50.クソのっぽ
長いです!
先生が頑張って戦ってる。
でも、まだ吸血鬼になったばかりだから、体の変化に慣れていなくて苦戦してるみたい。
それに加えて、変な魔力で強くなった沢山の人間がいるんだ。
先生一人でこの数を相手にするのは難しい。だから私が頑張らないと、って思っていても……マグノリアが邪魔してくる。
「アッハッハッ! ほんと、いい気味……。あんな偉そうなこと言っていたくせに、この程度?」
真上からうるさい声が降ってきた。
私を完封していることに気持ち良くなってるのかな。口調が少し偉そうになっていて、戦闘中なのに、すっごくうるさい。
だから、隙だらけなんだ。
「──ヒギィッ!?」
マグノリアの体が前のめりに傾く。
後頭部に私の魔弾が直撃して、動きが固まったところで私は拘束から抜け出した。
「この、っ……! 卑怯な手を!」
怒ってるみたい。
どうして怒られなきゃいけないのかな。戦いの中で油断した人が悪いのに。
……まぁいいや。こんな人に構っている暇はない。早くここを終わらせて、先生を助けに行かなきゃ。
そう思って棺桶を呼び出そうとした時、その人はやってきた。
「おや、まだ生きていましたか」
爽やかな笑顔を顔に貼り付けて、ゆっくりと演習場の中に入ってきた髭の男。
それは私も良く知っている人。
この国に来て、一番最初に会話した男の人だ。
「……ロマンス、さん」
「ロマンコフです。誰ですかそれ」
間違っちゃった。
やっぱり人の名前は覚えずらいな。
「こんにちは。勇者様がこんなところにいては危険ですよ? 私達と共に安全なところへ行きましょう。……さぁ」
ロマンコフが手を伸ばした瞬間──それは腕の付け根から綺麗に消失した。
「レア様に近づくな!」
私とロマンコフの間に立つように、先生が現れた。
クーデターの主犯がのこのことやって来たから、全部を後回しにして私を守りにきてくれたみたい。
先生は普段の穏やかな表情からは考えられないほどの怖い顔で、ロマンコフのことを睨みつけてる。でも、この人が全ての元凶で、この人の命令で先生の家族や親しい人達を全員殺されたんだと考えれば、そうなるのも仕方ないよね。
「おやおや。これはフィンレール様。ご機嫌麗しゅう」
ロマンコフは笑っている。自分の腕が無くなったのに表情は変わらなくて、痛みに耐えている様子はない。付け根からは血も出ていないし、すごく不気味。……まるで人間じゃないみたい。
ううん。もう人間じゃないんだ。
彼の全身には変な魔力が流れてる。マグノリアや他の人達に宿っている魔力を、もっと濃厚にしたような魔力。きっと彼が何かしたことで、この変なやつが発生したんだ。
「…………ロマンコフ。それは何ですか。その力は一体!」
異質すぎる魔力は、先生も気づいたみたい。
警戒したように彼のことを注視してて、私に一瞬でも触れさせないという意思を感じた。
「……おや、分かりますか? いやはや、流石の私も年には敵わなくてね。クーデターには成功したものの、不安定な現状では他国からの侵攻が怖い。だから私も力をつけようかと思いまして、少し借りてきたのですよ」
「借りてきた? ──っ、あなたまさか!?」
どうしたの? って聞くことはできなかった。
そう口を開く前に、ロマンコフから感じる変な魔力が急に爆発して、私達はその余波で吹き飛ばされたから。
「私は最強の力を手に入れた。……しかし、こいつは中々のじゃじゃ馬でね。まだ完全に従えることは出来ていないのです。だから数多くの生贄を捧げてやったのですが、それでも足りないと文句を言ってくる。本当に困ったものです」
……………………え?
今、なんて?
生贄を捧げた?
それってまさか、お城の中で死んでた人達のこと?
力を得るため?
その力を従えるために、あの人達は殺されたの?
「──貴様ぁああああああ!」
「っ、先生! だめ!」
激昂した先生が飛び出す。
すごく速い。魔法で身体能力も強化してるみたいで、私も一瞬、その姿を見逃しそうになった。
でも、ロマンコフは動じていない。
先生の全力を見ても尚、不敵に笑って先生を迎え撃つように手の平を向ける。
──嫌な予感がした。
だから先生に戻ってくるよう言ったけれど、もう遅かった。
「哀れなり」
先生に変な魔力が纏わり付いた。
そう思ったすぐ後、先生の体は真っ赤に燃え上がった。ただの炎じゃない。青白い不気味な色をしていて、魔法とはちょっと違う感じがする。
「ぐ、あ──ァアアアアア!!!」
吸血鬼はほとんどの攻撃に耐性を持ってる。
なのに、先生は苦しそうな声を出して、炎から逃げるように身を捩っている。ただの人間にできることじゃない。……ならやっぱり、その力は異常なんだ。
「……ふぅ、痛めつけるのはこれくらいでいいでしょう」
ロマンコフがパチンッと指を鳴らせば、青い炎はふっと消えた。
「っ、先生! 大丈夫?」
「…………申し訳、ありません…………お見苦しい、姿を……くっ」
先生は全身に酷い火傷をしていた。
でも、吸血鬼の再生能力はすごいから、すぐに火傷痕は治ってくれた。
ロマンコフが手加減してくれたんだ。
もしこのまま全身を焼かれ続けていたら、吸血鬼になった先生でも危なかったと思う。
「ふっ、これで私の力は理解しましたか? どうです。素晴らしいでしょう! しかし、まだまだこんなものではありませんよ? この力はもっと凄まじい力を秘めている! この力があれば私は何でもできる。この国だけではない。いつかはこの世界すらも支配して────」
「くだらない」
「…………今、なんと?」
「くだらないって、そう言ったの。そんな汚い魔力なんか手に入れたところで、あなたは何にもすごくない」
だって、どうせそれは借りた力だ。
ロマンコフ自身の力じゃないから、それで威張られたところで何も思わないよ。
「あなたは弱い。──かっこ悪い」
だから言ってやった。
あなたは何もすごくないって。他人の力を借りて威張ってる人は結局弱いままだし、かっこ悪いって。
「……………………ふっ、ふふっ、あはは! そうですかそうですか。私は弱いと。貴女はそう仰るのですね? この力を見て、まだ、足りないと────ふざけるなっっっ!」
ロマンコフは叫ぶ。
「ならば私の全力を見せてやる! ここの全てを生贄に捧げることで、ようやくこの力は完成するのだ! ──貴様ら! 【我】のためにその身を捧げるのだ!」
その時、演習場の中にいた人間全員に炎が纏わり付いた。
「え、ちょっと何よこれ!?」
「ロマンコフ! どういうことだ。これでは話が違うだろう!」
同じ主犯格だった二人も炎に包まれていて、苦しい呻き声を上げなから「話が違う」って叫んでいる。
でも、ロマンコフの耳にはそれが届いていない。もう生贄を捧げることしか頭にないみたいで、生贄を捧げろ、生贄になれ、って狂気に満ちた笑い声をあげている。
暴走してる。
これはもう、止められない。
でも、助けようとは思わない。
結果的に人間達は可哀想なことになったけど、この人達もいっぱい酷いことをした。罪のない人を沢山殺したんだから、わざわざ助けてあげる義理はないもん。
「いや、いやぁあああ!!! まだ死にたくない! 私はこの力で、賢者を──!」
「認めん。俺は認めないぞ! ロマンコフ! 今まで協力してやっただろう! なのに裏切るのか!? ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな! ふざけるなぁァアアアアアアアああ!!!!」
炎に焼かれて、最後まで苦しみながら死ぬ。
それはきっと最悪の死に方。普通なら絶対に耐えられない、一番苦しい死に方だ。
「ふふ、はは、フハハハハ!!! いいぞ。いいぞいいぞいいぞ! 力が漲ってくるのを感じる。素晴らしい。我はこれでようやく、真なる姿に……!」
そこで変化が生じる。
ロマンコフの体が膨張して、どんどん大きくなって、その姿は──青白い炎を纏った巨人に変わっていった。
「【おお、おお! 感じる。感じるぞ! この力さえあれば、我は今度こそ……唯一なる神へと成るのだ!】」
目的が変わってる。
もうあれにロマンコフの意思は残ってないみたい。
「【まずは貴様らだ。喜べ。我を愚弄した貴様らは、この我がこの手で直接──殺してやろう!】」
ロマンコフは──巨人は手元に青白い炎を生み出して、やがてそれは剣の形になった。
とても大きな剣だ。このお城を簡単に両断できそうなほど大きくて、とても熱そうな見た目をしてる。当たったら危ない。私はともかく、先生は一瞬で蒸発しちゃいそう。
「先生。逃げよう」
ここで戦ったら先生が危ないし、お城の地下で捕まってるハヤト達、この国に住んでる人間達も巻き込まれちゃう。
だから逃げる。
あの巨人から逃げられるか分からないけど、逃げなきゃ。
「【逃さぬ。貴様らはここで死ね!】」
巨人はそう言って、とても大きな剣を振り下ろしてきた。
思った以上に速い。
先生を抱えて逃げ切るのは難しそう。────なら、
「ん、っ!」
「……レア、様?」
剣から先生を庇うように、私は立つ。
「レア様いけません! 私なんか捨てて、どうか貴女だけでも逃げてください!」
「やだ」
「レア様!」
「──やだ! 絶対、ぜったい、一緒に帰るの!」
先生を置いて逃げるくらいなら、私は戦う。
耐えられるかは分からない。
でも、ここで頑張らなきゃダメだって理解してるから、私は逃げない。
先生を助けるためなら何でもするって決めたんだもん。
「────っ!」
とても大きな剣が迫ってくる。
それがちょっとだけ怖くて、私はキュッと目を瞑った。
…………。
……………………。
………………………………。
来ない。
いつまで経っても、その衝撃はやって来ない。
少し不思議に思った。
あの巨人が途中て止めるなんて考えられなくて、おかしいなって少しづつ目を開ける。
そこには女の人が立っていた。
「急いで来てみれば、随分と面白いことをしてるわね」
大地を叩き割るほどの大きな剣を片手で止めたその人は、ゆっくりと口を開く。
紫色に近い黒髪は、その魔力に当てられて不機嫌そうに揺れていた。
いつも優しく見守ってくれていた瞳は刃物に似た鋭さがあって、いつも愛を囁いてくれていた心地良い声も、今だけは地の底から鳴り響いたかのように低かった。
見覚えのある姿。
それは、私がずっと、ずぅっと……待ち望んでいた姿。
「私も混ぜなさいよ──クソのっぽ」




