。もしもの時のために備えておくのはいいと思うけれど?」
『……………………』
クロ、黙っちゃった。
しばらくして、くるってこっちを向いて一言。
『主。勉強しよう』
「……えー」
クロが言いくるめられちゃった。
あんなに私が嫌だって言ったことを否定してくれたのに、うぅ……裏切り者。
『リリーの言う通りだ。我々はずっと主の側にいるつもりだが、どうしても目を離してしまう瞬間はあるだろう。その一瞬の隙に、我々の予想だにしない事態が起きる可能性は否定しきれない。だから、それに備えて少しだけでも知識を身につけておく必要はあると思うのだ』
「…………むぅ」
『嫌がることを押し付けるのは申し訳ない。だが、これは主のためを思ってのことなのだ。理解してくれ』
クロはもう、リリーちゃんの味方になっちゃった。
だから他の誰かに助けてもらおうと思って周りを見渡したのに、みんなは「うんうん」って同意するように頷いていた。
…………あれ?
『皆も同じ気持ちだ。主が騙されないようにと心配なのだ』
「私って、そんなに……なの?」
『…………』
無言だった。
でも、それが何よりの答えだった。
「ぶぅ……」
『そう怒らないでくれ。……頼む』
こうして、私のお勉強が決まったのだった。




