6.野営地
久しぶりのお散歩。
最初は私とクロだけの予定だったけれど、フィル先生も一緒にお散歩することになった。
この街に戻ってからフィル先生とはあまりお喋りできなかったから、久しぶりにお話しできて、すごく楽しい。
そうして、みんなでお話ししながら街の外に出ると……少し離れたところに大きな野営地を見つけた。
「クロ、クロ……」
クロの背中をペシペシって叩く。
するとクロはすぐに止まってくれて、どうしたんだって私の方に首を傾けた。
「…………あれ」
指を差したのは、その大きな野営地。
街の近くに設営したって聞いていたから、多分、あれがそうなんだと思う。
あの野営地を見れば、魔王軍ってすごく器用なんだなって分かる。
外部の魔物が入ってこないように伐採した木を並べて防壁代わりにしているし、出入り口の門だって間に合わせにしては立派に見える。
リリーちゃんが言ってた。
「魔王軍は色々な土地を渡り歩いて、その度に野営してきた」って。
何回も作ってきたから、作り慣れているのかな。
そうだとしても、あんな立派な場所をすぐに作れちゃうんだから、すごいな。
「魔王軍のみんなが住んでるところ?」
『そうだ。住居造りが終わるまでは、あそこで滞在してもらっている』
「たまにミランダさんや先輩達と一緒に、食料や消耗品などの配達に行きますが、思いの外いいところですよ」
「へぇー、そうなんだ……」
…………。
……………………。
………………………………。
『気になるか?』
「え?」
『あそこが気になるならば、散歩のついでに寄っていくか?』
クロは私が考えていたことをすぐに察してくれる。
私が魔王軍のみんなの様子を見たいと思っていること、分かってくれたんだ……。
「行きたい。……いい?」
「いいも何も、レア様が行きたいと仰るのであれば、私達はそれに付き合いますよ」
『魔物達からも、一度でいいから主のお姿を見たいと要望が出ていたからな。ちょうどいい機会だ。会ってやるといい』
「……ん」
クロが進行方向を変えて、歩き出す。
少しずつ野営地が近づいてきて、その門の前に辿り着くと同時に、クロが吠えた。
『我らの主──クレア様の訪問だ。門を開けろ!』
すると、門はすぐに内側から開いた。
「これはこれは! クレア様から直々に会いに来ていただけるとは……!」
「よくぞ来てくださいました! 我ら魔王軍一同、あなた様を歓迎いたします!」
出てきたのは武装した魔物が二体。
門番の役割をしているのかな。うちのフェンリルには敵わないけれど、すごく強そうな魔力……。
でも、見た目の割にはすごく優しそう。
私を怖がらせないようにって気を使ってくれているのかな。本来、魔物から溢れ出している魔力は抑えているみたいだし、口調もすごく明るい。…………笑顔も、私が来たことを本心から喜んでいるんだって分かった。
「ん、急にごめんなさい。気になったから寄ってみたの」
「どうかお気になさらず! この土地はクレア様の所有物なのですから、いつ来てくださっても構いません! ──ささっ、こちらへ。リリーの元へ案内いたします」
『その必要はない。主はここの様子見を所望だ。まずはゆっくり回らせてもらう。リリーのところはその後に向かうとしよう。……いいな?』
「了解致しました。何かあれば遠慮なく、近くの者にお声掛けを……。何もないところですが、どうかごゆっくり」
そう言って、門番さんは一歩下がって、私達に道を開けてくれた。
「……いい魔物だったね」
『彼らを指揮しているリリーの影響なのだろうな。魔王軍だからと我々も警戒していたが、中々に親しげのある連中だ』
「ん、すっごい笑顔だった」
『皆、主の来訪を心待ちにしていたからな。ようやくその顔を一目見ることができたのだ。嬉しくて仕方がないのだろう』
そう言われて、素直に喜んでいいのか分からなくなった。
ここの魔物達が私のことを好きでいてくれるのは、私のことを魔王だと思っているから。
でも、そういう理由で好かれるのは、あまり嬉しくない。
私は魔王になるつもりはない。リリーちゃんは、私がいつか魔王になるって確信しているみたいだけど、私は大切な眷属を使って人間と戦争なんてしたくないし、そういう理由で好かれたくない。
私は、私の街が平和であれば──それでいい。
戦争になるってことは、私が魔王としてみんなを指示するってことは、この街が平和じゃなくなるってことと同じだと思う。
だから、私は魔王になりたくない。
そんな理由でここを危険な場所にしたくないから。
「レア様。悩んでおられるのですか?」
フィル先生が顔を覗き込んできた。
すごく心配そうに……。
「顔、出てた……?」
「レア様の考えていることなんてお見通しです……と、胸を張って言えたらいいのですが、今のは分かりやすい顔でしたね」
「…………むぅ……」
考えていたことが顔に出ちゃうのは、悪い癖だ。
そのせいで周りのみんなまで嫌な気持ちにさせちゃうから、頑張って直したいのに……そう意識していても、やっぱり顔に出ちゃうみたい。
「レア様の悩みは重々承知しております。それを理解した上で私から意見を言わせていただけるのであれば」
フィル先生は言葉を区切って、その後、真剣な表情を崩して微笑んだ。
「今は受け入れましょう」
「…………え?」
一瞬、それの意味が理解できなかった。
「魔王軍はレア様こそが魔王だと思い、レア様のことを慕っている。しかし、レア様自身は魔王になるつもりなんて微塵もなく、もし本当に魔王ではなくなった時、彼らに失望されないか不安になっている。──そうですよね」
フィル先生の言った通りで、頷く。
「だったら今は気にせず、彼らの言葉を受け入れればいいのです。下心を持って近づいてくる輩なんて数えきれないほどいます。それら全ての期待を背負うなんて無理な話ですから」
『……ふむ。それはフィンレールの経験談か?』
「その通りです。──利害の一致。それがあるから貴族は繋がっている。誰しもが必ず何かしらの下心を持って近づき、これ以上の利益を得られないと感じた時、それまでの協力関係はいとも容易く崩壊します。貴族の繋がりなんてその程度のものです」
──知らなかった。
フィル先生がいた世界は、そんなに難しいところだったんだ。
「で、でも……ダメだったら、どうするの?」
「どうもしませんよ。協力関係が崩壊すれば赤の他人。これ以上の縁はなかったのだと諦めます」
堂々とした口調で、フィル先生は言う。
「だからそうなる前に、得られる利益は得られるうちに引き出すのです」
『魔王軍が主を魔王だと思い、慕っているうちに我々は魔王軍の軍事力を借り、その代わりとして我々は住居を提供する、と…………なるほど。流石は元王女だな。説得力が違う』
「お褒めに預かり光栄です」
クロは納得したみたい。
でも、
「この考え方、レア様はお嫌いですか?」
「…………ん」
小さく頷く。
だって、お互いがお互いを利用するなんて、悲しいよ。
……ううん。これは甘い考えなんだって、それくらい分かってる。
それでも私は、どうせならもっと良い関係でいられたらいいのにって……そう願っちゃうの。
『ならば今のうちに仲良くなればいい』
そうして落ち込んでいたら、クロがそう言った。
『彼らはまだ主のことを慕っている。その間に我々と友好関係を築けば、たとえ主が魔王にならずとも一緒にいてくれるのではないか?』
「それは名案ですね。それでも尚、彼らが真なる魔王を探すために出て行くことになっても、お互いに後腐れせずに別れることができます」
今のうちに仲良くなれば、リリーちゃん達は出て行かなくなるかも。
もし出て行くことになっても、こいつは魔王じゃなかったのかって、みんなから失望されることにはならない。どっちも嫌な気持ちにならずに、お友達の旅路を見送ることができる。
「でも、できるかな……」
『できる』
「できます」
弱音を吐くと、二人は強く肯定してくれた。
『主が仲良くなろうと思えば、向こうは必ず応えてくれる』
「あなたに自覚がなくても、レア様の魅力は素晴らしいものです。間違いなく親しくなれます」
この言葉は、ただの慰めかもしれない。
でも、二人が「大丈夫」って後押ししてくれた。
……だから……うん。
私もいっぱい仲良くなりたいって、頑張ろうって……そんな気持ちになれたんだ。
クロをペチペチ叩くクレアのFAが見たい人生でした……。