44.うるさい
廊下で繰り広げられる攻防戦。
私とフィル先生。それに対するのはこの国の騎士団と魔法師団、その全て。
明らかに私達が不利な状況。
でも、不思議と負ける気はしなかった。
私が誰よりも強いからじゃない。
先生が一緒だから。一緒に戦ってくれるから、負ける気がしないんだ。
「私が大勢を足止めします。レア様はその隙に、無力化を!」
「ん、分かった」
私の魔弾は、各個撃破に向いてる。
連続で撃つことはできるけれど、それでも属性の魔法に比べたら範囲は弱い。
だから先生が範囲攻撃で騎士達を足止めして、それを突破してきた人を私が魔弾で撃ち抜く作戦になった。
それでも、やっぱり相手は王国の精鋭。
私の魔弾なら一人一人確実に倒せるけれど、先生が放つ威力じゃ火力不足になっちゃう。
最初は足止めが効いていた。
でも、時間が経てば経つほど先生の魔力は無くなっちゃって、少しづつ魔法の威力も下がって、騎士の足止めも難しくなっていた。
「は、ぁ……はぁ……くっ」
先生の表情が悪い。
深い傷は負ってないはずなのに、今にも倒れちゃいそうだ。
魔力を使いすぎたら、魔力が枯渇する。
枯渇した状態で使い続けたら今度は体に影響して、頭痛や吐き気、気絶、それを繰り返していると最悪の場合死んじゃうって、トロネが言っていたような……。
先生は今、その魔力が枯渇した状態なんだ。
火属性の魔力は広範囲で威力が高い分、魔力の消費が難しいって授業で教えてもらったっけ。先生はそれを連発していたから、もう限界がきちゃったんだ。
「先生。もう大丈夫。あとは私がやるから」
「……い、ぇ……まだ、やれます」
「ううん。先生はいっぱい頑張ってくれたから、十分だよ。……ありがとう」
先生はずっと私のために走ってくれた。
限界が来ても諦めなくて、一度だって私を置いて行こうともしないで、ずっと必死に頑張ってくれていたんだ。
だから、今度は私がお返しする番。
私がフィル先生を助ける番だ。
「先生。……目、閉じてて?」
「え?」
「すぐに終わらせる。だから──信じて」
先生はすぐに目を閉じてくれた。
私が色々な嘘を言っているって知っているのに、すぐに信じてくれた。
それが嬉しかった。
やっぱり先生は大好きだなって、再確認もできた。
「だから、もう……手加減しないの」
魔力を解放する。
強すぎる魔力は人を恐怖させる。
濃厚すぎる魔力は人の意識すら奪う。
クロはそれが得意だった。
私はクロよりも強い。
なら、私にも同じことができると思った。
「もう、邪魔しないで」
たじろぐ人間達を睨みつけて、警告する。
これ以上、先生を傷つけるつもりなら、許さない。
これ以上、先生を殺そうとするなら、私もみんなを殺す。
だから────
「邪魔しないで!!!!」
魔力が吹き荒れる。
それを直に受けた人間は、簡単に意識を手放した。
次々と倒れていく邪魔者を見て、もう誰も立っていないことを確認して、やっと私は安心して後ろを、先生を見た。
「先生。終わったよ」
「……レア様?」
先生の声は震えていた。
私の魔力を直視していなくても、濃厚すぎる魔力に当てられちゃったんだ。
「……ごめんなさい。私がもっと早く本気を出していれば、先生がこんなことにならなかった、のに…………」
だから、ごめんなさいって謝る。
色々と言いたいことはあるんだと思う。言い出したらキリがないんだと思う。
「…………レア様」
私は怒られる覚悟をした。
先生に怒っているなら受け入れる。
でもちょっとだけ、怖いから……目は瞑るけど。
「こらっ」
こつん、と叩かれた。
…………あれ?
「?」
「何をキョトンとしているのです? その顔とても可愛いらしいですが、そんな目で見つめられても、私は許しませんからね。……ごめんなさいは?」
「えっと、ごめんなさい……」
「はい。許しました」
「…………???」
とっても早い手の平返しに、私は目を白黒させた。
「ふふっ、申し訳ありません。あまりにもレア様が可愛くて、少しからかってしまいました」
「……怒って、ないの?」
「いいえ? 怒っていますよ? どんな理由があっても嘘はいけません。先程の拳骨はその制裁です」
さっきの拳骨、って……でも、全然痛くなかった。
「わ、私、いっぱい嘘ついた。今も嘘を言ってる。沢山悪いことをしたの」
「そうですか」
「……それだけ?」
「ええ、それだけです。それがなにか?」
先生は、当然だと言うように言い切った。
「そんなに怒られたいなら、後でいっぱい怒ってあげます。だから今は逃げますよ。彼らが目覚める前に、さっさとこんなところから出ちゃいましょう」
「…………うん!」
先生が手を差し伸べてくれる。
私はその手を──
掴めなかった。
「──え?」
視界が赤色に染まった。
中に舞うのは真っ赤な液体。それは先生の体から出ていた。
「レアさ、ま……」
先生の体が横に傾いて、倒れた。
べちゃって音がした。大きく抉れた先生のお腹から、どんどん血が流れている。
「……せんせ、ぇ……?」
どうして倒れているの?
ダメだよ。早く逃げないと、また誰か来ちゃうよ。
歩み寄って、体を揺さぶる。
なのに、先生は動いてくれない。
呼吸はしてる。
まだ生きてる。
でも、この出血量じゃ……死んじゃう。死んじゃうよ。
「アッハッハッ! 無様ですねぇ、第一王女様?」
耳障りな笑い声が聞こえた。
ゆっくりと誰かが近づいてくる。それは見た目が派手な女性だった。
見覚えは、ある。
何度かこの城で見た。
でも、あっちは私のことをすごく嫌っていたから、あまり話したことはなかった。
それは多分、この惨状を引き起こした張本人の一人。
この国の魔法師団。その中の一番偉い団長。ミカとユウナに魔法を教えた人。
────マグノリア。
「これで邪魔者は消えた。あー、すっきりした。──アハッ、アハハッ! ずっと前から生意気で気に食わなかったのよねぇ。やっと死んでくれたわ。油断してくれてありがとう。アハハハハハッ!」
「………………」
一緒に逃げるって言った。
いっぱい怒ってくれるって言ってくれた。
だから、起きて。
その顔で、その声で、私をまた叱ってよ。
「随分頑張っていたみたいだけど、全部無駄だったわね。……勿体ない。亜人なんかに味方しなきゃまだ生きていられたってのに、本当に馬鹿な小娘」
「…………………………」
お願い。お願い、だから……死んじゃ、いや。
「それじゃあ、さっさと亜人も回収しちゃいましょう。……ああ、抵抗しないほうが身のためよ? お前も、そこの女みたいになりたくはないでしょう?」
「……………………」
「ちょっと、何か言ったら」
「──うるさい」
ギュって、先生を抱きしめる。
私に優しくしてくれた人。大好きだった、とても大切な人。
最後まで、私を信じてくれた人。
頬に唇を落として、ゆっくりとその体を降ろす。
「……生意気。あんたもそこに転がってる小娘も、本当に生意気な奴ばっかり。もううんざりする! 私を誰だと思ってるの? 私は天才よ! 誰よりも魔法に長けた天才なの! この国に眠っている知識を蓄えれば、いつかは賢者を超えることだって──!」
うるさい。
うるさい。
うるさい。
うるさい。
何もかもが耳障り。
この人の言動全てが嫌いだ。
「許さない」
どんなことがあっても、この人だけは────
「絶対に、許さない……!」
#フィル先生を救いたい