51.母は強い
「私も混ぜなさいよ──クソのっぽ」
ブラッドフェンリルの一体。
私がすっごく信頼してる眷属で、私の二人目のママ。
「しゅ、り……?」
「お待たせ。クレアちゃん。遅れちゃってごめんなさいね。元気だった?」
シュリはそう言って、私に笑いかけてくれた。
ああ、間違いない。
シュリだ。やっと迎えに来てくれたんだ。
「って、あらまぁ! どうしたのその顔! すっごく綺麗……!」
一瞬だけ笑いかけてくれたと思ったら、シュリはまたこっちを二度見して凝視してきた。
それから掴んでいた剣を軽々とぶん投げる。自慢の剣をぶん投げられた巨人はバランスを大きく崩して、シュリの背後でみっともなく転んでいた。
それを気にした様子はなく、私に近づいてきたシュリは「キャーキャー」と黄色い声をあげる。
すっごくキラキラした目だ。口角も限界まで上がっていて、さっきまでのすごく怒っていたような雰囲気とは全然違う。
「なぁに、お化粧? クレアちゃんもそういうのを気にするお年頃なのかしら? ……ふふっ、相手は誰? お母さんのところに連れて来なさいな。すぐにこの世から抹消してあげるから」
ほんわかと笑ったと思ったら、次の瞬間には怖いことを言い始めた。
相手って誰だろう?
適当に連れてきたらダメ、だよね……?
「えっと、ね……パーティーがあったの。それに参加してて、お化粧はその時に」
「あらあら! だから着飾っていたのね! ああ、本当に綺麗だわ。破れてなかったら、きっと今以上に綺麗だっただろうに──くぅ! こんなことならミルドの心配を振り切って駆けつければ良かったわ! 私の馬鹿!」
シュリはそう言って、両手で地面を叩いた。
本気で後悔してるみたい。
……うん。
シュリらしいや。
「あ、あの……?」
と、フィル先生が困惑した声をあげる。
シュリの急な登場で置いてけぼりになっちゃったけれど、紹介したほうがいいのかな。
……今紹介しちゃっていいのかな?
「ん? 貴女は誰かしら。クレアちゃんが必死に庇っていたみたいだけど」
「シュリ。この人はフィル先生。この国でいっぱい優しくしてくれたの。すっごく大切な人」
「あらあら。こんなに懐いちゃって……ふふっ。どうも、クレアちゃんの母です。うちの子がお世話になったみたいね。感謝するわ。……本当に、ありがとう」
シュリは笑顔を浮かべて、頭を下げる。
そのあとに先生も慌てた様子で、深々と頭を下げた。
「──あっ、申し遅れました! 私はフィンレールと申します。レア、あ、いや……クレア様の眷属となりました。……あの、クレア様のお母様……なのですか?」
「この見た目じゃ分からないわよね。この子には色々あって、今は私が母親代わりをしているの。血は繋がってないけれど、クレアちゃんへの愛なら誰にも負けないわよ」
ドンッと胸を張るシュリ。
「わ、私だって……! 私だってレア様への愛は誰にも負けません! た、たとえレア様のお母様であっても、負けるつもりはありませんから!」
それに張り合うように、フィル先生も同じ格好になった。
…………あれ?
自己紹介をしていたはずなのに、なんか変になってるような?
「まぁ、威勢がいいのね。生半可な気持ちだったらどうしてやろうかと思っていたけれど、貴女なら大歓迎よ。……でも、まだ認めてあげた訳じゃない。私達を失望させないように、頑張ってね」
「ええ、早くお義母様に認められるよう、精進いたします」
表面上だけは、すっごく平和的な絵面だと思う。
シュリもフィル先生もニコニコしてて、その間に流れる雰囲気も良い。
でも、その後ろには巨人がいる。
剣をぶん投げられて、すごい盛大に転んで、その上無視もされて……とっても怒っている巨人が。
「【おのれ、おのれぇぇぇ! なんだ貴様! 我の邪魔をするとは無礼な女だ。そしてこの屈辱……万死に値する!】」
「……うるっさいわねぇ。折角の再会だってのに水を差さないでくれる? ただでさえクレアちゃん成分が不足して苛々しているのに、ほんと耳障りだわ」
どっちかと言えば、邪魔をしたのはシュリのほうだと思うけれど……それは言わない。
「クレアちゃん。話したいことは沢山あるけれど、ちょっと待っててくれる? すぐにあのデカブツをぶっ壊してくるから。クレアちゃんはそこの彼女を守ってあげて」
「ん、行ってらっしゃい」
「ちょっと待ってください! あれと戦うおつもりですか!? 危険です! 今すぐお逃げください!」
フィル先生は、あれと戦うことに反対みたい。
そう言えばさっき、あれのことを知っているような口ぶりだったけれど……あれが何なのか分かっているのかな。
「あれは我が国に封じられていた神です」
「「……神?」」
「はい。古の時代、神と魔の争いがありました。その時に世界を燃やし尽くそうと暴れた神──炎神ストルムが、あれなのです」
とっても昔にあった神と魔の争い。
…………それって神魔大戦のこと、なのかな?
その時に悪いことをした神様がこの国に封じられていて、ロマンコフはそれを復活させちゃったってこと?
「神魔大戦、ねぇ……」
「はい。今はまだ不完全とは言え、あれは紛れもない神。私達の力でどうにかなる相手では」
「よしっ。それじゃあ行ってくるわね。火傷したら大変だから、クレアちゃん達は少し離れていなさい」
「ん。分かった」
「話を聞いていませんでしたか!? あれは神で、私達の力では……!」
シュリは腕を伸ばして軽い準備運動をしながら、巨人の足元まで歩く。
「ああ、もうっ! レア様、貴女からも何か言ってください! あれでは貴女のお母様が死んでしまいます!」
「ん、準備運動は大切。するのとしないのとじゃ、その後の動きやすさが全然違う」
「そうじゃなくて!」
フィル先生は困ったように声を荒げて、今も偉そうに立ちはだかる炎神を指差した。
「あれは神です! レア様のお義母様がいくら強くても、神が相手では……!」
「……んー、大丈夫だと思う、よ?」
「なぜそう言い切れるのですか!」
神様って聞くと、きっとすごいんだろうなって思う。
でも、どうせ人間に封印された程度の神様なら、シュリの敵じゃない。
だってシュリは────
「【なんだ貴様。我が炎神ストルムと知っても尚、我に歯向かうつもりか?】」
「ええ、そうよ。だからなに?」
「【フハハハハハッ! 馬鹿な女がいたものだ! ならば貴様から我の糧にしてやろう!】」
大きな剣が振り下ろされる。
さっきのは偶然だと思っているのか、迫力はさっきと変わらない。
「その攻撃、飽きたわ」
剣とシュリがぶつかって土埃が舞う。
それが晴れた時、やっぱりシュリは片手だけで剣を受け止めていて、それを目撃したフィル先生と巨人からは、同時に「【は?】」という困惑の声が鳴った。
「小神如きが、誰の許しを得て私の前に立っているのかしら」
ピシッていう音がした。
よく見れば巨人の剣には亀裂が走っていて、シュリが掴んだところからそれは大きくなる。
やがて、それは全体まで広がっていって──大きな剣は綺麗に砕けた。
無数の粒子が宙を舞う。それに動揺を隠せなかったのは巨人だけじゃない。隣にいる先生も何が起こったのか理解できずに、呆然とその光景を眺めていた。
「【な、なんだ。なんなのだ貴様!?】」
「私が何者か、って? ……いいわ。どうせこれが最後になるのだし、冥土の土産に教えてあげる」
シュリはゆっくりと腕を振りかぶって、最大限まで振り絞った拳で巨人の片足を殴る。
たった一撃で片足は木っ端微塵に破壊されて、巨人は倒れる。
その巨人の顔が落下した先には、再び拳を握りしめた状態のシュリがいて────
「契約の主、クレア・クリムゾンの忠実なる僕──ブラッドフェンリル」
「【っ、その、名は……!】」
「覚えた? ならばもう死になさい。また私達の邪魔をするなら、今度こそ絶対に許さないから」
真っ直ぐに突き出されたパンチが、巨人の顔面に突き刺さる。
それは私達の前方にあった大きな山すらついでに吹き飛ばす衝撃になって、巨人の首から上をごっそりと綺麗に消滅させた。
「あんた程度の神、あの戦いで数えきれないほど滅ぼしてきたわ。……御愁傷様。恨むなら自分の悪運を恨むことね」
「【…………ありえ、な……ぃ……】」
最後にそう呟いた巨人は、少しづつ魔力の粒子に変換されていった。
これで終わり。
クーデターを引き起こした主犯格は死んで、その配下達も全員犠牲になった。
彼らの計画は呆気なく終わった。
シュリの言葉を借りる訳じゃないけれど、シュリが都合よく迎えに来ちゃった彼ら自身の悪運を呪うしかない。
「さ、これで邪魔者は居なくなったわね。そろそろ帰りましょっ、私達の街に!」
くるっと振り向いたシュリは、それはそれは良い笑顔を浮かべていた。
「……なんなのですか、貴女のお母様は」
フィル先生はまだ呆気に取られていて、ペタリと地面に座ってそう言う。
「ん? シュリはシュリだよ」
とっても優しくて、とっても強い。
でも、怒る時は誰よりも怖い。
私の、自慢のママだ。
あと2、3話くらい投稿して3章終わりです。