43.絶対に嫌だ
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「はっ、はっ……!」
フィル先生は走る。
息も絶え絶えに、一心不乱に足を動かして、いつもの優雅な雰囲気はどこにも見えない。
──止まったら死ぬ。
それを誰よりも理解しているから、先生はどんなに疲れていても弱音を吐くことなく、ひたすらに走り続けている。
「何をしても構わない! 逃がすな!」
後ろには騎士と魔法使い。私達が逃げれば逃げるほど、どんどん数は増えていて……誰がどう見ても絶望的な状況。
それでもフィル先生は諦めない。疲れと痛み。信頼していた人に裏切られた悲しみを味わって、その瞳から今にも溢れ出しそうな涙を我慢して、私達の未来のために頑張ってくれてる。
でも、それがいつまでも続かないことを私は知っている。
「ぁ、ぐっ……!」
ドンッ、という衝撃と──肉が焼け焦げるような臭い。
後ろを追いかけてくる魔法使いが、逃げる先生の背中に小さな火の玉を当てたんだ。先生の顔は苦痛に染まる。一瞬、体が前のめりに倒れかけたけれど、どうにか一歩足を踏み出して歩みは止まらなかった。
「せんせ、」
「何も、言わないでください。私は……はぁ、は……大丈夫、ですから……」
どこからどう見ても、大丈夫だとは思えなかった。
だって今の先生はボロボロで、肌がいっぱい露出していて、そこから見える肌には痛々しい傷跡があったから。
「先生、もういい、よ……私は大丈夫、だから……先生だけでも──むにゅ?」
最後まで言い切る前に、先生は私の頬をむぎゅって摘んで邪魔してきた。
「次、そんなことを言ったら本気で叩きますよ」
「………………でも、」
私が先生の足を引っ張っていることは、分かってる。
私が居なかったら、きっと先生は今頃無事に逃げ切れていた。それなのに──先生は諦めてくれない。
私が動けないから。
ここで置いていけば絶対に助からないって思っているから。
なら、全部話せば納得してくれるかな?
迷ったのは一瞬。私は全部話すことにした。
怒られる……と思う。騙してたんだもん。怒られるのは当然だ。
でも、私は自分で動けることを話せば、私がここの人達を倒せる力を持っていると知れば、私をここに置いていく決心をしてくれると思った。自分だけでも逃げてくれると思った。
「先生……あのね、私ね……実は足を動かせるの。足が不自由って言ってたのは嘘、です……」
声が震える。
でも、ここで濁したらダメだから、何度も呼吸を整えながら私は言葉を続けた。
「それと、ね? 私、すっごく強いの。頑張ろうって思えば、後ろの人達を全員倒せるの。私を庇う必要はないんだよ? 先生はこれ以上、傷つく必要は……ないの。だからお願い。私を置いて先生は逃げて。……お願い、します」
「嫌です」
「っ、これ以上はダメなの! 私は嘘をついてたの。足を動かせないことも、わざと本気を出してなかったことも、全部──!」
「知っていますよそれくらい!」
「…………え?」
息が上がっている。
呼吸はもう限界で、ゼヒューゼヒュー……って、とても荒い。
だけど先生は、叫ぶように言った。
「レア様が嘘をついていることくらい、知ってました! 足を動かせないことも、エルフじゃないことも、名前を偽っていることも! あまり私の目を、ナメないでください!」
「え、そんな……どう、して……?」
「どうして? そんなの私だって分かりませんよ! レア様が何か隠していると分かっていても、私が死ぬ気で頑張らなくたってレア様だけで十分事足りるとしても──守りたいと、そう思ってしまったんです!」
分からない。
先生の言っていることが、分からない。
「馬鹿だって罵りますか! 無駄なことをしていると笑いますか!? えぇどうぞご勝手に! 私だって勝手に貴女を守るつもりでいますので!」
「…………せんせ、ぇ」
「分かったら黙る! 正直、話している余裕も、ないんですから……!」
「……せんせぇ!」
「まだ何か言いますか!? 文句は後でいくらでも聞くので、お願いだから今は、っ、アァアアアアアア!」
背後の騎士が剣を投げた。
それは先生の足に直撃して、筋を断ち切った。
宙を舞う感覚。その直後に私の体は地面に落ちて、肺の中の空気が全部外に出た。
ちょっと痛い。頭も軽くぶつけた。
でも、そんなことより──
「せんせ、起きて。死んじゃう。このままだと、先生死んじゃうよ……!」
騎士はゆっくり、こっちに近づいてくる。
このままだと追いつかれちゃう。早く逃げないとダメなんだって、先生の体を必死に揺さぶる。
でも、先生は立ち上がろうともせず、静かに首を振った。
「……レア様。私はもう……ダメ、みたいです」
「そんなことない! 先生が死ぬくらいなら、私は──」
「それはダメ! こんなところで貴女は止まっていていい人ではない。走るのです。もう直終わるこの国なんかに、貴女の手を汚す必要はないのです!」
「いや! 先生も一緒に逃げるの! 先生と一緒じゃなきゃ、私、わたし……っ!」
剣が降ってきた。
それは倒れ臥す先生の背中に突き刺さった。
苦痛の叫び。
先生の体から溢れ出す、沢山の────血。
「ったく、余計な真似をしてくれましたね。フィンレール様」
騎士は私達のことを囲んでいて、その中の一人が、先生に剣を突き立てている。
その顔は憎しみに歪んでいた。心底面倒臭いことに付き合わされたと、でももう全部終わりだと、そう言っているみたいで、それがとても嫌で、そんな現実を知りたくなくて──。
「しかし、これで終わりです。貴女はここで殺す。それが新王のご命令なので」
「ぐ、ぁ、レア、さま……逃げて、どうか、どうか……!」
こんな時でも、先生は私の心配をしてくれた。
先生は私を沢山叱った。私が犠牲になろうとしたら絶対に怒ってきた。なのに、なのに──先生は自分よりも私のことを優先するの?
「…………ふざけ、ないで」
「レア、様?」
「ふざけないで! 助けるって言ったら助けるの! 私、は……どんなことをしてもフィル先生を助けるって、決めたんだもん!」
魔力をぶつけて、一番近くの騎士を吹き飛ばす。
急な反撃が予想外だったのか、その人はすごく遠くまで飛んで行った。
すぐに騎士は動いた。
抵抗するなら殺すって、あらかじめ決めていたんだと思う。
その動きに無駄はなかった。
「だから、何!」
人間なんか、私が本気を出せば簡単に倒せる存在だ。
どんなにいっぱい居ても関係ない。どんなに私達を殺そうと攻撃してきても、私には効かない。
「レア様! すぐに逃げてください! いくらレア様でも、王国の主力を相手にするのは」
「いやだって言ったの! いいから先生は、黙ってて!」
私は魔法を一つしか覚えてない。
でも、それで十分だ。この人達を倒すのには、これだけで────
「この、っ──死ね! 亜人が!」
激昂した騎士が、私に剣を振り下ろしてきた。
避ける必要はない。私はどんなことがあっても死なないから、先生を守ることだけに集中する。
大丈夫。ちょっと痛いだけ。
それを我慢すれば、すぐに治るから。
そう思って無視していた頭上からの斬撃。
でも、それが私に届くことはなかった。
「【爆ぜなさい】!」
私と騎士との間に、小さな爆発が起こった。
見ていなくても分かる。騎士だけに爆発の余波が当たって、私の方には何も来ない。こんなに優しい魔法は先生のものだ。
「待っててって、言ったのに……」
「……申し訳ありません。ですが、レア様お一人で戦わせる訳にはいきませんので」
先生はまだ足が治ってない。
逃げることはできないけれど、戦う決心はついたみたい。
本当は休んでいてほしかった。
もう十分、先生は私のために頑張ってくれた。
だから今度は私が頑張る番だって思ったけれど、先生はそんな状態でも私を一人にさせたくないって、そう思ってくれたんだ。
「ん、無理だけはしないで」
「かしこまりました。レア様に叱られるのは、もう懲り懲りです」
先生は笑う。
もう、無理をしている様子はない。
だから信じることにした。
先生が一緒にいてくれるって思えたら、もっと頑張れるような気がしたから。
お詫びとして、あと1話すぐに更新します。
もうしばらくお待ちください!