52.勇者救出
ロマンコフは死んだ。
炎神が粒子みたいに消えちゃった時に、彼も一緒に消えちゃったみたい。影さえも残ってない。
これが神の力を利用した代償だ、ってシュリは言っていた。
シュリは炎神のことを『雑魚』って評価していたけれど、どんなに弱くても神様は神様。人間が手を出していい存在じゃなかったんだ。
死んだのはロマンコフだけじゃない。
騎士団長のバーグと魔法師団長のマグノリア、その部下達やお城で働いていた人達、フィル先生の家族はみんな、炎神の生贄に捧げられて死んだ。
もうこのお城には、この国の人は誰も生きていない。
だからこの国はもう終わり。統率者や騎士が誰も居なくなった国は、魔物の襲撃に耐えられない。
見捨てるしかない。というのはシュリの言葉だ。
この国にいる人間は沢山いる。その人を全員、私の街に招待することはできない。この国の人間が良い人かどうかも分からないし、急に人間が増えすぎると魔物に悪影響が出るから、シュリの言う通り、見捨てるしかないんだ。
私はそれに頷いた。
フィル先生も…………苦しそうな顔をして、頷いた。
先生はこの国の王女様。とってもこの国を愛していただろうし、助けられるなら助けたいって思っていたはず。
でも、それは難しい。
だから仕方なく、本当に仕方なく……見捨てることを決断したんだ。
「ごめんなさい」
小さくそう呟いた先生の言葉は、聞かなかったことにした。
それはきっと人間だった頃の、王女様として生きていた頃の『フィンレール』を捨てる、全ての別れの言葉だと思ったから。
「それじゃ、早いところ帰りましょう。みんな心配してるわ。クレアちゃんが居なくなって、本当に大変だったんだから」
「あ、もうちょっとだけ……待ってほしい」
もう敵はいないけど、まだ救える人はいる。
──勇者。ハヤト達はまだ捕まったままだ。助けてあげないと可哀想。
ハヤト達のことを説明したら、シュリは見るからに嫌そうな顔をした。
勇者は魔王や、それに従う魔物の天敵。なるべく絶対に出会いたくない相手だから、渋面を作るのは仕方のないこと……なのかな?
だから助けに行くのは少し嫌みたい。
でもハヤト達は私にできた初めてのお友達だから、できることなら助けたい。そう言ったらシュリは渋々、それを了承してくれた。
「私は外で待ってるわ。気をつけて行ってらっしゃい」
ハヤト達がいるらしい地下の監獄。
シュリは入り口でお留守番をして、私とフィル先生だけで行くことになった。
やっぱり、勇者には会いたくないみたい。
「レア様。三人がいるのはおそらく、この奥です」
「ん、分かった」
この奥からハヤト達の魔力を感じる。
でも、すごく小さい。今にも消えちゃいそうなくらい弱っていて、すぐに助けてあげないと死んじゃいそうだ。
そうやってフィル先生にお姫様抱っこしてもらいながら、少し足早に向かった監獄の奥。そこにはとても大きな鎖に繋がれた三人の姿があった。
「ハヤト、ミカ、ユウナ……!」
名前を呼んで反応を待つ。
いつまで待っても反応がなくて、視界がじんわりと歪んだところで、ハヤトがピクッて本当に小さく動いてくれた。
「……れ、ぁ……?」
「っ、ハヤト。ハヤト大丈夫? 助けに来たよ」
私のことは分かるみたい。
でも意識が朦朧としているのか、まだ混乱している様子だ。
「どう、して……来ちゃったんだ。ここは危険だ、から……逃げ」
「大丈夫。もう全部終わったよ。だから逃げるの。みんな一緒に」
「……そう、か…………ははっ、結局……何もできなかったな。勇者なのに恥ずかしい」
「ううん、ハヤト達は頑張ったよ」
ハヤト達が戦ったのは、多分バーグとマグノリア。
あの二人は沢山の魔力が篭った装備をつけていたし、炎神の魔力で強くなっていた。たとえ勇者でも勝てるような相手じゃなかった。ましてやハヤト達はまだ訓練を始めたばかりだから、自分は弱いって自分を責めるのは違う。
そう言ったら、ハヤトは力無く笑った。
「ありがとう。……それでも強くなりたい。俺は勇者だから」
「ん、ハヤトならなれるよ。きっと強くなれる。だから頑張って……でも、無理はしないで、ね?」
これで、少しは気休めになれたかな。
「それじゃあ、助けるね」
私とハヤト達の間は、とっても太い檻で阻まれている。
鍵があれば開けられるけれど、誰が持ってるか分からないし、いちいち探すのは面倒だから──えい、って力づくで檻を壊した。ついでにハヤト達を縛っている鎖も壊しちゃう。
それを見ていたハヤトから「えぇ……」って声が出たけれど、きっとハヤトも頑張ればこれくらいできるようになるよ。……知らないけど。
「…………レア、ちゃ……ん……?」
「あ、ユウナ。気がついた?」
ひどく弱っていたミカとユウナも、縛っていたものがなくなったおかげで目を覚ました。
「もう大丈夫だよ。みんなで一緒に逃げよ」
「……助けに、来てくれたの?」
「ん。全部終わらせてきた。だからもう安心して?」
たしか、棺桶の中に傷を癒すお薬があったと思う。
それを取り出して三人に飲ませると、体中に刻まれていた痛そうな傷跡はすぐに治って、三人の顔色も良くなった。
「では行きましょう。この国はもう終わりを迎えます。早いところ立ち去ったほうが身のためです」
「ん、今度こそ帰ろう」
フィル先生の言葉に頷いて、ハヤト達に手を差し伸べる。
でも、ハヤトは────その手を取ってくれなかった。
「ごめん。俺達は、レアとは一緒に行けない」
「…………え?」
何を言われたのか、分からなかった。
「ど、ぅ……して……?」
「勇者の力に目覚めて、俺も成長したのかな。少しは魔力に……敏感になったみたいだ」
ハヤトは何を言っているんだろう。
勇者の力に目覚めた。それは分かる。ハヤトの中にあった魔力は前よりも強くなっているし、その魔力はハヤトの魂に上手く定着しているようにみえる。
でも、だからどうしたのかな。
どうして勇者の力が成長したことと、私と一緒に行けないことが関係しているんだろう。
不思議に思って、首を傾げた時……ハヤトはこう言ったんだ。
「レア。君は──エルフじゃないよね」
書籍化作業、今のところ順調に進んでおります。
細かな修正と、いくつかのオリジナルストーリーを追加していますので、どうかお楽しみに!
すでにAmazonや楽天などのネット通販サイトで予約も始まっているそうですよ……?(ぼそっ)