36.一緒に
微グロ注意…かな?
「後先考えず逃げるのでは余計に敵を刺激するだけです。まずは道筋を確定しましょう」
フィル先生は、すでに王城の中は敵でいっぱいだと予想しているみたい。
だから闇雲に動くよりも、ここで作戦を立てて行動したほうが安全に逃げられるって教えてくれた。
「私達が外へ出るのは、一度城の中に入る必要があります」
「……ん、分かった」
お城の構造は四角形になっている。
その中心に庭園があって、お城の外に行くためには一度お城の中に入ってから出口を探さなきゃいけない。
お空を飛べる魔法があれば簡単に逃げられるんだけど、それは扱いが難しい魔法みたいで、風属性の魔法が得意なフィル先生でも一人で飛ぶのが限界みたい。
当然、その手段は却下された。
「私を置いてけぼりにすれば先生は逃げられる」って言ったら、先生にすっごく怒られた。本気で怒って、今自分がどれだけ馬鹿なことを言ったか、すごい怖い顔で延々とお説教された。
だから、もう言わない。
あんなに怒った先生を見るのは、もう嫌だから。
「中に入ったら、なるべく音を立てないように。どこに敵が潜んでいるか分かりません。走るのは勿論、大きな声で喋るのも禁止です。……車椅子もここに置いて行きましょう。それが出す音は反響しますから」
「でも、私……」
「大丈夫です。レア様は私が。レア様は軽いですから。おぶって走るくらいはできますよ」
この際だから、もう自分で歩けるくらいは言ってもいいかなって思う。
でも、久しぶりに動いて走れるか自信が無かったから、私が自分で動くより、フィル先生に運んでもらったほうが上手くいくと思った。
大好きな先生に嘘をつき続けることは、嫌だ。
でも、フィル先生の足を引っ張るのはもっと嫌だ。
だから黙る。
胸がチクっと痛むこの感覚に耐えながら。
「「────!」」
王国中に響き渡るほどの轟音が鳴り響いた。
それはパーティー会場の方から聞こえてきた。……多分、ハヤトだ。
「どうやら、もう時間が残されていないみたいですね。行きましょう。レア様は私が絶対に──護ります」
フィル先生は私をおんぶして、ゆっくりと庭園を出た。
足取りはすごく重い。それだけ警戒してるんだと思う。その緊張感にあてられて、私も自然と口をつぐむようになった。
私は、魔力に敏感だ。
魔力の流れを見るだけで、それが良いものなのか悪いものなのか、大体のことは分かる。
だから、私は私にできることでフィル先生を手伝おうと思った。
──でも、目的地を目指して進んでいるのだから、どこかで必ず嫌な方向に進まなきゃいけない時がくる。
「ん、先生」
「はい。どうしました?」
「この先、嫌な感じがする」
私達が進める道は、曲がり角しかない。
そこを曲がったところ。そこに濃厚な血の匂いが充満している。
先生はこの匂いに気づいているのかな。
……ううん、多分、まだ分かってないと思う。でも私が「嫌な予感がする」と言ったから、何かあるとは予想していても、何があるのかまでは予想できてないんだ。
ゆっくり、すごくゆっくり。
一切の足音を立てないようにって気を配りながら、先生は──曲がり角を覗いた。
「っ!」
先生の体が、わずかに震えた。
私も顔を覗かせて見てみると、そこには沢山の死体があった。
その服装は知ってる。このお城で働いていた使用人だ。
彼らは見るも無残な姿で床に転がっていた。
手や足が欠損しているのは当たり前。何度も斬りつけられたのか肌には痛々しい傷跡が無数に刻まれていて、その人達から飛び出した臓物が散らばっていて、血の匂いとは別の匂いもあった。
「…………う、っ!」
フィル先生は片手で口を覆い隠した。
その表情はとても青くて、今にも倒れてしまいそうなほどに弱々しい。
「先生、大丈夫……?」
「……ええ、私は、大丈夫……です。……レア様こそ、大丈夫ですか? あれをあまり見ないように。レア様まで気分が悪くなりますよ」
「ん、私は大丈夫。先生も見ちゃダメだよ?」
本当は大丈夫じゃないってことくらい、分かってる。
フィル先生は王女様だ。このお城から出たことがないくらい知ってるし、人の死体に慣れてないことも知ってる。それでも気丈に振る舞ってくれている。……他ならぬ私のために。
「…………、……」
「先生?」
「……申し訳、ありません。…………少し、ほんの少しだけ……休憩させてもらえますか?」
本当なら、こんなところで立ち止まっている暇はない。
どこに敵がいるか分からないし、いつ私達が彼らと同じ末路を辿ることになるかも分からない。すぐにここから逃げ出して、追っ手が来ないところまで行ってようやく、一息つけるんだ。
だから休んでいる暇なんてない。
でも────
「…………、……」
先生の顔色はますます悪くなっていく。
今にも倒れちゃいそうなくらい体は震えていて、息も荒い。
こんな状態の先生を見ても、逃げるために無理をしなきゃダメなんて……言えないよ。
「ん、大丈夫。……大丈夫だよ」
先生は十分、頑張っている。
休みたいなら満足するまで休めばいい。私がそれを許してあげる。
だから、先生──お願い。
「ゆっくり休んで、ね」