53.私のお友達
ハヤトは勇者の力に目覚めたって言った。
だから私が普通の魔力じゃないって気づいたのかな。
ハヤトは私がエルフじゃないって言った。
私を拒絶したことも含めて、私が勇者の敵側なんだって気づいたのかな。
私がエルフじゃないってことがバレちゃった。
私がみんなに嘘をついていたことがバレちゃった。
──どうしよう。
どうしたらいいのかな。
こういう時、どうしたらいいか……分からないよ。
「レア様に手出しはさせません」
頭を抱えて狼狽する私の前に、先生が立つ。
「……せん、せ……?」
「レア様。ここは引きます。彼らを縛る鎖や、この牢はすでに壊しました。もう十分、自力でここから逃げられるでしょう」
「で、でも……」
「お気持ちは分かります。私とて、一度仲良くなった彼らとは戦いたくない。……しかし、そう甘いことを言っていられないのが現実です。私達は勇者の敵になった。そして勇者は私達の正体を知った。つまりはそういうことなのです」
勇者は魔物を倒して、魔王を倒す。
それは吸血鬼も討伐対象として見られているから、私は──ハヤト達の敵になったんだ。
折角初めてできた友達だった。
やっと仲良くなれたと思った。
……さようならは悲しい。
でも、ここで私がわがままを言ったら、みんなを危険に巻き込んじゃう。だから我慢してその場を去ろうと────
「ま、待ってくれ! 何か勘違いしてるみたいだけど、レアに危害を加えるつもりはないから!」
「…………え?」
ハヤトからの待ったの声。
それに続いたのは、すっごく意外で、想像もしていなかった言葉だった。
「……正直、俺も分からないんだ。レアが本当は敵なんだって分かるのに、レアが本当に悪者なのか分からない。戦いたくないんだ。……何が正しいのか…………分からない。ごめん。すごく変なことを言ってる。俺、勇者なのに……おかしいよね」
私も、分からなくなっちゃった。
ハヤト達は勇者。そして私は魔王……らしい。
これが本当なら私達は戦う運命にあるんだと思う。
でも、やっぱり……戦いたくないって気持ちが強い。
私は別に人間を憎んでいる訳じゃない。
痛いことをするなら、街のみんなに酷いことをするなら、私は頑張って人と敵対するけれど……何もしていない人まで殺したいとは思ってない。
「ううん。おかしくないよ。私もハヤトとは戦いたくないって思う、から……。だってハヤト達は、お友達だもん」
私がそう言うと、ハヤトはハッとした顔になった。
「そう、か……そうだよな。俺達は友達だ。友達は殺しあうべきじゃない。そうだよな?」
「……ん。お友達は大切。戦っちゃダメ」
安心した。ハヤト達と戦わなくて済んだから。
「じゃあ、これで一緒に」
「ごめん。やっぱり俺達は、レアと一緒に行くことはできない」
「……どう、して?」
それでもハヤトは私の手を取ってくれなかった。
さっきみたいな迷いはない。
なのに、どうしてハヤトは一緒に来てくれないんだろう。
「今回のことで分からなくなった。勇者って何なんだろう。レアみたいな優しい子もいるのに、本当に魔物や魔王と戦うことが絶対なのか、って…………だから俺達は旅をしたい。何も知らないこの世界を歩いて、自分達の目で何が正しいのか知りたいんだ」
…………そっか。
ハヤトはちゃんと、考えているんだね。
「ん、分かった」
前にも、こんなことがあったっけ。
あれは私達が召喚された日。勇者としての使命を突きつけられて、今後どうしようかって話し合った時。ハヤト達は自分で自分の行く末を考えて、選択して、決断した。
そして、今も────。
「ハヤトと一緒に行けないのは寂しい。でも、また会える……よね?」
「ああ、絶対だ。次会った時も、全員一緒に笑って今までのことを話そう。俺達は友達だか──らぁ!?」
「ちょっと! なぁに二人で完結してるのよ! レアを独り占めなんて許さないんだから。私も混ぜなさいよ!」
「そうだよそうだよ! 私だってもっと沢山、レアちゃんとお話ししたいんだから! ハヤトくんだからって許さないからね!」
ハヤトに覆いかぶさるように、二人はハヤトの言葉を邪魔してきた。
堅苦しい雰囲気が霧散する。そこにあったのは居心地の良い空気。心許せるお友達との楽しい時間。
この国で最後の…………お話の時間。
「レアのことは絶対、ぜぇったいに忘れないからね!」
「だから私達のことも忘れないでね! いつか必ず、レアちゃんの故郷にも行くから!」
「ん、忘れないよ。──約束」
ミカとユウナ。二人と小指を絡めて、約束する。
忘れない。絶対に忘れてやるもんか。私の初めてのお友達なんだもん。
「……おい。独り占めするなと言っておきながら、仲間はずれか?」
「悲しくなりますね。私も一応、皆様と何度かご一緒したことがあるのですが……」
ハヤトとフィル先生が笑ってる。
こっち来てって手招きして、みんなで手を繋ぐ。
「離れ離れになっても、みんなは大切なお友達。心はずっと一緒」
これは少しのお別れ。
いつか必ず再会して、こんなことがあったねって思い出話にするんだ。
「待ってる。ずっと待ってる。私の故郷で──モラナ大樹海の最奥で」
だから必ず強くなって、自分が正しいと思う道を進んで。
そうやって頑張るハヤト達を、私はずっと──応援してるから。
「ばいばい。ハヤト、ミカ、ユウナ」
どうか元気で。
絶対、ぜったい……また会おうね。
次回の更新で第3章完結です。