34.扉(ハヤト視点)
思考が黒に染まっていく。
どれもこれもが憎い。こいつらは人を殺した。なんの躊躇もなく。話し合えば違う未来があったかもしれないのに、奴らはそれを放棄してクーデターを引き起こした。
なにが革命だ。
なにが必要な犠牲だ。
──ふざけるな。
そんなことで死んでいい人達じゃなかった。
どんな理由があっても、誰かを殺してまで作る未来なんかロクなもんじゃない。
でも、彼らは自分達こそが正しいのだと信じて疑わない。
性格も思考も、何もかもが腐っている。ここでの対話はもう、不可能だ。
だったら、こっちも堕ちるところまで────
「しっかりしなさい! 颯斗!」
叱咤が飛ぶ。
「あんたが、勇者がそれでどうするの! 守れなかったなら動きなさいよ! 今度こそ、その力で誰かを守りなさいよ! そのために強くなったんでしょう!?」
「力不足だったのは私達も同じだよ! 自分の弱さが嫌になる。でも、ここで諦めるのはもっと嫌だから──戦うの!」
美香と祐奈、二人は魔法で必死に抵抗を続けていた。
相対するのは会場になだれ込んできた全ての騎士。──多勢に無勢。絶望的な状況なのに二人は決して諦めず、生き残っている肯定派の貴族達を守ろうと魔法を駆使して戦っている。
なのに、俺はなんだ。
敵を前にしながら膝を折って、誰かを守ることを諦めていた。
守れないくらいなら自分も堕ちるところまで堕ちてやろうと、勇者として正しくない道を進もうとしていた。
「…………は、は……情けない」
でも、おかげで取り戻せた。
「まだ抵抗する気か」
「……ええ、ここで負ける訳にはいかないので」
ここで諦めたら、きっと今よりも酷いことになる。
肯定派の貴族達はみんな死ぬ。ロマンコフが王になれば、この国は引き返すことができないほどに腐る。
「抵抗せずに降伏するのであれば、その四肢を縛り付けて監禁するだけで許してやる」
「もし、断ったら?」
「マグノリアは優秀な魔法使いだ。回復魔法にも長けているため、体の部位が欠損していても治せる。だから四肢を切り落として監禁する。抵抗されると面倒だからな」
監禁されるのは避けられないらしい。
それでも俺達を殺さないのは、俺達が勇者だからか。生かしておくだけで利用価値があると思われているのか。どちらにしろ、捕まれば俺達の自由は失われる。
「だったら、っ!」
一瞬だけ感じ取った、悪寒。
本能が叫ぶままに剣を構えると、酷く重い一撃が俺を襲った。
抵抗する気持ちを見せた瞬間のことだ。
容赦がない。…………いや、最初から容赦なんてする気なんてなかったんだ。
「一本、落とすつもりだったんだが……流石は勇者。運が良いな」
「…………」
「だが、次は確実に取る。あまり動かないほうがいい。狙いがブレると痛いからな」
銀色の大剣に、淡い光が纏わり付いた。
騎士団長の魔力によって強化された斬撃。それは目の前に立ちはだかる全てをなぎ払い、打ち砕くほどの威力を兼ね備えている。
当たれば確実に負ける。
防いでも無駄だ。俺の体ではあの一撃を受け切ることなんてできない。
でも、この距離でどうやって避ける?
そう考えている間にも、騎士団長の剣は迫っている。とても速い。大剣を振っているとは思えない速度で襲いかかるそれは、確実に俺を一撃で戦闘不能にまで追い込むだろう。
「颯斗!」
「颯斗くん!」
二人の悲痛な叫びが聞こえた。
でも、それが届く頃には、もうすでに団長の剣は俺を捉えていて。
──扉が見えた。
俺だけがそれを開くことができる。その先に俺が望むものがある。
そのような確信があったから、俺は疑うことなくそれを開け放った。
「【限界突破】」
団長の剣が俺に届くことはなかった。
それは空を切り、予想していただろう感触がないことに彼は眉を顰める。
「……なるほど。それが勇者の力か」
今、俺の体は──眩い光に包まれていた。
負けたくないと思った。守りたいと願った。奪われる訳にはいかない。そのための力を望んだ。
次回はクレア視点に戻ります。