46.何者か
先生はまだ生きている。
それを知った時、私はすっごく嬉しかった。
でも、もうすぐで死んじゃうって言われた時、私はとても迷った。
先生が死んじゃうのは嫌だ。
このまま何もしないで、大好きな人が死んでいく姿を見ているだけなのは、嫌だ。
──先生、ごめんなさい。
私は心の中で先生に謝った。
これは私の独断。『先生を失いたくない』という私のわがままで、先生の運命を捻じ曲げることへの謝罪だ。
「……何を、してるのよ」
背中に投げかけられるマグノリアの声。
それはとても戸惑っていて、混乱していて…………でも、それに答えてあげるつもりはない。そうしてあげる義理もない。
まずは先生が一番大事。
だから私は、その人の全部を無視して吸血し続けた。
「……ん、ぁむ……はむはむ、おいし……」
初めて味わうフィル先生の血は、とても美味しかった。
今まで飲んだもので一番、かも……? そう思うほど美味しくて、ずっと吸っていたい気持ちになる。
でも、それは我慢。
血を吸い尽くしちゃったら今度こそフィル先生が死んじゃうし、そうなったら私がやろうとしていることが出来なくなっちゃう。
だから我慢する。
そう思って頑張っていたのに、それを邪魔しようとする人がいるんだ。
「無視、するんじゃないわよ!」
一瞬だけ感じた、とても濃厚な魔力。
それは真っ直ぐ私のところに飛んできて、頭を撃ち抜いた。
意識が飛ぶ。
でも、すぐにそれは治った。
ちょっとだけ痛みは残っているけど、大丈夫。吸血を止めるほどじゃない。
ちらっ、てマグノリアに振り向いた。
彼女は信じられないものを目にしたと言いたげに目を見開いていた。
「……邪魔しないで」
次は許さない。
そう付け加えて、私はまたフィル先生の首筋に噛み付いた。
「先生、はむ……起きて」
血を吸う。
味わったご飯の代わりに、私の魔力を流す。
それを何回も繰り返して、そろそろかなって思った時、フィル先生の体に変化が起こった。
大きく抉れたお腹が再生していく。
青白くなっていた先生の顔に赤色が戻ってきた。
ほとんど聞こえなかった呼吸音も安定してきて、今はとても落ち着いた様子。
そして────
「……ん、お帰りなさい」
閉じていた目が、ゆっくりと開いた。
そのまま体を起こした先生は、自分の体を見下ろして目を白黒させている。まだ状況を理解できてないみたい。
「レア、様? ……あれ、私、どうして……?」
「先生。大丈夫? 体、痛くない?」
ペタペタって体を触る。
……ん、魔力の循環は問題なし。私のことも分かっているみたいだから、記憶のほうも大丈夫みたい。
「せんせ、歯……見せて?」
「え? 歯を、ですか?」
戸惑いながらも、先生は口を開けてくれた。
そこに今までなかったもの……私と同じ尖った歯が見えた。
やった。成功した。
これで先生は私と同じ種族になった。
『吸血鬼』になったんだ。
「先生、気分はどう?」
「……不思議な感覚です。まるで生まれ変わったような…………いいえ。文字通り、私は生まれ変わったのですね」
体の変化には気付いてるみたい。
先生は頭がいい。きっと、もう何もかもを理解しているんだね。
「ん、先生は吸血鬼になったの。……ごめんなさい。先生に死んでほしくなかった、から……勝手に」
こつん、って頭を叩かれた。
先生を見上げると、それ以上は何も言うなって顔をしてた。
「私は、レア様に生かされました。そのことに感謝はすれど、責めるつもりはありません」
「……先生」
微笑んだ先生は、私の前で膝をついて首を垂れた。
「レア様。いえ、クレア様。私の命を救ってくださり、ありがとうございます。私はこれより先、貴女様の手足となり、救っていただいたこの命の全てを貴女様に捧げると誓います」
「……ん、ずっと一緒」
「ええ、貴女様が私を必要としてくれる限り、私達はずっと一緒ですわ」
先生の体を抱きしめる。
先生はいつも通り、優しく抱き返してくれた。
…………温かい。
この温もりが消えなくて良かったって、心からそう思う。
「あ、ありえない……! ありえないありえないありえないぃぃぃ!」
と、私達が感動しているところに、邪魔が入った。
発狂しているような耳障りな声。フィル先生もうるさそうに顔を歪めている。先生はまだ吸血鬼になったばかりだから、強くなった聴覚に慣れてないと思う。だから余計にうるさく感じるんだ。
「どうして吸血鬼がここにいるのよ! しかも眷属を作り出すなんて、そんなの、真祖にしか……何なのよ。何なのよアンタは!?」
何なのって言われちゃった。
こういう時って、名乗ってあげたほうがいいのかな。
ううん。面倒臭いからいいや。
それにこの人は先生を殺そうとした。
先生が助かったから許すなんて、そんな甘いことは言わない。
だってこの人、今もずっと……こっちに向けて敵意を向けてくるんだもん。
放っておいたら、また何か邪魔してくる。
それなら、今のうちに──
「っ、【惑わしの灯火】!」
すっごい眩しい光が廊下に広がった。
反射的に目を瞑って、少しした後に目を開いたら……もうマグノリアはそこに居なかった。
まだまだ続きますよ(ボソッ)




