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45.小娘(マグノリア視点)


 こいつだけは危険だと思った。


 ──魔力の可視化。

 それが可能な魔法使いは、例外なく、いずれ高名な魔法使いになる。


 だから油断しているところを狙った。

 結果は失敗に終わったけれど、どんなに高名な魔法使いでも、あの数の騎士を相手にした後では疲れも溜まっているはず。一人を排除できただけでも上々だと思った。


 でも、その行動は──私を不利にさせる逆鱗に触れてしまったのだと、そう気づくのに多くの時間を必要としなかった。


「絶対に、許さない……!」


 暴走気味の魔力をこれでもかと荒れ狂わせ、鋭い視線を私に向ける──亜人。

 あれほどの魔力を解き放った後だ。疲れているはずなのに、もう力は残っていないはずなのに、どこからそんな魔力が出てくるって言うの!


「……ふざけんじゃ、ないわよ」


 私は天才なの。

 亜人如きが、小娘が、私以上の魔力を持っているですって?


 そんなの認めない。

 そんなの、絶対にありえない!


 私は天才だ。生まれた時から誰よりも魔法の扱いに長けていた。将来有望な魔法使いになると誰もが言った。だから私も、それに恥じないよう努力してきた。同じ魔法使いを目指す人達に負けず、学者にも負けず、常に私は一番の座をほしいままにしてきた。


 それが、こんな亜人に負ける?

 ムカつくくらいに身勝手で、ムカつくくらいに適当な、この亜人に?


「──ふざけんじゃないっての!」


 私以上の魔力を持っていたとしても、所詮は魔法を覚えたばかりの小娘。

 何十年と魔法の研究をし続けてきた私には勝てない。天才と呼ばれた私が、毛が生えた程度の奴に負けるなんて、そんなのあり得ない!


「【縛れ・蝕め・搔き毟れ──その内から食い荒らせ】」


 口早に魔法詠唱を終える。

 私の魔力を編んで組み合わせた束縛の魔法。それは動きを封じ、触れた箇所から毒で体内を蝕む魔法だ。


 この亜人は危険だ。

 ……悔しいけれど、油断して勝てる相手じゃない。


 だから私が持つ半分以上の魔力を込めて、三重で放った。


「…………ん」


 それは確かに亜人の体に巻きついた。

 これでもう動けない。束縛から逃れようとするほど締め付けは強くなって、毒の周りも早くなる。


「アッハッハッ! 何が『許さない』よ! クソガキが、この私に歯向かおうだなんて身の程知らずな」

「えいっ」

「の、よ…………はぇ?」


 パリン、という音がした。

 同時に信じられないものが私の視界に移った。それは私が放った魔法が、やる気のない声と共に破られる、悪夢のような光景だった。


「は? え? ちょ、何よ、いまの……は…………」


 確かに魔法は完成していた。完全にその身を縛ったはずだ。

 なのに、どうして動けているの? どうして、何も無かったかのような仕草で、私を睨みつけているの?


「あ、あんた……何をしたの!?」

「? なにって、邪魔だったから……壊しただけ?」


 ────は?


 壊した? 邪魔だったから壊した?

 そんな簡単に破れるような魔法じゃなかった。あれは上位の魔物すらも縛るほどの拘束力があった。ただの亜人如きに、どうにか出来る訳──。


「あんた何者!? 一体、なんなのよ!」

「それを話して、どうするの? ──どうせ死ぬのに」

「っ!?」


 その瞬間、私は悟った。

 こいつには勝てない。この化け物には、私じゃ────


「ま、待って! 待ちなさい!」


 一歩、また一歩と確実に近づいてくる亜人を手で制する。

 戦うのはまずい。私はこんなところで死んでいい人間じゃない。私はこの先、もっと有名な魔法使いになる。賢者すらも超える魔法使いに……。そのためなら今は、潔く負けを認めてあげるわ。


「ほんの出来心だったの! 貴女達を殺すつもりなんてなかった。ただ、ちょっと……どれほどの実力があるのか確かめようと思っただけで、そう! 貴女を試していたのよ!」

「……………………」


 亜人は、歩みを止めない。


『死』が近づいてくる。

 決して逃げることのできない、明確な終わりが。


「っ! ふ、フィンレール様が死んだことに怒っているなら、私の話を聞きなさい! 今ならまだ助けられるわ!」

「…………、……」


 歩みが止まった。

 そのことに内心ホッと安堵の息をもらし、私は言葉を続ける。


「落ち着きなさい。まだフィンレール様は死んでない。今は気絶しているだけ」


 嘘じゃない。

 まだフィンレールは生きている。

 ……ただ、あの出血量だ。このまま何もしていなければ確実に死ぬ。


 保ってあと1分と言ったところかしら?


「私は光属性の魔法も使えるわ。だからフィンレール様を治すこともできる。私を見逃してくれるなら、その命を助けてあげるわ!」

「……先生、まだ死んでない?」

「ええ! ……でも、もうすぐ死んでしまうわ。悩んでいる暇はないのよ。さぁ!」


 悪くない条件だと思う。

 この亜人は、フィンレールにとても懐いていた。

 彼女を殺した私が憎いのなら、私が彼女を治してあげれば見逃してくれる。そうすれば私はまだ生きられる!


「…………そっか」


 亜人は地面に横たわるフィンレールを眺め……笑った。


「先生、フィル先生」


 フィンレールの側まで歩き、膝をつく。

 そして──


「先生、起きて」


 その首元に、噛みついた。


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― 新着の感想 ―
[一言]  あら?  噛みつくのは諸共を終わらせてからだとおもっていたら、もうやるのね~。
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