8.互いの利益を
リリーちゃんのお願いを聞いた翌日、クロはガッドさん達と魔王軍の装備点検のことで相談しに行ってくれた。
断られたらって心配だったけど、みんなは二つ返事で了承してくれたみたい。
むしろ、息抜きの機会をくれてありがとうって感謝されちゃった。
そして魔王軍のみんなからも感謝されて……ここまで喜ばれるとは思ってなかったから、少し驚いた。
私は何もやってない。みんなにお願いしただけ。
素直に喜んでいいのか分からないけれど、これでみんなが少しでも喜んでくれるなら、それはすっごく嬉しいことだと思う。だから私も「うん、良かったね」って一緒に喜ぶことにした。
そうやってみんなに任せながら眠る日が続いた、ある日。
魔王軍の偉い地位にいる魔物さんから、相談したいことがあるってシュリから聞いた。
その魔物はリリーちゃんの補佐をしているみたいで、私達で言えばクロみたいな立ち位置にいるんだって。そんな魔物からの直々のお願い。
……何かあったのかな?
気になった私は、すぐに会うことを決めた。
「偉大なるクレア様。お忙しい中、この老骨のわがままのために時間を割いていただき、深く感謝しますぞ」
やってきたのは人間と竜種が混ざったような人だった。
形は人間。でも竜みたいな角や羽、尻尾が生えていて、皮膚の所々に鱗も付いてる。魔力も竜にすごく似ている。
昔、絵本で読んだことがある。
竜種の中にも人間に友好的な部族がいる。それは何年、何百年もかけて人に似た姿を模索し続けた。でも、もはや彼らは竜種からは外れてしまい、今ではどちらでもない種族になってしまった。
その竜種の名前は──竜人。
人と竜との境目を生きる、とても珍しい種族だ。
竜人はエルフ以上に閉鎖的な空間で生活しているって聞いていた。
だからまず会えることはないだろうってパパは言ってたけど、まさか、こんなところで会えるなんて……。
「ん、会えて嬉しい」
この人はお爺ちゃんみたい。
当然だけど、竜人には竜の血が流れている。人と交わってその力は少し弱くなっても、竜人を敵に回すのはやめたほうがいいって言われるくらい、この種族は魔物の中でも強い部類にいる。
でも、目の前の竜人からはそれが感じられない。はっきり言って今にも倒れちゃいそうなくらい弱々しくて、私がチョコンと突いただけで倒れちゃいそう。
口に出すのは失礼だから言わないけど、「これが魔王軍の偉い人なの?」って思っちゃった。
もっと強い人がくるんだと思ってた。
でも、やってきたのは竜人のお爺ちゃん。
物腰は柔らかくて笑顔も素敵で、ガッドさんとは違うお爺ちゃんって感じで雰囲気は好きだけど、この人が魔王軍の補佐をしていて本当に大丈夫なのかなぁって不安になった。
だからって相手を馬鹿にするような態度は取らない。
真摯に向き合ってくれる人には、こっちも真摯に対応する。それはシュリと絶対に守るって約束したことだから。
「フィル先生。このお爺ちゃんに、椅子、持ってきて」
「おおっ、お気遣い痛み入ります。いやはや、最近は腰も弱くなってしまったのか立っているのもやっとでしてな。……この街の魔物達の噂通り、クレア様がお優しい方で儂は心から嬉しく思いますぞ」
では失礼して……って竜人のお爺ちゃんは椅子に座った。
「ああ! そういえば自己紹介がまだでしたな。これは申し訳ない。儂はオルグ。リリー殿の補佐をしている老いぼれですじゃ。昔は戦場に出ていましたが、この歳になると走るのも難しく……今は後ろでのんびりさせてもらっておる。頭の方はまだボケてないと思うから、この街にいる間だけでもどんどん使ってくだされ」
「ん、私はクレア。ここの代表をしてる。あなた達が望んでいる魔王になるつもりはないけど、ここにいる間だけでもゆっくりしてってね。みんなに酷いことをしない限りは、魔王軍のみんなも仲間だと思ってるから」
私は魔王になるつもりはないよってことと、ここでゆっくり旅を疲れを癒してねってことを伝える。
リリーちゃん以外の魔物と挨拶することになった時のために、シュリと一緒に練習した挨拶。……うまく伝わったかな?
「ふぅむ。リリー殿から聞いていた通り、本当に可愛らしいお方じゃ。ただ身内に甘いだけのお人好しかと思っていたが、しっかりと自分の意見を言う勇気も持っている。本来相容れない人間と魔物が共存しているのも頷ける。やはり其方は、儂ら魔族の新たな道しるべとなる────」
「…………?」
「ああ、いや、なんでもないぞ。ただの老いぼれの独り言じゃ」
最後の方は声が小さくて、あまりよく聞こえなかった。
私のことをじっと見ていた気がするけれど……なんだったんだろう?
「ここは儂ら魔王軍にとっても居心地がいい。……ほっほっほっ。ではお言葉に甘えて、次の魔王様が現れるまではゆっくりさせてもらおうかのぉ」
竜人──オルグさんは顎髭を撫でながら頷く。
「それで、えっと……オルグさんは私に用があって来た……だよね?」
「おおっ! クレア様との会話ですっかり忘れていたわい! やはり歳を取るとダメじゃなぁ。頼まれごともすぐに忘れてしまう……いやぁ困った困った」
と、オルグさんは自分の頭をぺチーンって叩いた。
…………本当に大丈夫かな。
「今回、クレア様にお願いしたいことはじゃな……儂ら、魔物のための訓練場を作ってほしいのじゃ」
「……訓練場?」
「うむ。訓練場、稽古場、練習場……と呼び方は様々あるが、とにかく、魔物が自由に動ける場所を作っていただきたく、こうして御目通り願ったというわけじゃよ」
この街にはそういうものが無かった。
ずっと平和に暮らしていけば、そういうものも必要ないと思っていたから、すっかり忘れてた。
訓練場はどの場所にもある。
前に行った、フィル先生の国にだって訓練場はあった。
それは国を守る騎士が腕を磨く場所で、体が鈍らないように運動する場所でもあった。
「無礼を承知で言わせてもらうが、この街はまだ危うい。……平和すぎるのじゃ。これでは本当の脅威が迫った時、いとも容易く崩壊してしまう。それを守るためにも今のうちに他の魔物達も鍛錬しておくことを強く勧める。
──もちろん。訓練場を建てていただけたお礼に、儂らは他の者達に戦い方のコツを教えよう。儂らはこれでも、過去に何度も戦場を生き抜いた歴戦の猛者じゃ。教えられることは多いと思うぞ。互いに利益のある話だと思うが、どうだろうか」
この街は平和すぎる。
だからこそ、少しの亀裂で簡単に壊れちゃう。
「そんなことない」とは言えなかった。
オルグさんに言われたことは、いくつか心当たりがあったから……。
でも、みんなに戦わせる力を与えるってことは、戦う時がきたらみんなを戦場に立たせるってこと。
いつかはそうなる可能性があるって意識させるだけで、私が本当に望んでいた平和な街は……どこかに行っちゃうような気がした。
────クロが前に言ってくれた言葉を思い出す。
『我らは主のため、主が望む悠久の睡眠を得るため、時には戦うことも必要なのだ』
戦わなきゃいけない時もある。
それは私が望んでいることじゃないけれど、世界はそんな甘くないから、時には戦わなきゃダメだってクロは言っていた。
だから、もしものために備えておくことは、大切なんだと思う……。
「……ん、分かった。ガッドさん達に頼んでみる」
『主。いいのか?』
「前にクロが言った。戦うことも必要だって……」
本当は、やだ。
戦ってほしくない。みんなに痛い思いをしてほしくない。
「でも、みんなが戦い方を知らなかったら……きっと、もっと痛い思いをすることになる、から……」
そうならないために、みんなには今できることをしてほしい。
──後悔しないために。
「オルグさん。一つだけ約束してくれる?」
「うむ。聞こう」
「戦い方を教えるのは訓練を希望した眷属だけ。強制はしないで」
この街には争いが苦手な子もいる。
そういった眷属が嫌な思いをしないように、訓練を望んだ眷属だけに戦い方を教えるようにしてほしい。
「あいわかった。クレア様が願うのならば、儂はそれに従おう」
「約束、ね……?」
「うむ。約束じゃ」
小指を絡ませて、指切り。
これは私とオルグさんの約束。
絶対、ぜったい、破ったらダメな────約束だから。
祝!コミカライズ!企画!進行!決定!!!
というわけで、
本作『惰眠追放』のコミカライズ企画が決定しました〜!(はい拍手!)
まだ出せる情報はこれだけですが、新しい情報が入り次第、皆さまに共有していきたいと思っているので、引き続き応援よろしくお願いいたします!
やったああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!