7.色々おかしいご主人様(リリー視点)
今日、私達魔王軍の野営地に来客があった。
それは魔王様──ご主人様とその従者のクロ、フィンレールっていう元王女様の吸血鬼だと、すぐに私のところに連絡が入ったわ。
ご主人様の気まぐれで、この野営地に興味を示したみたい。
門番をしていた魔物によると、ここを自由に見学した後、私がいるテントまで来るって言っていたらしくて、私はお茶とかお菓子とかの準備をしながら、彼女達の到着を待った。
そして、待つこと数分。
私は今──ご主人様に腕を引っ張られている。
ご主人様御一行が到着して、挨拶もそこそこに私の近くまで寄ってきたご主人様は、なぜか急に私にべったりくっ付いてきた。
誰とでもすぐに仲良くなれることが自慢の私でも、急に距離を詰められて反応に困ったわ。
そして、私が戸惑っている様子を察してくれたフィンレールが、なぜご主人様が急に甘えん坊になったかの経緯を事細かに教えてくれた。
「へぇ〜そんなことがあったのね〜」
ご主人様は私達と仲良くしたい、ねぇ……。
だからずっと私にべったりだし、意識を自分に向けてほしいのか何度か腕を引っ張ってくるのね。最初は驚いちゃったけれど、その理由を聞いたら納得したわ。
「はい。そういう訳なので、レア様と仲良くしてください」
「……えっと、一応聞くけれど……私の自由意志って?」
「ありません」
「…………デスヨネー」
なんとなく察していたけれど、本当にここの住民ってご主人様が大好きなのね。
もはや崇拝?
まぁ、ご主人様の存在感と血の契約のおかげで、自分達は安全な場所で不自由なく暮らしていられるんだから、彼女のことを神様のように崇める気持ちは分かるけど…………それにしたってこの盲信ぶりは異常よね。
でも、うーん。
ご主人様が可愛いってことは認めるわ。
今まで出会った誰よりも淀みのない綺麗な魔力をしているし、見た目も愛らしくて保護欲をくすぐってくる。無気力に見えて周りの魔物達のことを大切にしているし、部外者だった私達を快く受け入れてくれたし、こうして仲良くしたいって正直に気持ちをぶつけてくれる。
これを嫌う人はいない。
だからここの住民はご主人様のことが大好きだし、ご主人様も皆のことを家族のように思っているから、この場所は平和で居心地のいい場所を維持している。
どっちかと言われれば、私もご主人様のことは好きよ。
でも、その気持ちを正直に受け取っていいものか……まだ私は悩んでいるわ。
「ん、ん……リリーちゃん」
「はいはい。どうしたのご主人様?」
「……これ、あげる」
ご主人様は赤黒い棺桶をごそごそと────って、どこから出したのよそれ!?
棺桶は吸血鬼にとって何よりも大切なものだってことは有名な話よね。
でも、その中を漁って何をしているのかしら。真横だから少し覗いてみるけれど……うわっなにこれ。真っ暗じゃないの。底があるのか無いのか分からないくらい黒くて、不気味で、中を覗いているだけで肌がざわつく。
ご主人様はそんなもの気にした様子もなく、その底に手を突っ込んでいる。
……だ、大丈夫なのかしら。
急に棺桶に引っ張られたり、しないわよね?
「ん、あった。……はい」
「ああ、うん。ありがと──ぉおおお!?!?!??!!!」
手渡されたもののお礼を言って、そこで初めて手元に視線を下ろして、私は、これでもかってくらい驚いた。
絶叫というより発狂に近い。
そのせいでご主人様は耳を塞いで、クロがそのことで私に怒りを向けてきたけど、でも、それほどに予想外なものが手の平の上に乗っていたの。
「こ、こここ、これって、もしかして────!」
漆黒の瞳を模した宝玉を嵌め込んだ指輪。
並の精神力だと意識を失いそうになるほどの濃厚すぎる魔力と、そこから放出される圧倒的な闇。
実物を見るのは初めてだけど、話だけは聞いていた。
遥か昔、今はもう深淵に呑まれてしまった大陸を支配していた『常闇の女帝』が持っていたとされる──邪眼の指輪。
曰く、闇より生み出された神の遺物。
曰く、嵌め込まれた宝玉は女帝の瞳をくりぬいて作られた。
曰く、指輪の所有者は常闇の加護を与えられる。
真相は誰も到達できない深淵にあるため、今まで誰も指輪の存在を確かめることはできず、伝説上でだけ語られていた遺物。それが私の手の平にあった。硬貨を手渡されるくらいの感覚で、ポンッて……。
「真っ黒な指輪。リリーちゃんに似合うと思って……お近づきの印に」
お近づきの印に、とか……よくそんな難しい言葉知っているわね、ってちがーーーーう!
「こんなもの、ど、どこで……!」
「ん? パパがプレゼントしてくれたの」
「そのパパさん何者!?」
「えっと、たしか……前にママが持ってたものだって、パパが言ってたような……?」
ご主人様のお母様は、ご主人様を産んだ時に亡くなっていて、今はシュリが母親代わりになった……と聞いているわ。
つまり、それって────
「お母様の遺品じゃないの!」
「……い、ひん…………?」
ご主人様はいまいちピンときていないのか、首を傾げた。
……ああ、そうだった。
私は数十年くらい人間の街に身を潜めていた時期があって、親族の遺品を手元に置くのが当たり前になっていた。
でも魔物とかそれに近しい吸血鬼って、その文化がないのよね。遺品はその人の死体と一緒に埋めることが魔物達の常識だったから、ご主人様も遺品に関心が無かったのね……。
「とにかくこれは大切な物なの! だから自分で持っていなさい!」
「え、でも……私は使わないし、それに、なんだか…………不気味だし」
あ、不気味だってことくらいは分かるのね。
それは安心安心────できるかぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!
絶叫しながら、卓袱台をひっくり返す。
私の反対側にいたクロがお茶を全部被ったけれど、今はそんなこと気にしてられないわ!
「それでも、よ! この指輪は受け取れないわ! きっとご主人様のお母様も、ご主人様に受け継いでほしくてこの指輪を託したのよ。…………少し、というかすっごく不気味だけど、いつか必ずご主人様の役に立つ日がくるわ。だから私なんかに渡さないで、自分で持ってなさい!」
伝説でしか語られていない指輪を持っているお母様のことだったり、そんな凄いものを不気味程度にしか思わないご主人様の図太さだったり。
色々とツッコミたいことはあるけれど、とにかく今は受け取れない意志だけを強く主張した。
「…………でも、リリーちゃんに、プレゼント……」
途端に落ち込むご主人様。
その目はとても悲しそうで、瞳は少しだけ潤んでいて……。
「そ、そうだ──! ちょうどお願いしたいことがあるんだけどなぁ! ああ今すぐお願いしたいなぁ! 誰か私のお願いを聞いてくれないかなぁああああああ!!!」
「──っ、ん! 何をすればいいの?」
よしっ釣れた!
「魔王軍のみんなの装備を修復してほしいの。ずっと長旅続きだったし、この数だから鍛治職人にも限界があって……そっちの職人さんに手伝ってもらえないかしら?」
「…………ん、えっと……クロ……」
ご主人様は少し困ったように眉を寄せて、クロを見つめた。
これは自分だけの独断で決めていいものじゃないって、それくらいの判断はできるのね。
『彼らも建設ばかりで飽き飽きしている頃だろう。むしろ喜んで協力するのではないか? あとで我の方から掛け合ってみる』
「ん、ありがとう。リリーちゃんも、それでいい……?」
「ええ、感謝するわ。本当に困っていたから、これを聞いたらみんなすっごく喜ぶと思うわ」
私は二つの意味で喜んだわ。
邪眼の指輪なんて身の丈に合わないものを回避できたことと、今まで悩んでいたものが解決したこと。
私はずっと一緒に旅をしてきた魔王軍のことを、本物の家族のように思ってる。
だから彼らが喜ぶことが、私にとって──何よりのプレゼントなの。
クレアママの話を出すのは久しぶりですね。
ママ、いったい何者……?




