41.動き出す
私達はお城を巡回する騎士から隠れながら、王族だけが知る隠し通路を目指して歩いていた。
余計な騒ぎを起こせば騎士が集まっちゃう。だからなるべく慎重に、誰か他の気配がしたらすぐ近くの部屋に隠れるってことを繰り返していた。
「先生、前から誰か来る」
「そこの部屋に隠れましょう」
私が魔力を察知して、先生が動く。
それぞれが出来る限りの役割をやって、ゆっくり……ゆっくりだけど、確実に私達は目的地まで進められていたんだ。
でも、
────ガシャーーーーンッ!
お部屋の中で、けたたましい音が聞こえた。
まさかと思って振り返ると、ミナの足元に割れた食器があった。多分、机の上にあったそれに膝が当たっちゃって、落ちて割れちゃったんだと思う。
「フィンレール様、も、申し訳……!」
「っ、静かに」
先生が咄嗟にミナの口を塞いだ。
「……………………」
「……………………」
カツン、カツン、と足音が聞こえる。
そのまま通り過ぎてくれたら良かった。そうなることを願っていた。
足音が────扉一枚を隔てた場所で止まった。
「──ヒッ!」
「そこか!」
扉が開かれる。
そこに立っていたのは、絶対に会いたくないと思っていた人物。
王国の紋章が彫られた小さな板を胸に付けた、白と青が基調の鎧。
騎士団に所属する人達の格好。つまり王国の騎士で、それは私達を殺そうとしている敵で────
「【爆ぜなさい】!」
騎士が真後ろに吹き飛んだ。
その隙に先生は立ち上がって、私を抱えて走る。
「こうなってはもう隠れられません。迎え撃ちます!」
「見つけたぞ! 王女と亜人だ!」
「絶対に逃がすなよ。王女はここで殺せ!」
騒ぎを聞きつけた騎士が数人、私達の前に立ちはだかった。
「レア様。少し待っていてください。すぐに終わらせますから」
「ん、分かった」
騎士二人を前にして、逃げ切ることはできない。
だから先生は、交戦することを決めたんだ。
でも私は知っている。私の体を優しく地面に降ろす時、先生の手が小さく震えていたことを。
「先生。大丈夫だよ」
私は、そう言う。
これは無責任な言葉じゃない。
何かあったら私は覚悟を決める。
正体がバレちゃうかもしれない。先生に嫌われちゃうかもしれない。でも、先生に嫌われるより、先生が死んじゃうことのほうが嫌だから、もしもの時は──いつでも動けるように準備しておく。
「頑張って、先生」
「……ええ。レア様に情けない姿は見せられませんからね」
離れる最後、私はギュって先生の体にしがみ付いた。
私が動くのは最後の手段だ。今は、先生に任せるしかない。
さっき、騎士はこう言った。
「王女はここで殺せ」って。捕まったら私達は殺される。少なくとも先生は確実に殺されちゃう。そんなの嫌だ。だから捕まったら全部終わりなんだ。
先生は深呼吸を一回。足に力を入れて駆ける。
どうやって騎士二人を相手に切り抜けるんだろうって思っていたら、突然、先生と騎士の間が爆発した。
「なにっ!?」
「くっ、前が……!」
沢山の煙が発生して、騎士達はすぐそれに包まれた。
目くらましのつもりなのかな。とても濃い。ちょっと先の光景も見えなくなるほどで、騎士は抵抗されたことへの動揺と、急な目くらましで先生を見失っていた。
この煙の中じゃ、先生も相手が見えないはず。
でも迷いなく進んで、大きく跳躍。いまだに混乱している騎士の背後に回り込んで、無防備な後頭部に炎の魔法をぶつけた。
騎士はこっちに飛んできた。直撃を食らったのか気絶してる。しばらく動く気配はない。
とても鮮やかな戦いだった。
ただ魔法の特訓をしていただけじゃ、ここまで綺麗に動くことはできない。先生は魔法の腕を鍛えるだけじゃなくて、いつ何が起きてもいいように、実戦を想定した訓練もやっていたんだ。
……先生、すごいな。
才能だけで満足することなく、研鑽を積む。
それができる人は、素直に尊敬する。
「……ふぅ。お待たせしましたレア様…………レア、さ」
フィル先生はこっちを振り返って、固まった。
その視線は私の喉元。そこに押し当てられた凶器に固定されている。
「……先生。ごめんなさい」
こうなったのは、先生が騎士に向かって走り出した時。
私の首に鋭くて冷たいものが当たる感触があって、動いたらダメだって耳元で囁かれたんだ。
助けを求めるべきだったと思う。
でも、私がこうなっていると分かったら、先生はこっちに意識を持っていかれて、騎士相手に勝つことはできなかったと思う。
だから、黙っていた。
私のすぐ近くに──裏切り者がいるなんて言えなかったから。
あと何話で終わるんですかね。
(40話くらいを想定して書いていたはずなんだけどなぁ、と遠い目をしながら)