4.お悩み相談
「ねぇ魔王様」
お昼。リリーちゃんは遊びにやってきて、起きたばかりの私の話し相手になってくれていた。
リリーちゃんはほぼ毎日、私のところにやってくるみたい。シュリに怒られたから私が眠っている時は大人しくしてるみたいだけど、私が起きたらずっと喋りっぱなし。
リリーちゃんはすっごく元気で、寝起きにはちょっとだけ……うるさい。
でも、嫌じゃない。
リリーちゃんは沢山面白いお話を知っているから、一緒にお話しするのは楽しい。
ただ、一つ……。
「ねぇねぇ。魔王様ったら」
「……それ」
「ん?」
「魔王様、って呼ぶの……いや」
私は魔王じゃない。
リリーちゃんは私こそ魔王の器に相応しいって言うけれど、私は魔王になりたくない。だから「魔王様」って呼ばれるのは、良い気分じゃない。
「でも魔王様は魔王様だし、私にとってはそう呼ぶのは当然というか──」
そこで部屋中にすごく息苦しい空気が広がった。
心臓を鷲掴みにするような、呼吸を忘れさせるような、そんな重い圧力。
リリーちゃんは「ヒッ」て小さな悲鳴をもらして、大袈裟に咳払いした。
「わ、わかった! 魔王様がそう言うなら、私もそれに従うわ! ……でもそうねぇ。どう呼べばいいのかしら? ────あ! それじゃあこれからは『ご主人様』って呼ぶわ!」
「……ご主人様?」
「そう! 私達は魔王様に忠誠を誓っている。だから将来、魔王様になる貴女にも忠誠を誓っているわ! だからご主人様!」
名案でしょう? と言いたげにドヤ顔された。
「でも私は、まだ……」
「どうせ本当の魔王が現れるまでの短い間だし、魔王様以外なら好きに呼ばせちゃってもいいんじゃないかしら?」
って、シュリが言ってくれた。
…………それでいいのかな。
でも、リリーちゃんがそれで満足してるなら、それでいいんだと思う。
どうせ本当の魔王が現れるまでの短い間。
せっかく仲良くなれたから、それでお別れになっちゃうのは寂しいけど、その間くらいなら『ご主人様』でもいいや。
「ん、それでいいよ」
「ええ! それじゃあご主人様! 改めてよろしくね!」
うん、って返事をするより早く、リリーちゃんは私の手を取ってぶんぶん振った。
「──ヒエッ」
また空気が重くなった。
そしたらリリーちゃんの顔が青くなった。少しだけ手が震えているのは、ぶんぶん振っている以外の理由もあるのかな。
「──そ、そういうわけで! 魔王軍のみんなにも魔王様呼びはやめるよう言ってくるわね! それじゃ!」
「あ、いっちゃった……」
そそくさとリリーちゃんは走っていっちゃった。
そんな彼女と入れ替わるように、誰かが部屋の扉を叩く。
「はーい?」
「失礼するぞー」
あ、ミルドさんだ。
「ミルドさん。おはよう」
「おお、起きてたのかクレア様。おはようさん。久しぶりだな」
「ん、久しぶり。……元気?」
「ご覧の通りだ。おかげで毎日元気にやってるよ」
そう言って、ミルドさんは腕をぐるぐるさせた。
最近見てなかったから心配してたけど……うん、大丈夫そう。
「それで何の用かしら? まさか挨拶しにきたってだけじゃないでしょう?」
「っと、そうだそうだ。少し報告があるんだが、今いいか?」
「ん、大丈夫。聞かせてほしい」
ミルドさんからの報告。なんだろう?
嫌なことじゃないといいんだけど、少しだけ身構えちゃう。
「そう緊張するなよ。……まぁ報告ってよりは相談事だ。今、魔王軍の魔物用に森を開拓しているところなんだが、少し手が足りなくてな。どこかに手が空いている奴がいれば嬉しいんだが……」
魔王軍のみんなを住まわせるための開拓。
今はガッドさん達、ドワーフ族が主軸になって頑張ってくれてる。でも数が数なだけに規模が大きくなっちゃって、今いる職人だけだと手が回らないみたい。
「今のままだと、どれくらい掛かるの?」
「休みなしで一ヶ月ってところだな」
それじゃあ長すぎる。
だってその一ヶ月間は、魔王軍は街の外で野営するってことだから。
街の外は危ないって、クロやシュリ、みんなが言っている。
だから魔王軍をいつまでも街の外に居させるのは危ない。なるべく急いでほしいけれど、みんなに無理もしてほしくない。…………どうしよう。
「あら、それなら魔王軍に手伝わせればいいじゃない」
シュリが当然のように、そう言った。
「だってそうでしょう? ここに住みたいって言う彼らのためにやっているのだから、少しくらいは手伝うのが筋ってものじゃない。どうせ体力も有り余っているだろうし、技術面はガッド達に任せて、彼らには荷運びを手伝ってもらうよう言ってみたら?」
「……そうだな。ぶっちゃけ手伝ってもらえるなら、こっちもありがたいからな」
……すごい。
ミルドさんの相談を、すぐに解決しちゃった。
「早速、頼みに行ってみるわ。ありがとさん。……クレア様も、またな」
「ん、またね……」
手を振られたから手を振り返して、ミルドさんを見送る。
「…………シュリ、ありがとう」
「え? 私はただ助言をしただけよ。感謝されるほどのことは」
謙遜するシュリに、ううんって首を振る。
「私、頭があまり良くないから……さっきの話を聞いても、どうしようって悩んじゃった……」
なのに、シュリはすぐに解決策を思いついた。
これはすごいことなんだ。
「いつも、みんなのお話を聞いてくれて……ありがとう」
「…………クレアちゃん」
頭を下げる。
私はいつも、みんなに頼ってばかり。
だから感謝できる時は、嬉しかった時は、ありがとうって言うんだ。
それが私にできる、精一杯のお礼だと思うから。
「クレアちゃんのためなら、私達は何だってするわよ」
温かいものに包まれる。
シュリが抱きしめてくれたんだ。
「ありがとうと言ってくれて、ありがとう。その言葉が何よりのご褒美だわ」
「…………ん」
私もギュって抱きしめる。
この感触、やっぱり……大好きだなぁ…………。
ミルドさんお久しぶりです、本当に……。