37.本当の敵
私達はすぐ近くのお部屋に入った。
この部屋は、お城の中にいくつかある使用人専用の休憩室みたい。
予想していたけれど、そこにも沢山の死体が転がっていて、廊下のと同じように酷いやられ方をしている。
フィル先生はそれを見て、ちょっと戻した。
一気に嫌なものを見せつけられて、限界が来たんだと思う。
むしろ廊下で我慢できていたのが、すごい。ただの死体だったらまだ良かった。でも、これは……あまりにも酷すぎるよ。
「……情けないところを、見せてしまいましたね」
先生は笑う。
誰がどう見ても無理をしている顔で。
「ん、大丈夫。どんな先生を見ても、嫌いにならない……から」
こんなに頑張っている人を嫌いになれない。
本心でそう言ったら、先生は嬉しそうに感謝の言葉を伝えてくれた。
「しかし、はぁ……想像以上に酷い有様ですね」
「ん、皆殺し」
パーティー会場にいる人だけを狙っているのかと思ったら、使用人まで殺されていた。
多分、敵は見境なく──王城にいる人を殺しまわっているんだ。それは無力な使用人でも関係ない。見つかったら殺される。私達の目の前に転がる、人だったもののように。
「……ふぅ、この可能性だけは避けたかったのに……現実というものは、これほど残酷で無情なのですね」
「こんな現実、やだ」
「ええ、そうですね。こんなものに価値などありません。それがたとえ、彼らの理想に必要なことだったとしても……」
「…………先生?」
フィル先生が最後に言った言葉。
それに少し、引っかかりを覚えた。
──彼らの理想。
──それに必要なこと。
それは、この現状を作り出した敵に心当たりがあると言っているようにも思える。
「レア様。無事にこの国から逃げられたら、次はどこに行きましょうか」
「……?」
「私、恥ずかしながら一度も国の外に出たことがなくて……やりたいことが沢山あるのです。一緒に旅をしましょう。その過程で色々な人とお話ししてみたいですね。そういえば自炊というものをしたことがありませんでした。それもやってみたい。野宿というものにも興味があります。そうやって旅を続けて、レア様の故郷に行って身を置くのもいいでしょう。……ああ、考えただけで楽しみです」
「せんせ、先生……ちょっと待って。お願い」
私は今、混乱してる。
先生が急に変なことを言い出し始めたから。
ここから逃げるのは私達の目標だから、まだ分かる。
でも、どうして……この国を捨てるようなことを言うの?
「……レア様。この際だからハッキリ言います」
フィル先生は、覚悟を決めた顔で私を見つめてきた。
「この国は、もう──おしまいです」
……どうして?
その気持ちだけがあった。
襲撃してきた敵が脅威なのは分かる。
でも、まだ取り戻せる。第一王女のフィル先生がいれば、先生さえ生き残ってくれれば、いつか絶対に────
「無理です。もう不可能です。だって敵は──この国に存在する騎士団、その全てなのですから」
「…………え?」
騎士団の人達が、敵?
「どう、して……そう思ったの?」
「死体に刻まれた傷跡です。あれほど綺麗に肉体を断つことができるのは、それなりに剣術を学んだ者のみ」
「で、でも、侵入者がそれをやったかも」
そう言い切るより前に、フィル先生は静かに首を振った。
「私もその可能性を信じたかった。今回の事件の首謀者が侵入者であれば、そうあってほしかった。しかし、よくよく考えてみれば……それはあり得ないのです」
あり得ない……?
どうして、そう言い切れるんだろう?
「レア様を含め、勇者様にはまだ話していませんでしたね。この王城には特殊な結界が張られており、悪意を持った者は結界に拒まれる仕組みになっています。もし悪意を隠しきれても百名ほどの騎士が警備している。その目を掻い潜ってパーティー会場に侵入することも、城内を歩き回って使用人を皆殺しにすることも不可能なはず……」
私の街にいる、結界のカイちゃんみたいなやつなのかな。
それよりも精度は低いだろうけれど、その結界と沢山の騎士が見回りをしているから、侵入者に気づかないはずがない。フィル先生はそう言いたいんだ。
「それに、おかしいとは思いませんか? これほどの大事が起きているというのに、騎士団は巡回に動いていない。侵入者を探して走り回る姿があってもいいはずなのに、この城はとても静かで落ち着いている……奇妙なほどに」
「…………でも、どうして?」
騎士団が怪しいのは理解した。
でも、その理由が分からない。だって騎士団は王族を守る人で、この国の平和を守る人だ。そんな人達がどうして、この城の人達を殺そうとするの?
「クーデターです。騎士団は元々、否定派が多かった。……この場合は魔法師団も、と言ったほうが適切でしょうか。それは騎士団長や魔法師団長と実際に会ったことのあるレア様なら、お分かりになるかと」
たしかに、私に対する魔法師団長さんの態度は悪かった。
思い返せば騎士団長も私には冷たい……というより無頓着だった。それは口数が少ないからなのかなって思っていたけれど、否定派だったと考えたら、あの接し方にも納得できた。
あの二人は否定派だった。
だから、そんな二人の下についている人も、否定派が多いんだ。
「否定派からすれば、あのパーティーはこれ以上ない絶好の機会でした。肯定派の王族と貴族だけを集めさせ、それを一気に襲ってしまえばいいのですから。あとは適当な理由をつけて不慮の事故とさせ、民への説明を行えばいい」
今回のパーティーに参加していたのは、ほとんどが肯定派だった。
それは私が亜人だからで、否定派の人達が私を勇者として歓迎したくないからだと思っていた。
……ううん、その理由もあったんだと思う。
否定派の人達がパーティーに参加しなくても、パーティーが無事に終わってしまえば、私達は正式に『勇者』として迎えられる。
そうなる前に亜人の私や肯定派の人達を殺してしまおうって考えたのかな。
「そっか……そうなんだ」
そこまで分かれば全部納得できる。
今までのことも、今起こっていることも、これから起こることも全部──私が居たからだ。
私が勇者召喚に巻き込まれたから。
私が亜人だと偽ったから。
だから否定派の人達が嫌になって、クーデターを引き起こした。
そのせいでみんな死んだ。
フィル先生の家族も、きっともう死んでいる。
「…………私の、せいだ」
こうなるくらいなら、最初にこの国を追い出されておけば良かった。
沢山の誰かが不幸になるくらいなら、大好きな人がこんな辛い思いをするくらいなら、私は最初から一人でいれば良かった。
私が甘えたからだ。
お迎えが来るまでゆっくりしたいって考えたからだ。
だから、全部……私の、
「ふざけたことを言わないで!」
──パシッ、と、音が聞こえた。
フィル先生は右手を振り切った状態でいた。
その目は潤んでいる。……泣いてるの?
どうして……?
そう考えた時、ふと……頬が痛いって感じた。
意識したら、もっと痛くなった。
じんわりとそれは広がって、そこから熱が生まれているみたいに熱くなる。
叩かれたんだと、ようやく気がついた。